第12話 冒涜
管理番号KR-06 添付文書1
86〜100枚。
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会議室は、本館四階の突き当たりにありました。
エレベーターはあったのに、あの方はエレベーターに乗ってはいけないんだそうです。歩いて上がらなければならない。どうしてかと訊いたら、あの方がエレベーターのボタンを押しているところを誰かに見られてはいけないから、と。ボタンを押すあの方は、あの方ではないんだそうです。私は四階まで階段で上がりました。杖なしで。階段は七十二段ありました。数えながら上りました。数えないと、へたり込みそうだったので。
会議室のドアの前で、兄弟が私の服をもう一度整えてくれました。白い服の襟が汗で濡れていました。兄弟はそれを見て少しためらってから、ハンカチで襟を叩いて乾かしました。あの方は汗をかいてはいけないので。
会議室は細長い部屋でした。真ん中に長いテーブルがあって、テーブルの端に椅子が三つ、高く並べてありました。真ん中が最高司祭さま、その両脇が第二使徒さまと第三使徒さま。その下の両側に、司祭さまが二十人くらい座っていました。外国の司祭さまも何人かいました。みんな耳に通訳機をつけていました。昨日の通訳ブースの件があったので、今日は通訳たちが会議室の後ろに立って、直接ささやいていました。
私には椅子がありませんでした。テーブルの反対側の端、ドアの前に立っていなければなりませんでした。
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俺はファイルを閉じた。
七十二段。昨日俺は、六番目は魔王城の階段みたいにバツ印を数えていたはずだと思った。当たっていた。彼は数えていた。七十二段。
そして、椅子がなかった。神を奉る会議に、神の座る椅子がなかった。向こうでもそうだった。王の作戦会議で、俺は立っていた。勇者はひざまずかない代わりに、座りもしないのだと言われた。最初はそれを栄誉だと思った。三時間の会議が終わったとき、脚がしびれていた。
神はいつも立っている。そのほうが、座っている人間たちにとって楽だからだ。
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会議はお祈りから始まりました。お祈りは第二使徒さまがしました。七十二だと言っていた方です。声が大きくて、顔が赤い人でした。十分間お祈りをしたのに、その十分間、一度も私のことに触れませんでした。代わりに「本日我々が経験した混乱」という言葉を四回言いました。
お祈りが終わるとすぐ、司祭さまがひとり立ち上がりました。テーブルの真ん中あたりに座っていた、眼鏡の方でした。
「これは冒涜です」
ふだんは声を荒げない人なんだそうです。でもその日は、青筋を立てていました。
「昨日本堂で我々が聞いたものは、奇跡ではありません。悪魔の仕業です。我々が何十年もかけて築き上げたこの聖殿のただ中で、何百人もの司祭が集う場で、あの方が目の前におられるその状況で、頭の中に声が聞こえたのです。これが悪魔でなくて何だというのですか」
会議室は静かでした。誰も相槌を打ちませんでした。誰も反論しませんでした。眼鏡の司祭さまは、その静けさを支持だと受け取ったようでした。声がさらに大きくなりました。
「我々はあの方にお仕えしている。なのに、あの方の御前で、あの方の御心ではない声が我々の耳に届いたのです。救い主の聖殿で、別の声が! これは冒涜です!」
私はドアの前に立って思いました。あの方の前で、あの方の御心ではない声が聞こえた、だそうです。あの方こそが、その声だったのに。
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ここで俺は笑った。今朝、配膳口から入ってきたトレイの上にも、似たようなことがあった。豆乳パックに貼られたメモ。汁物禁止規定の遵守を確認――ラーメン。豆乳が汁物じゃないことを確認したのが、ラーメンだった。ラーメンが、これは汁物じゃありませんと請け合っているようなものだ。
笑ってから、また読んだ。あの方の前で、あの方の御心ではない声。あの司祭は本気だった。彼は六番目に仕えていると信じていた。そして、その信仰を守るために、六番目の声を悪魔と呼んだ。
信仰が、自分の神を悪魔と呼ぶことがある。神が、信仰と違う声を出したときに。
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別の司祭さまが手を挙げました。向かい側、第三使徒さまの側に座っていた方でした。
「冒涜という言葉は、軽々しく口にするものではありません」
その方は座ったまま言いました。落ち着いていました。
「我々は昨日初めて、すべての支部が一堂に会した場で奇跡を体験しました。あの奇跡は、あの方が我々に授けてくださった賜物です。奇跡を疑うことこそ、冒涜です」
それは私の味方をする言葉のように聞こえました。でも、違いました。その方は「あの方が授けてくださった」と言いました。あの方が「なさった」のではなく、「授けてくださった」。天のどこかにいるあの方が、授けてくださったんだそうです。ドアの前に立っている私がやったのではなく。
あとで知ったんですが、その方は第三使徒さまの側の人でした。第三使徒さまには奇跡が必要でした。奇跡は売れますから。でも、奇跡を起こしたのが私なら、私を売らなければならない。私は売りにくい商品でした。足を引きずっていましたから。だから、奇跡だけを切り離して、天に掛けておいたんです。天は足を引きずりませんから。
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奇跡だけを切り離して、天に掛けておく。
俺はベッドから立ち上がって、部屋の中を歩いた。向こうで魔王を倒したあと、王宮の広場で戦勝ミサが開かれた。大司教が壇上で言った。神が勇者の手を借りて、魔王を滅ぼされた。広場の群衆が歓声を上げた。俺は壇の横に立っていた。右手に、刃の溶けた聖剣の柄を握って。
神が俺の手を借りた。その手は、ワイバーンの毒針のせいで十日間熱を出した手だった。仲間を四人埋めた手だった。神に貸した覚えは、一度もない。
あの日の俺は、それがおかしいとは思わなかった。栄誉だと思っていた。
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おふたりが声を張り上げはじめました。悪魔だ、奇跡だ。冒涜だ、その言葉こそ冒涜だ。他の司祭さまたちも、ひとりずつ加わっていきました。外国の司祭さまたちは通訳のささやきを聞くので、半拍ずつ遅れて怒っていました。会議室が市場みたいでした。正門の前の市場と何も変わりませんでした。私はドアの前に立って、足を交互に踏みかえていました。左足、右足。左足のほうがましでした。
それまで、最高司祭さまは何も言いませんでした。真ん中の高い椅子に座って、私だけを見ていました。昨夜、私の部屋でそうしていたように。
最高司祭さまが、杖で床を打ちました。カツン、と一度。
会議室が静まり返りました。
最高司祭さまが立ち上がりました。立ち上がるのに時間がかかりました。誰も手を貸しませんでした。それから杖をついて、長いテーブルに沿って歩いてきました。ゆっくりと。司祭さまたちの後ろを通って。ドアの前に立っている、私のところまで。
そして、杖を持っていないほうの手で、私の胸ぐらをつかみました。
力のない手でした。でも、振りほどけませんでした。あの方の顔が、私の顔のすぐ前にありました。ひびの入った焼き物みたいな顔が。
「75年だ」
最高司祭さまが言いました。会議室じゅうに聞こえるように。
「75年待って、この城を建てた。そのあいだに偽物は数えきれないほど見てきた。手をひと振りして奇跡を見せる奴もいたし、スポーツ選手みたいにぴんぴんしている人間を、目配せひとつで死んだほうがましな体にする奴もいた。だが、どいつもこいつも偽物だった」
あの方の手が震えていました。怒りのせいなのか、老いのせいなのか、わかりません。
「なのに、今さら現れたおまえが本物だと? 人の頭に世間話を押し込むのが関の山のおまえが?」
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第三使徒さまの隣で、第二使徒さまが笑いました。大声で。
「使徒さま、そんな能力で何ができます。テレパシーしか能がないのに。何の役に立つんです。どこかの国のスパイ? 伝令? まあ、飯を食って寝る高価な伝書鳩くらいにはなりますかな。お偉方に献上すれば、たいそう喜ばれるでしょう」
司祭さまが何人か、つられて笑いました。外国の司祭さまたちは、通訳を聞いて半拍遅れて笑いました。
高価な伝書鳩。私はその言葉が、あまり嫌ではありませんでした。鳩は足が痛くても飛べますから。
でも、最高司祭さまは笑いませんでした。私の胸ぐらをつかんだまま、第二使徒さまを振り返りました。
「伝令、か」
「は?」
「三人目のことを言っておるのか」
会議室がまた静まり返りました。今度は、さっきよりもっと静かでした。
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最高司祭さまは私の胸ぐらを放しました。そしてテーブルの角に手をついて立ちました。
「この子は、あれとは違う」
最高司祭さまが言いました。第二使徒さまにではなく、会議室全体に向かって。
「三人目に選んだあの子は、親を知らない孤児だった。どうやって見つけて連れてきたのかは、わしも知らん。あの子は人の本音を聞き、その本音に自分の言葉を書き込むことができた。口を開かずにな」
私は息を止めました。
「だが、わしはあの子を本物とは認めなかった。あの子は、他人の耳の中に誘惑をばらまいただけだったからな。そうこうするうちに、国があの子を連れていった。さらわれたわけではない。むしろ、あの子は有名になったと聞いている。世界を回って、文書に残せない言葉を伝え、口にできない仕事に使われた。何百人もの命を救い、悪党どもの企みを止めるのに使われたそうだ」
最高司祭さまは少し言葉を切りました。
「最後はよくなかったと聞いている。もう10年も前の話だ」
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国が連れていった。
俺はファイルを閉じて、ドアのほうを見た。白いドア。外からしか開かないドア。
私たちの支援を受けるのが最も賢明な選択です。最初の日に彼女が言った言葉だ。あなたが持ち帰った力は、核兵器と同じくらい危険です。あの子も、その言葉を聞いたのだろうか。誰かがあの子にも水を注いでやって、1年だけ待てと言ったのだろうか。
10年前。彼女は、七度の失敗で唯一生き残った人間だと言った。その七度の中に、10年前は含まれているのだろうか。
メモ用紙に、四つ目の質問を書いた。4.三人目の候補――管理局か。そして、線を引いて消した。保留されるとわかっている質問は、書かないほうがいい。会社で学んだことだ。
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会議室は長いこと静かでした。
私はその静けさの中で訊きました。誰も私に話せとは言っていないのに。ドアの前に立って、足を交互に踏みかえながら。
「じゃあ、私は何をすればいいんですか」
二十人の司祭さまが、一斉に私を見ました。昨日の本堂と同じように。あの方が質問をなさったのですから。あの方は、本来質問などなさらないのですから。
最高司祭さまが私を見ました。そして、ごく簡単に答えました。
「何も」
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冒涜という言葉を最初に作ったのは、人間だ。我々はその言葉を聞くたびに、少し笑った。
あの部屋で、神を冒涜した者などひとりもいなかった。神が、立っていただけだ。椅子もなしに。




