第123話 成長(4)
刑務所に手紙を送るには、様式が一つ要る。
管理局から矯正施設の収容者へ出す書信は、普通郵便では届かない。機関間の協力書信という様式を使う決まりだ。
様式には欄が六つある。発信機関、受信対象、書信の目的、添付の有無、検閲への同意、そして本文。
本文の欄はA4を1枚超えてはいけない。超えるなら別紙を付け、別紙には別紙番号を振らなければならない。
俺はその様式を前に、1時間座っていた。
書信の目的の欄に何を書くか、決められなかった。
決まった言葉があった。事実確認、協力要請、通報。その三つのうち、どれか一つを選ばなければならない。
事実確認ではなかった。事実ならもう報告書にあった。目撃者はそのことをこう陳述している。子供の腹の中で破れたところを縫い合わせるようだった、と。
通報でもなかった。あの人に知らせることは、何もない。まだ。
俺は協力要請を選んだ。それから、その言葉が俺の言いたいことからどれだけ遠いか考えた。
協力。俺はあの人に協力を求めようとしているのではない。頼もうとしていた。
頼み、という言葉は様式の決まった言葉の中にはなかった。
あの人なら、この欄をどう埋めたろう。キッドなら。決まった言葉の中から一つ選び、欄の外に小さく原文を書き添えたはずだ。
俺はそうした。書信の目的の欄に「協力要請」、欄の外にボールペンで小さく「頼み」。
* * *
手紙の本文は十一回書き直した。
最初は長かった。
あの子のこと。散らばった文章たちのこと。院長と矯正委員のこと。あの人の陳述のこと。
書き終えると、A4判で三枚になった。別紙が二枚。
その三枚を読み返した。検閲官が読む文章だった。
刑務所の検閲官はこの手紙を読み、収容者に渡してよいか判断する。
散らばった子どもという言葉を読んだ検閲官は、この手紙を精神鑑定の依頼書類と一緒に上層部へ上げるだろう。
俺は三枚を破いた。
* * *
二度目は短かった。短すぎた。
「あなたの手が必要です」
たった一行。検閲官はこの一行を脅迫と読むかもしれなかった。
それも破いた。
* * *
十一度目の本文はこうだった。
「先月、運動場であなたがしたことについての目撃陳述を読みました。陳述者はそれを『子供の腹の中で破れたところを縫い合わせるようだった』と表現しました。私は、その表現が正確だと思います。
私は遠い昔、散らばった子どもを一人担当しました。その子をもう一度縫い合わせることができる手がこの世にあるのか、私は18年のあいだ知りませんでした。今は、あると思います。
あなたがそのことができるのか、それをしたいのか、尋ねたいです。返事はいつでも構いません」
署名欄に自分の名前を書いた。
朱肉に印章を三度押し当て、その横に押した。
* * *
ラーメンがその書式を持っていった。
矯正当局へ送る協力要請の書簡は、直接持参しなければならなかった。ラーメンは書式を受け取ったまま、目的欄の外側にある小さな文字を見た。
「お願い」
ラーメンはそれを見て、俺を見た。
「室長、これ、欄の外に書くと差し戻されるかもしれません」
「分かってる」
「どうしてですか」
「欄に合う言葉がなかった」
ラーメンはその答えをしばらく考え込んだ。それから書式を封筒に入れながら、差し戻されたら自分が書き直してくると言った。欄に合う言葉で、と。
俺はやめろと言った。差し戻されたなら、差し戻されたままにしておけ、と。
ラーメンは理解できない顔で出ていった。理解できないときにする顔と、理解したときにする顔が同じ、あの顔で。
* * *
3日後、ラーメンが戻ってきた。
書簡は差し戻されていなかった。
検閲官は欄の外の文字について、何も書いていなかった。代わりに検討意見の欄へ、一行だけ残していた。ラーメンはその一行を覚えて帰ってきた。
「『お願い』は協力要請に含まれるものと判断した」
俺はそれを聞いて、声を出さずに長く笑った。
ラーメンはそんな俺を見て言った。
「室長、その収容者は誰ですか」
俺は答えなかった。
ラーメンは答えがないことに慣れた顔で、次の質問をした。
「じゃあ、返事が来たら、僕が受け取りに行きましょうか」
「そうしろ」
ラーメンはその答えに満足していた。ラーメンにとっては、質問の答えより、やることが決まることのほうが大事だった。
あの検閲官に一度会ってみたいと思った。欄の外の言葉を、欄の中へ連れてきてくれた人。
ラーメンがその検閲官について調べてきた。定年まであと2年の矯正職の公務員で、検閲の仕事を15年していて、休憩時間には時調を書いているという。
1日に100通を超える収容者の手紙を読む人間が、休み時間に書くのが時調だという事実を、俺は妙に気に入った。
決められた字数の中に、言いたいことを収める文章。
その人が知ったら、この検閲官と長く話しただろう。欄について。
* * *
返事は来なかった。
一週間が過ぎた。十日が過ぎた。
矯正当局に確認した。手紙は収容者に渡されていた。収容者は手紙を受け取り、署名した。受領確認書に、その人物の署名があった。
私はその署名をファックスで受け取ってみた。
その人物は、あの体の名前で署名していた。鉢植えの保管証に署名したときと同じ名前だった。
だが、その署名の横に、小さな文字がもう一つあった。この世界の人間には読めない文字だった。
矯正当局はその文字を「判読不能」として処理し、確認の印を押していた。
受領確認書の一番下には、刑務所の担当者の備考が一行あった。班長の字だった。
「受領人、手紙を長く読む。二度読む」
班長は、備考欄にそんなことまで書く人だった。
私はその一行を長く見つめた。
二度。
あの人物は私の手紙を二度読んだ。そして、返事を書かなかった。
返事が来ない理由を、私は知らなかった。
あの人物が答えないことに決めたのか、答える言葉をまだ見つけられないのか。
あるいは、あの人物にも待っている返事があって、その返事が来るまでは他の手紙に返事をしないことにしたのか。
あの人物が待っている返事が何なのか、私は知っている。
半年前、あの人物は八番目に手紙を書いた。その手紙は管理局の検閲を経て、八番目のもとに届いた。
その検閲の書類には、私の印がある。
八番目がその手紙に返事を書いたのか、書かなかったのか。
私はそれをこの記録には書かない。そこは私の欄ではない。
* * *
その週の金曜日の夜、私は引き出しから方眼紙を取り出した。
テープでつなぎ合わせた紙。二本の線があった。
一本は、テープを三度またいで上へ上がっていった線。もう一本は、下の紙の中で、下端に触れる直前で止まっている線。
上がっていった線は、20歳の誕生日の翌日で終わっていた。下がっていった線は、その日で終わっていた。
同じ日に、二本の線はそろって終わっていた。
私はその紙の隣に、もう一枚の紙を広げた。1年ほど前に描いたグラフだった。
測定表の数字を方眼紙に写したもの。誰にも決裁を上げていないグラフ。
八番目の数値だった。
最初の測定の日、あの人が止めた時間は0.47秒だった。測定器の画面の隅に、マイナスの記号とともに浮かんでいた。
私はその数字を測定表に書いた。次の週は0.5、その次の週は0.53。
半年ほどたったころ、あの人は自分から0.95だと言った。あの人は自分の数字を覚えていた。私が何も言わなくても。
あの人は、帰還から十日が過ぎたころから数値が下がっていくはずだった。管理局が観察してきた自然転移者たちは、全員が十日以内に下がり始めていた。
下がらなかった。増えた。毎週。0.何秒ずつ。
私はその数字を測定表に書いた。そして夜、一人で方眼紙に点を打った。
決裁を上げるつもりのないグラフ。
あの人はそのころ、私のクリップボードの裏にグラフがあるのかどうかを気にしていた。私は見せなかった。あの人も見せてほしいとは言わなかった。
そのグラフの最後の点は、365日目に打たれている。
その日、あの人は、七人の職員が自分を見ても息を止めなかったことを確かめた。
七つの『正常』が、測定表に並んで押されていた。
呪いは終わった。そしてその日、あの人の数値は、そのグラフでいちばん高いマスにあった。
呪いは減り、時間は増えた。
私はその最後の点を打ちながら、長いことペンを持ったままだった。
その点の次のマスは、空いている。あの人が家に帰ってから、測定はしていない。
私は二枚の方眼紙を、机の上に並べた。
線の形が同じだった。
あの子の成長曲線と、八番目の線。傾きが一致していた。最初の数か月は緩やかで、どこかの月から急に立ち上がる。あの子は12歳でその傾きを描き始め、20歳で終えた。八番目は38歳で、同じ傾きを描き始めた。
私は三本目の線を、あの子とあの人の紙の上へ写し取った。別の色で。八番目の線だった。その線はあの子の線の隣を、同じ角度で上っていった。まだテープには触れていない。
* * *
その日の晩、私はあの人の七番目の封筒の最後のページを、もう一度読んだ。
台風の夜。山頂。
あの子が三日ぶりに目を開けて言った、最初の一文。
「一日だけ、やらなくちゃだめ?」
そして、あの人の答え。
「ああ。今日はするな」
私はその答えを返せなかった。あの子の担当だったのに。
あの子が12歳のとき、私の頭のなかで初めて口にした言葉は、私が事由欄を一行で書いた、ということだった。
あの子が20歳を目前にして、いちばん言いたかった言葉は、一日だけ休みたい、ということだった。
最初の言葉は私に。その言葉はあの人に。
私はその順番を長いこと考えた。あの子がなぜ、その言葉を私に言わなかったのか。
理由はそのページに書かれていた。
あの子にとって、私の声はあまりに聞き慣れたものだった。私に何かを言うときは、それが自分の声なのか、私の声なのか、分からなくなった。
私は18年のあいだ、自分が報告する側の人間だからだろうと推測してきた。
間違った推測だった。
私はその三本の線を、長いこと見つめた。
一本は上りながら終わった。一本は下りながら終わった。一本はまだ上っている。
あの子は休むと薄くなった。休まなければ大きくなった。大きくなるのを止める方法はなかった。
あの人はその事実を、7月の備考欄で見つけ出した。
休憩時薄化。
そして、その五文字が記された人たちがどこへ行ったのか、私は知らなかった。
八番目は今、妻のそばにいる。
呪いは解け、約束どおり私はあの人を家の前まで送り届けた。
あの人は毎朝、洗面台の水滴を捕まえる、と測定表に書いた。1秒、2秒。
あの人はそのことを、顔を洗うのと同じようにやっていると言った。
奇跡のようにではなく。
その言葉を初めて読んだとき、私は安堵した。
毎日書く人。薄れない人。
今は、その言葉が怖い。
成長。
この部署は、あの子の線にその言葉を貼り付けた。
決裁は下り、拍手まで起きた。
私はその言葉を、この紙から消したい。
消さない。
消せば、その線が何だったのか、誰にも分からなくなる。
あの人がB棟の台帳を守るために反省文の三行目を書いたように、私もこの言葉を守ることにした。
怖い言葉ほど、消されてはいけない。
三本目の線も、上っていた。
私はその線を、18年前に描いたことがある。
* * *
その夜、彼女の机の上には方眼紙が広げられていた。
三本の線が引かれていた。
二本は同じ日に終わっていた。
一本は、紙の端へ向かって伸びていた。
その紙の一番上のマスまで、まだ六マス残っていた。
その六マスが何年分なのか、我々は知っている。




