第120話 成長(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述19 — グラフ。
封筒7。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
あなたは毎月、最後の金曜日にグラフを描きました。
方眼紙でした。縦横に細い線がびっしりと引かれた紙。私はその紙を初めて見たとき、息を止めました。紙の全面が升目でした。隙間なく。
あなたはその升目の上に点を打ちました。横は月、縦は数値。その子の数値。そして定規を当て、点を線で結びました。
その線は右上へ上がっていきました。毎月。
あなたはグラフの題名欄に「成長曲線」と書きました。そしてそのグラフを決裁板に挟み、実長に提出しました。あなたの話では、実長はそのグラフを見るたびに満足そうな顔で判を押しました。実長は事由欄しか読まない人でしたが、グラフは最後まで見ました。数字が上がっていく図は、事由を読まなくても意味が通じたからです。
私の数値もあなたが測りました。毎週。その数値はグラフにはなりませんでした。測定表の欄に書かれただけでした。私の数値は、グラフに描くような形ではありませんでした。右下へ下がっていく線。実長が見るに値する図ではありませんでした。
私はあなたに、私の数値もグラフに描いてほしいと頼みました。その年の春でした。あなたはなぜだと聞きませんでした。翌月の最後の金曜日、あなたはその子の成長曲線が描かれた同じ方眼紙に、線をもう一本引きました。別の色で。右下へ下がっていく線。
一枚の紙に、線が二本になりました。一本は上がり、一本は下がりました。
〈2013年4月26日、17:40〉
その方眼紙。私はその紙をあの人に初めて見せた日を覚えている。あの人は紙を受け取ると、しばらくじっと見つめた。それから升目の数を数え始めた。私が止めなければ、あの人はその日の夜まで数えていただろう。横四十、縦五十まで数えたところで、私は紙を取り上げた。
* * *
その年の春、俺は名簿の三行目を返済した。
前の月、作戦は二回あった。一つは山奥の倉庫に置かれた薬品の箱。もう一つは海の上を進む船に積まれた箱だった。船はそのまま残し、箱だけを消した。実長の部下が船の上に残った箱の跡を懐中電灯で照らし、手帳に書きつけた。消去完了。俺はその手帳の欄を逆から読んだ。事由欄はやはりなかった。
名簿の三行目は、裸足の女だった。女の妹の孫娘が美容室を営んでいた。返済欄に俺は初めて数字を書いた。その数字を書くのに三日かかった。裸足という言葉を数字に変える方法を、俺は最後まで見つけられなかった。だからその女が次の場所で履くはずだった靴の値段を計算した。七月から今まで、年に一足ずつ。
その年、あの子は十七歳だった。
背は俺より高くなった。声は割れた。あの子は口では相変わらずうまく話さなかったから、声が割れたのは笑ったときだけ分かった。笑い声は、もうあの子のものではなかった。頭の中に聞こえる声はそのままだった。十四歳の声。あの子の頭の中の声だけが、育たなかった。
あの子の能力は育ちました。
私が初めて会ったとき、あの子は扉一枚、階段一つ隔てた先にいる人にしか、言葉を入れられませんでした。同じ階にいれば、読むことはできました。
初めての作戦の路地で、あの子は向かいの二階まで文を送りました。それが、当時の限界でした。
その年の春、あの子は建物一つに文を送りました。
15階建てのビルでした。火災報知器が壊れたまま、火が出ました。人は階段とエレベーターの前で、どちらへ行くべきか分からずにいました。消防車が来るまで、あと7分。
あの子は建物の前の道端に車を止めさせ、後部座席で目を閉じました。
そして、その建物の中の全員に、同じ文を入れました。
「西側の階段。エレベーターはだめだ。西側の階段」
211人が西側の階段を下りました。
東側の階段は煙で塞がっていました。
人々は後になって記者たちに、急に西側の階段のことを思い浮かべた、なぜそう思ったのか自分でも分からない、本能だったのだと思う、と話しました。
あの子は車の中で鼻血を出しました。
あなたがハンカチを差し出しました。ハンカチはすぐに赤くなりました。
俺は助手席から、その赤いハンカチを見ていました。印朱の色でした。
〈2013年5月9日、15:20〉
211人。
その日の新聞記事を、俺は今でも持っています。「奇跡の西側階段」という見出しでした。
記者は生存者のインタビューを6つ載せていました。6人とも「急に」という言葉を使っていました。
あの子はその記事を車の中で読み、奇跡という言葉のところで笑いました。鼻血がまた出ました。
* * *
その日の夕方、あなたはあの子の数値を測りました。
測定器の数字は、先月より大きく上がっていました。
あなたはその数字を測定表に書きました。そしてその月の最後の金曜日、方眼紙の上の線が一マス大きく跳ねました。成長曲線。
俺はそのグラフを、あなたの机の上で見ました。逆さまに。
上がっていく線は急でした。その隣の俺の線は、ゆるやかに下がっていました。
その月、俺は作戦に2回出ました。名簿の2行です。その2回が、俺の線に2つの段を作りました。
俺はその2本の線を長いこと見ていました。それから計算をしました。
あの子の線は、あの子が能力を使うほど上がりました。俺の線は、俺が能力を使うほど下がりました。
同じことをしたのに、線は逆に動いていました。同じ作戦、同じ車、同じ道。
あの子は文章を書いて大きくなり、俺は物を消して小さくなりました。
俺にはその差が分かりませんでした。その年の春までは。
あなたは、俺がグラフを見ているのを知っていました。
あなたはそのグラフを決裁板に挟みながら、独り言のように言いました。
「この子は使うほど大きくなる。実長が喜ぶよ。大きくなる資源は、たくさん使えるからな」
あなたはそう言って、決裁板を持って出ていきました。
ドアを閉じる前に、少しだけ立ち止まりました。
そして振り返らずに言いました。
「私は、このグラフが怖いです」
〈2013年5月31日、18:10〉
私は、自分がその日その言葉を口にしたことを覚えていませんでした。
この陳述で初めて読みました。
あの人は私の言葉を正確に写し取っていました。助詞一つまで。
私はきっと、あの言葉を言ったのでしょう。
あのグラフは、本当に怖かった。
ただ、その怖さを声に出して言ったのがあの人の前だったことを、私は21年のあいだ知りませんでした。
* * *
俺はその言葉を聞いて、その夜、B棟に下りていきました。
台帳を開きました。
7月の台帳ではなく、それより前の台帳です。
昭和18年、19年の台帳。俺が管理局に入る前の台帳もあり、入ったあとの台帳もありました。
俺はそれらの台帳の一番右の欄を見ました。
処理欄の隣の狭い欄。備考欄です。
備考欄はたいてい空でした。
ところが、いくつかの行には文字がありました。
短い文字。二文字、三文字。
俺はその文字を一つずつ読みました。
「不減」
「増勢」
「休憩時薄れ」
俺は最後の言葉で手を止めました。
休憩時薄れ。
その字を俺は知っていました。
整っていました。
俺の字でした。
俺はその行の処理欄を見ました。
移送。
その下の行の備考欄にも、同じ言葉がありました。
休憩時薄れ。処理欄、移送。
その下の行も。
その下の行も。
俺はその備考欄を書いた日を思い出そうとしました。
浮かびませんでした。
その日、俺はその言葉を申告書から書き写したのでしょう。
申告書の長い理由のうちの一節。
「その人は、休みの日には顔がぼやける」
係長が備考欄に書き写せと言ったのでしょう。
俺はその一節を「休憩時薄れ」五文字に縮めて、整った字で書いたのでしょう。
理由を短く書く技術で。
そして、その人たちを移送しました。
俺はその五文字を数えました。
何冊もの帳簿に、全部で34回。
そのうち、俺の字が19回でした。
その19行は、もう俺の名簿にありました。
移送と書かれた名前は、全部移したからです。
でも、俺はその行の備考欄は移していませんでした。
名簿に、備考の欄がなかったからです。
その夜、俺は名簿に欄を一つ増やしました。
備考。
そして、その19行にもう一度、五文字を書きました。
今度は、理由を短くする技術で書いたのではありません。
消さないために書きました。
〈2013年5月31日、23:50〉
* * *
その夜、俺は地下の部屋に戻っても眠れませんでした。
移入係は知っていました。
越えてきた者の中には、能力が減らずに増える者がいることを。
そして、そういう者は休むと薄れることを。
だから備考欄に別に書きました。
不減、増勢、休憩時薄れ。
そして、その備考欄が埋まった者たちは、ほとんど全員、処理欄に移送と書かれました。
彼らがどこへ行ったのか、俺は知りませんでした。
受け取り先の欄には、番号の印章が押してあるだけでした。
その番号が何だったのか、俺は最後まで知りませんでした。
ただ、一つだけは計算できました。
移入係が彼らを別に印をつけて別に送ったのなら、彼らは別に使われたのでしょう。
使うほど大きくなる者たちでしたから。
そして、あの子どもも、使うほど大きくなる子どもでした。
俺はあの子どもの備考欄に何が書かれているのだろうと考えました。
あの子どもの書類に備考欄はあるのか。
あるなら、誰がその欄を埋めるのか。
実長か、あなたか。
それとも誰も埋めず、グラフだけが上がっていくのか。
その夜、俺は初めて、自分の線が下がっていることをよかったと思いました。
減っていく者は、誰も長く使いません。
移送もされません。
ただ使い切ったら、終わりでした。
でも、大きくなる者は。
俺はその計算を終えられませんでした。
終えたくなかった。
その計算の最後の欄に何が入るか、俺はもう知っていたからです。
〈2013年6月1日、04:30〉
休憩時薄れ。
その五文字を、俺はあの人がその備考欄を開いた翌日に初めて聞きました。
あの人は俺の机の前に立って、その五文字を言いました。
そして、あの子どもの書類に備考欄があるのかと聞きました。
ありました。
空いていました。
俺はその日、その欄に何も書きませんでした。
書けばその欄が何になるのか、俺は知っていました。
* * *
その方眼紙の二本の線は、その年の夏、初めて同じ高さを通りました。
一本は上がっていて、一本は下がっていました。
二本の線が交わった欄に、彼女は何の印もつけませんでした。
彼はその欄を長く見ていました。




