第124話 返したものと埋めたもの(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述22 — 受領拒否。
封筒8。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
名簿の四行目は、長いあいだ空いたままでした。
城の外の東、川向こうの畑の持ち主。
6月下旬に私が移送事由書を書いた人。
その人が耕し直した畑だけは、干ばつでもひび割れないと言われていた人。
その畑を、7月に私が買いました。
その人の娘と、十五歳ほどの弟が、不動産屋の縁側で金を数えていました。
二人の唇が、同じ数字を声もなく動かしていました。
部署では、四行目の子孫を見つけるのに四か月かかったと言っていました。
娘はずっと前に死んでいました。
弟は生きていました。
八十五歳でした。
私はその数字を聞いて、計算しました。
7月に十五歳ほど。今は八十五歳。計算は合っていました。
その人は七十年を生きました。
私はその七十年のうち、五年しか生きていませんでした。
7月、不動産屋で、その人は私より十歳ほど年下でした。
今のその人は、私より五十九歳も年上でした。
その人は京畿道の北にある小さな町で、一人で暮らしていました。
妻は先に逝き、子どもたちはソウルにいました。
職業欄には「無」。以前の職業欄には「農業」。
その人は生涯、畑を耕しました。
父の畑ではない、別の畑を。
私は返済欄に数字を書きませんでした。
その人には、数字では返せないものがありました。
私は実長に頼みました。
その人だけは、部署も曾孫の会社も通さず、直接訪ねて手渡すことにしてほしい、と。
実長はその頼みを聞き入れました。
実長は代わりに、その月の作戦を一つ余分にやれと言いました。
私はそうすると答えました。
私の序列は、その月に二段下がりました。
〈2015年10月2日、10時30分〉
四行目。
その人の名簿では、四行目がほかの行より消した跡が多い。
返済欄に数字を書いては消した跡が、五回。
その人は五回計算し、五回消した。
六回目には、何も書かなかった。
封筒には金を入れました。
数字は数えませんでした。数えられなかったからです。代わりに、私は7月にその畑を買った値段を入れました。福徳房の老爺が一割まけてくれた、あの値段です。70年前の金では計算が合わないので、今の金で計算し直しました。その畑の7月の値を今の米価に換え、その米を今の金に換えました。計算の仕方は妻に習ったものです。米屋の娘の計算の仕方。
それから、もう一割を足しました。7月にまけてもらった一割です。
封筒は厚くなりました。私は封筒の表に何も書きませんでした。差出人も、受取人も。記入欄のない封筒でした。
あなたが運転してくれました。今度はあなたが一緒に行くと言いました。私はあなたに、その人が誰なのか話しませんでした。あなたは聞きませんでした。あなたは車の中でずっとラジオをつけていました。小さな音で。天気予報が流れました。その日の午後、京畿北部に雨が降るという話でした。あなたは傘を二本持ってきたと言いました。それがその日、あなたが口にした言葉のすべてでした。
〈2015年10月9日、11時00分〉
傘二本。私はその日、なぜ傘を二本持ったのか覚えています。天気予報のせいではありませんでした。あの人があの家の庭から戻るとき、空手ではいけない気がしたのです。何か一つでも持たせてやりたいと思いました。傘しかありませんでした。
* * *
その人の家は田んぼの間にあった。
古いスレート屋根の家。庭には唐辛子が広げてあった。赤い唐辛子が庭いっぱいを覆っていて、庭が朱肉をまき散らしたみたいだった。老人は庭の奥の縁台に座り、唐辛子のへたを摘んでいた。
俺は庭の入り口に立った。あなたは車に残った。
老人が顔を上げた。俺を見た。長く。老人の目は濁っていた。白内障だったのだろう。だが、その濁った目が俺の顔で止まった。そしてゆっくりと、俺の背広の襟へ下りていった。襟には何もなかった。階級章は七月の背広に付いていて、その背広は証拠物袋の中にあった。
老人の目は、何もない襟の上でしばらく止まっていた。
俺は老人に近づき、頭を下げた。深く。七月の礼だった。それから封筒を縁台の上に置いた。政府機関から来たと伝えた。昔、老人の父親の身にあったことについて、遅くなったが補償を渡しに来たと。それが実長と決めた文言だった。政府機関。補償。嘘ではなかった。ただ、一番最後の欄だった。
老人は封筒を見なかった。俺を見た。
「うちの父親のことです」
「はい」
「解放の直前に、巡査たちに連れて行かれたことです」
俺は答えなかった。その言葉は、息子の家で俺の曾孫が言っていたのと同じだった。巡査たちに連れて行かれて。二つの家が同じ言葉を口にしていた。片方は連れて行かれた者の家で、片方は連れて行かせた者の家だった。同じ言葉が両側から70年を下ってきた。片方は事実で、片方は間違っていることになっていた。
〈2015年10月9日、13時20分〉
* * *
老人は縁台の脇のやかんから水を一杯くんで、俺に差し出した。地下水だと言った。
俺はその水を飲んだ。澄んでいた。
老人は、この辺りの水はもともと澄んでいて、父の畑の近くの水も澄んでいた、と言った。
俺は杯を空にして縁台に置いた。杯の底に水が一滴残った。
俺はその一滴を消さなかった。消せる手だったが。
老人は唐辛子のへたを最後まで摘んだ。手は遅かったが正確だった。へたを一つ摘むのに、手は一度だけ動く。
俺はその手を見た。指の節が太かった。畑を70年やってきた手だった。
老人は手を止めて言った。
「うちの父が打ち返した畑は、干ばつのときもひび割れませんでした。それを町の者が役所に書きつけて届け出たと聞きました。その畑のせいで父は連れて行かれたんです。だから姉がその畑を売りました。父の畑なのに、父なしで持っているのはいけない気がする、って。私は売るなと言ったんですが」
老人は唐辛子をひと握り掴んで、また放した。
「売ったのは役所の人間でした。背広を着た若い男です。襟に何かの印が付いていました。私はその印を長いこと見ました。その男が、うちの父を引いて行った先で働いている者だということが、その印で分かりました。姉は知りませんでした。私は言いませんでした。言ったら、姉は金を受け取らないだろうと思ったからです。その金がなければ、私たち二人はあの年の冬を越せなかったでしょう」
老人はまた俺を見た。濁った目で。
「あなたの顔を、どこかで見た気がします」
俺は息を止めた。老人は首を振った。
「いえ。目が悪いものですから。若い人の顔はみんな同じに見えるんです」
〈2015年10月9日、13時40分〉
「あなたの顔を、どこかで見た気がします」
その人はこの箇所を書いて、原稿用紙を一枚、空けておいた。次の枚からまた始める。空けた枚には何もない。私はその白紙の枚を長いこと見た。その人があの日、車に戻ってきたときの顔を私は覚えている。何の表情もなかった。その人は表情がないとき、最も多くを計算する人だった。
* * *
老人は封筒を手に取った。開けはしなかった。厚みだけを手で確かめた。
そして、その封筒を俺のほうへ押しやった。縁台の上で。唐辛子の間を通して。
「これ、持って帰ってください」
俺は封筒を見なかった。老人を見た。
「国が遅ればせながら謝ってくれたこと、それはありがたいです。でも、金は受け取りません」
老人は言葉を選んだ。長く。
「謝罪は金では受け取りません」
俺はその文を聞いた。
そして、その文が、7月に俺が台帳の事由欄から数えきれないほど消した文と同じ種類のものだと分かった。
長い文。決められた語の中に収まらない文。
7月、俺はそういう文を読むと、その中から言葉を一つ選んで事由欄に書いた。
挙動不審。移入の疑い。残りは捨てた。
今度は捨てないことにした。
俺は封筒をもう一度手に取った。老人に頭を下げた。
深く。
そして庭を出た。庭の入口で一度振り返った。
老人はまた唐辛子のへたを摘んでいた。一度手を動かすたびに一つ。正確に。
雨が降り始めた。
あんたが車から降りて、傘を広げてくれた。二本のうちの一本を。
俺はその傘の下で、封筒を内ポケットに入れた。
7月に青年の移送事由書を入れた場所。登記簿を入れた場所。その場所に、返された封筒が入った。
〈2015年10月9日、14時10分〉
* * *
その日の夜、俺は名簿の4行目の償還欄に、初めて何かを書いた。
「受領拒否」
そして備考欄に、7月だったら書かなかっただろうことを、決められた言葉に直さず、老人の言葉のまま書いた。
「事由:謝罪は金では受け取らない」
返された封筒は、地下の部屋の机の引き出しに入れた。
事由欄のない引き出しに。
その引き出しにはもう、肖像の向きを揃えた紙幣が数枚入っていた。
最初に目覚めた年、機械が吐き出した、妻の計算に合わせて揃えられた紙幣。
その上に封筒を載せた。
引き出しはうまく閉まらなかった。
俺は無理に押し込まなかった。少し開けたままにしておいた。
あの老人に俺の顔の見覚えがあったのか、俺には分からない。
見覚えがあったのなら、老人は、70年前に父親の畑を買い取っていった役所の人間が、70年前と同じ顔で唐辛子の庭に立っているのを見たことになる。
そして、その役人が差し出した金を返した。
見覚えがなかったのなら、老人は、初めて会う若い公務員に、70年のあいだ誰にもしなかった言葉を口にしたことになる。
どちらにせよ、老人は金を受け取らなかった。
それが老人の計算だった。
俺には、その計算が正確だと分かった。俺の計算より。
〈2015年10月9日、23時40分〉
事由欄のない引き出し。
その人が死んだあと、俺はその引き出しを開けた。
肖像の向きを揃えた紙幣が数枚と、分厚い封筒が一つ。
封筒は開けてみなかった。
俺はその封筒を、あの老人の葬儀に香典として出した。
その人が死んだ年の冬だった。
封筒の表には、相変わらず何も書かれていなかった。
喪主は封筒の厚みを見て、俺を長いこと見た。
俺は頭を下げて出てきた。
* * *
老人は翌年の春、その畑があった町を一度訪ねた。
小川は覆われていて、その上に12階建ての建物が立っていた。
老人は建物の前の花壇にある標識石を、しばらく眺めた。
そして帰ってきた。
その日、老人がその建物の前で何を計算したのか、誰も記録しなかった。




