第121話 成長(2)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 20 — 休みの日。
封筒 7。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
翌年1月、あの子が風邪をひきました。
18歳になって15日目でした。
あの子は朝の作戦から戻る車の中で咳をしました。
口から出る音でした。
あの子が口から出す音は、笑い声と咳だけでした。
その日は、笑いより咳のほうが多かった。
あなたはあの子の額に手を当てました。
熱い、と言いました。
そしてその場で決めました。
明日は休む。作戦はなし。
実長にはあなたが報告する、と。
その決定を口にするとき、あなたはあの子を見ずにハンドルを見ていました。
実長が何と言うか、あなたには分かっていたのでしょう。
成長曲線に1日の空白が生じることを。
あの子はその決定を聞いて、何も言いませんでした。
頭の中でも。
私はそれが不思議でした。
あの子は、休むのが好きな年齢でした。
18歳。
7月の私も、18歳のときは日曜日を待っていました。
なのに、あの子の頭の中は静かでした。
初めて印章を受け取った日のように。
その日の午後、私は薬局へ行きました。
7月の癖で、風邪には生姜を煎じるものだと思ったのですが、地下の部屋には火を焚く場所がありませんでした。
薬剤師は私に、双和湯という小さな瓶を勧めました。
温めて飲めばいい、と言いました。
私はその瓶を5本買いました。
そしてコンビニで、その瓶を温めてくれと頼みました。
店員は電子レンジという箱に瓶を入れかけて、ガラス瓶は駄目だとまた取り出しました。
私はその箱が瓶を割ることもあると、その日知りました。
結局、店員が熱い湯をカップに注ぎ、瓶を浸してくれました。
私はそのカップを両手で持って、建物まで歩きました。
〈2014年1月14日、16時30分〉
双和湯、5本。
あの子はその日の夜、1本を飲んで顔をしかめました。
そして頭の中で、私に言いました。
「キッド、これ、漢方薬ですか? 1945年の味ですか?」
私はその言葉を褒め言葉として受け取りました。
残りの4本は、あの子の部屋の冷蔵庫で3か月持ちこたえました。
* * *
あの子の部屋は地下2階にありました。私の部屋と同じ階で、廊下の反対側の端でした。
私は双和湯を提げて、その部屋のドアを叩きました。二回。返事はありませんでした。頭の中でも。
私はドアを開けました。鍵はかかっていませんでした。この建物では、あの子の部屋に鍵をかけないのが規則でした。あの子が病気になったときのために。その規則は、あなたが作ったものです。
あの子は毛布を肩までかけて、ベッドに座っていました。壁を見ていました。私は双和湯をベッド脇の机に置きました。あの子が首を巡らせて、私を見ました。
私は、あの子の顔を見ました。
霞んでいました。
正確に、そうとしか書けません。
あの子の顔の線が霞んでいました。写真を撮るとき、写真家が焦点を間違えたように。目も鼻も口もそこにあるのに、その縁が滲んでいました。朱肉の滲んだ印章のように。枠の外へ、少しずつ漏れ出しているように。
私はその顔を見て、息を止めました。そして、あの言葉が浮かびました。備考欄の五文字。「休止時霞み」。
あの子は、私の頭の中でその言葉が浮かんだのを読み取りました。そして笑いました。口で。咳の混じった笑いでした。
「キッドは、その言葉をご存じだったのですね」
私はあの子に、いつからだと訊きました。頭の中で。あの子は答えました。
「最初からです。12歳のときから。一日でも使わないと、こうなります。二日なら、もっと霞みます。三日は、試したことがありません。怖くて」
〈2014年1月14日、19時10分〉
霞んでいた。あの人がこの言葉を使った、その晩。私は四階上の事務室で、実長に出す休暇報告書を書いていた。事由欄に「風邪」と書いた。一行。あの子が下の階で霞んでいくあいだに。
* * *
私は、ベッドのそばの椅子に座りました。
あの子は、布団の外へ手を差し出しました。その手も霞んでいました。指の節が滲んでいました。
あの子はその手を私の前で広げて見せ、頭の中で言いました。
「お姉さんは知りません。言ってません。お姉さんは、僕が休めば喜ぶと思ってるんです。だから今日、休めって言ったんです」
私は、あなたに話さなければならない、と言いました。
あの子は首を振りました。霞んだ顔が左右に動きました。動くたびに、顔の縁が少し遅れてついてきました。
「お姉さんが知ったら、実長に報告しなきゃいけなくなります。お姉さんは報告する人だから。実長が知ったら、僕は毎日働くことになります。今もほとんど毎日ですけど、本当に毎日。休みがなくなるんです。書類に、そう書かれるんです」
私はその言葉を聞きながら、7月の備考欄のことを考えました。
備考欄にその五文字が書かれた人たちは、ほとんど全員、処理欄に移送と書かれていました。受け入れ先は、番号の印章でした。その人たちは、その番号の場所で毎日使われたのでしょう。休めば霞むからです。休ませないようにするには、仕事を与えればいいからです。書類に書かれれば、そうなりました。
あの子は、書類に書かれることが何なのかを知っていました。12歳のときから。
私はあの子に、今日はどうするのかと訊きました。休みの日なのに霞んだら、と。
あの子は笑いました。頭の中で。
「今、してます。警備室のおじさんに。今夜は三階のトイレの蛇口を必ず閉めようって、考えを入れてます。小さなことでも、すれば霞みが少なくなります」
〈2014年1月14日、19時40分〉
警備室の蛇口。
その夜の警備日誌には、「三階のトイレの蛇口、漏水確認、施錠」という一行があります。
私はその一行を、あの子が死んだあとで見ました。あの子は休みの日ごとに、こんな一行を残していました。警備日誌に、清掃日誌に、食堂の配膳日誌に。小さな一行たち。私はその一行を全部集めました。213行でした。あの子が休んだ日数と同じでした。
* * *
あの子の顔が、少しずつはっきりしてきました。
あの子が警備室の方へ文を入れている間、にじんでいた輪郭が、ゆっくりと元の位置に戻りました。朱肉が乾いていくように。
私はその過程を見ていました。十分ほどかかりました。
すべて戻ったとき、あの子の顔は、また18歳の顔になっていました。額には汗が浮いていました。暑さのせいなのか、文のせいなのか、私には分かりませんでした。
あの子は双和湯の瓶を一本手に取って、飲みました。そして、顔をしかめました。今度は、はっきりと顔をしかめました。
私は、あの子が自分から話すまで、あなたには話さないと約束しました。
その約束は、正確な約束ではありませんでした。あなたはあの子の担当でした。担当は、知らなければなりませんでした。
けれど私は、7月の窓口で「該当なし」の印章を400回押した人間でした。知らせるべきことを知らせないという行為を、私はよく知っていました。その行為を、誰かのためにしたのは初めてでした。
あの子は、その約束を読みました。そして、頭の中で短く言いました。
「キッドは嘘をつけないのに、言わないのは得意ですね」
私は、その言葉は正確だと思いました。
〈2014年1月14日、20時30分〉
その約束。その人は、その約束を最後まで守りました。
私は、あの子が休むと霞むということを、あの子が死ぬ一年前にようやく知りました。あの子が、自分から話しました。
その日、あの子は私の頭の中ではなく、口で話しました。あの子が口で長い文を話したのは、その日が初めてでした。
* * *
その夜、俺は地下の部屋へ戻る途中で、階段の上で足を止めた。
四階の上、あんたの事務所の明かりがついていた。
俺は階段を上がった。事務所のドアは半分ほど開いていた。あんたは机にまっすぐ座って、何かを書いていた。
俺はドアの前に立った。口を出すなという約束をしてから、十分も経っていなかった。
それなのに、俺はドアの前に立っていた。
あんたが顔を上げた。何かあったのかと聞いた。
俺は答えた。双和湯を五本買った。あの子に一本飲ませた。残りの四本は、あの子の冷蔵庫にある。
あんたはしばらく俺を見ていた。そして、それを報告するためにこの階まで上がってきたのかと聞いた。
俺はそうだと言った。
あんたは笑いをこらえた顔で、ご苦労さまですと言った。
俺は頭を下げて、階段を下りた。
その日、俺はあんたに嘘をついていない。双和湯は本当に五本だった。
ただ、それは俺が報告すべきことの、一番最後の欄だった。一番前の欄は、空けたままにしておいた。
* * *
それから俺は、あの子の休みの日を数えた。
あんたが休めと言う日、あの子は休まなかった。建物の中の誰かの頭に、小さな文を入れた。蛇口、廊下の灯り、窓の掛け金。
その文は誰も傷つけなかった。ただ、あの子が霞まないようにした。そして、あの子の数値を少しずつ上げた。
休みの日にも、線は上がった。
去年の夏、あんたはあの子に初めて三日の休みを与えた。海だった。
俺もついて行った。待機資源は、海辺でも待機だった。
あの子は砂浜に座って波を見た。そして三日間、一度も休まなかった。
初日は売店の主人の頭に、釣り銭を数え直せという文を入れた。二日目は、安全員の頭に、水に入った子供の数を数えろという文を入れた。
その日の午後、安全員は、水に入った子供が七人、出た子供が六人だと数えた。
七人目の子供は、ブイの近くで引き上げられた。息をしていた。
三日目、あの子は俺に頭の中で言った。
「キッド、海でも休むのはだめみたいですね。でも、ここは数えるものが多くて、いいです」
私はあの線を、方眼紙の上で見るたびに思いました。
この子は休んでも大きくなる。休まなくても大きくなる。大きくなるのを止める方法はない。
そして、私の線は下がりました。
力を使わない日には、ほとんど下がりませんでした。
私は休める人間でした。あの子は、休めない人間でした。
その年の春、私は自分に残っているものを、あの子に渡せたらいいのに、と思いました。
私の減っていくものと、あの子の増えていくものを、交換できたなら。
その考えは、正確ではありませんでした。
能力は、帳簿の欄のように書き写せるものではありませんでした。
それでも、私はそう考えました。
そう考えているあいだに、あの子が廊下を通りかかり、頭のなかで言いました。
「キッド、そんなこと考えないでください。キッドのものは、キッドのものです」
〈2014年4月3日、22:10〉
* * *
あの子が休みの日に残した小さな文のうち、いちばん多かったのは「窓の掛け金の確認」だった。
その建物の窓の掛け金は、ここ数年のあいだ、一度も開いていなかった。
誰も、その理由を記録しなかった。




