第119話 償還計画書(4)
薬局は小さな町の市場の入口にあった。
看板は古びていて、ガラス戸には営業時間が手書きで貼ってあった。罫線がきっちり引かれた営業時間表だった。俺はその欄を見て、少しだけ笑った。あの人が見たら、きっと気に入っただろう。
薬剤師は58歳だった。23年前、35歳のときに封筒を一つ受け取った人。
俺は処方箋なしで消化剤を一つ買った。会計をしながら、薬剤師の背後の壁を見た。額縁が一つ掛かっていた。古い白黒写真が一枚と、ノートから破いた紙が一枚、並んでいた。
写真には、井戸のそばに立つ若者がいた。紙には枠が引かれていた。縦書きの台帳の欄を、ボールペンで写し取った欄だった。その欄の中の文字を、俺は知っていた。整っていた。
事由欄には五文字があった。
「水を清める」
俺はその額縁の前で長いこと立っていた。薬剤師が釣り銭を差し出しながら、その額縁が気に入ったかと訊いた。俺は誰の写真かと訊き返した。
薬剤師は母方の祖母の兄だと言った。解放の直前に巡査たちに連れ去られ、戻らなかった人だった。この紙は23年前に誰かが送ってきたものだが、送り主が誰なのかは分からない、と彼は言った。
「でも、不思議なんです。これを受け取って、初めて分かりました。私の母方の祖母が、なぜ一生、井戸水を飲まなかったのか」
俺は消化剤をポケットに入れた。
一生、井戸水を飲まなかった母方の祖母。
その祖母は、兄の手が清めていた井戸の水を、兄が連れ去られた後は飲まなかった。清められない水を飲めば、兄が本当にもういないことが確かめられてしまうからだ。
俺にはその計算が分かった。確かめないための計算だ。
あの人が七月に台帳の前でしていた計算とは、逆向きの計算だった。
俺はその薬局を出た。その日、俺は薬剤師に何も言わなかった。
話すべき欄がなかった。
その欄は、あの人がもう埋めてあった。
写し一枚。
* * *
ナソンの建物は十二階だった。
二十三年前、あの人が標識石に触れた建物。今は十五階になっている。上に三階を継ぎ足したのだ。標識石だけはそのままだった。1978年、その息子の名前。
俺は正面玄関から入った。約束があった。
一階の警備デスクで、職員が俺の身分証を機械に当て、訪問証を出してきた。訪問証の裏に訪問目的の欄がある。職員はそこに「代表面談」と書いた。
俺はその字を見た。端正だった。
秘書がエレベーターのボタンを押しながら言った。この建物の職員は代表の指示で、全員、字を端正に書くよう教育されている。代表は枠からはみ出した字が嫌いなのだという。
俺はその言葉を聞いて、ボタンの横の階数案内板を見た。数字が端正に並んでいた。一番上が十五階。
エレベーターの扉が開く。内側の壁が鏡だった。
「階段で行く」
俺は言った。
秘書は、最上階は十五階です、ともう一度教えてきた。俺は知っていると答えた。秘書は少し迷ってから、俺の後について階段を上がってきた。
九階のあたりで、革靴の音が遅くなった。
俺は階数を数えた。十五まで。
二十三年前、あの人はこの階段を十二から一まで数えながら下りた。
* * *
ナソンは四十九歳だった。
あの人が二十六歳で会った二十六歳の男は、今ではあの人の二倍に近い年齢になっていた。
髪には白が混じっている。シャツの袖はまくり上げていなかった。手首に重い時計もない。
机の上には書類が端正に積んであった。枠が揃うように。日の当たる窓際ではなく、日の当たらない壁側に。
その書類の位置を見て、俺は分かった。この人は誰かから、その場所を学んだのだ。
壁に額縁が掛かっていた。1944年春の結婚写真。二十三年前、あの人が背を向けて立った額縁。
その隣にもう一つあった。証明写真が一枚。灰色のスーツを着た若い男。笑わない口元だった。
あの人だった。
24年前の4月、この部署で撮られた資産登録用の写真。
その写真がどうしてこの壁に掛かっているのか、俺には分からなかった。
* * *
ナソンは俺をソファに座らせた。
自分も向かいに座った。正面から。
「あの部署から来られたんですよね。名前が何度か変わった」
俺は答えなかった。
ナソンは答えを待たなかった。
「18年のあいだ、誰も来なかったので、あの部署はなくなったのかと思っていました。あるいは、あの部署があの人のことを忘れてしまったのかと」
ナソンは「あの人」と言った。曾祖父ではなく。
俺はその呼び方を聞いた。
ナソンは、俺がその呼び方を聞くのを見ていた。
「私はあの人を曾祖父と呼んだことはありません。一度も。あの人が生きていたときも、死んだあとも。あの人が、そう呼ぶなと言いました」
その言葉の意味が、俺には分からなかった。
ナソンは立ち上がり、壁際の金庫を開けた。
金庫の中から書類綴りを一冊と、封筒を一つ取り出した。
書類綴りを先に、俺の前に置いた。
表紙には「償還支給台帳」と書いてあった。
会社の書式だった。欄は七つ。
番号、受領人、関係、支給日、支給額、根拠、確認。
俺はその欄を見た。
あの人の名簿と、欄の数が同じだった。
「あの人がこの書式を作って持ってきて、うちの会社の書式として使えと言いました。私はそのまま使いました。あの部署がうちの会社の書類を握っていたからです。最初は」
* * *
俺はその台帳をめくった。
一番上の行の支給額欄には、数字がなかった。根拠欄に「写し1枚——支給仕様」とある。
2行目からは数字があった。受領人、関係、支給日。関係欄には「被移送者の孫娘」「被移送者の甥の孫」「被移送者の曾孫」。根拠欄はどれも同じ形式で、名簿番号が何番、とだけ書かれていた。
そして確認欄の印章。整った印章。あの人の印章だった。
俺は最後のページまでめくった。最後の行の番号は97。支給日は18年前、あの子の20歳の誕生日の1か月前だった。
97行のうち11行は、支給額の欄が空だった。
根拠欄には数字の代わりに、別の言葉が並んでいた。写し1枚、写真の返却、墓所の位置の通知、氏名訂正願の同封。
金を受け取らなかった子孫たちだった。
あの人はその行にも確認の印章を押していた。他の行と少しも変わらない、整った押し方で。
俺はその11行を、指で一行ずつ下へなぞった。どの行にも、名簿番号を記す欄が別にあった。番号はところどころで飛んでいた。この会社を経由しなかった行が抜け落ちた跡だった。
97行。
あの人の名簿は312行から始まり、のちには700行を超えた。
俺はその数字を知っている。その名簿の原本は今、俺の引き出しの一番下の段にある。700行のうちの、97行。
「最初の20行は、あの部署に命じられて出しました。その次からは」
ナソンは言葉を切った。それから、また口を開いた。
「その次からは、あの人が月に一度、書類を持って直接来ました。あの部署の圧力なしで」
「あの人はこの事務所へ来て、あのソファに座りもしないで、立ったまま次の行を読みました。名前、本籍、処理。移送」
「それから、その子孫が今どこで何をしているのか」
「私は最初、あの人が狂ったのだと思いました」
「でも、あの人が持ってきた書類には、うちの曾祖父の印章が押してありました。移送事由書の作成者欄に」
ナソンは壁の結婚写真を見た。
「うちの家は、その方が巡査に引っ立てられて亡くなった愛国者だと信じて暮らしてきました。祖母も、父も、私も。でも、その書類に押してあった印は、その方の印鑑と同じでした。曾祖母の遺品に、その方の印鑑証明書があったんです。私はその印の跡を照合してみました。一致しました」
俺はその言葉を聞いた。
一致。
* * *
ナソンは封筒を俺の前に置いた。
表に、一行だけ文字があった。欄のない封筒だったが、その一行は見えない欄の中にきちんと収まっていた。
俺の引き出しの封筒と同じ字だった。
ナソン君へ。7月の命日だけに開けよ。
「あの人が最後に来た日に、置いていきました。18年前の春です。あの人がその日、私に言ったのは一つだけでした。自分の名前は自分で持って行くという一言でした」
ナソンは封筒を指で一度だけ叩いた。
「その代わりに、97行を出せと言いました。そして、私は出しました」
俺はその封筒を開けてくれとは言わなかった。
ナソンも開けなかった。
ナソンはその封筒を、また金庫に戻した。
金庫には区画が三つあった。一番上の区画にその封筒。真ん中の区画に償還支給台帳。一番下の区画に、小さな箱が一つ。
ナソンはその箱については、何も言わなかった。俺も聞かなかった。
俺は、その箱が印鑑一つ入るほどの大きさだったことだけを記しておく。
金庫の扉を閉める前に、ナソンが言った。
「私はこの封筒を19回開けました。7月になるたびに。全部、覚えました。それでも7月になると、また開けます。あの人の字で読まないといけないので」
俺はナソンに、なぜあの人の写真を壁に掛けたのかと聞いた。
ナソンは答えの代わりに、結婚写真を見た。それから言った。
「うちでは今でも、その方の祭祀を営んでいます。7月に」
その方が誰なのか、ナソンは言わなかった。愛国者だと信じてきた曾祖父なのか。それとも、この事務所に立って、次の行を読んでいた男なのか。
俺は聞かなかった。
その二人が同じ人間だということを、ナソンも知っている。俺も知っている。
ただ、ナソンの家では、その二人は今も別の区画にある。祭壇に置かれた紙の位牌、その一枚の上で。
* * *
ナソンは俺をエレベーターの前まで見送った。
扉が開く前に、ナソンはあの人がどうやって死んだのかと尋ねた。
俺は答えなかった。
ナソンはその答えのなさを、そのまま受け入れた。そして、あの人は死ぬ前に名前を取り戻さなかったことを後悔したのだろうか、ともう一つだけ聞いた。
その問いにも、俺は答えなかった。
答えが分からなかった。その答えは、まだ俺が開けていない封筒の中にあるはずだ。
建物を出る途中、俺は標識石を見た。1978年、あの人の息子の名。その下の土地には、あの人の名が一度も書かれたことがない。
登記簿の四つの名。そして今は五つ。ナソンの息子の名が今年、そこに載ったとナソンが言った。
あの人は自分の名でその土地を取り戻すことができた。取り戻さなかった。代わりに、その土地が生んだ金で、九十七行を償わせた。
国はあの人を証明し、同じ手で消した。あの人はその消された場所で、自分が几帳面に書き入れた台帳を、償還名簿に変えた。
移送が償還になった。九十七回。
償還計画書。あのノートの最初のページにあった、あの四文字。俺は今日、その文字が欄の外に書かれていることを、初めてちゃんと理解した。
その計画は、最初からどの書類の欄にも収まらない計画だった。
* * *
彼が押した印章の数と、彼が返した封筒の数。我々はそれを同じ紙に書き留めた。
同じではなかった。彼はその差を最後まで数えた。我々も数えた。我々の数と彼の数は、同じだった。




