第116話 償還計画書(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 16 ―― 曽孫。
封筒 6。原文のまま転記。実名は▇で伏せてある。
* * *
謹慎が明けた次の日曜日、私は一人で建物を出た。
許可は受けていない。日曜日には資産の外出記録を誰も確認しない――そのことを私は5か月かけて計算しておいた。
正面の遮断機は出入証を読んだ。私の出入証は番号だった。番号は日曜日にも扉を開けた。
扉を開けた記録は残っただろう。だが、その記録を月曜の朝に開いて見る者はいなかった。7月の倉庫の鍵と同じで、記録は誰かが開いて見る時だけ記録だった。
あなたには言わなかった。この陳述で初めて言う。
あの日、私はあなたに嘘をついたのではない。言わなかっただけだ。その二つは違うと、私は7月の窓口で学んだ。該当なし。
あの子が頭の中に描いてくれた路線図のとおり、私は地下鉄に乗った。改札の前で少しだけためらった。交通カードという板をかざすと、扉は開いた。板には私の名前も番号もなかった。板は金だけを知っていた。扉は板の金を読んで開いた。
その扉を通りながら、私は計算した。この世界の扉は、人を問わない。
7月の待合室の扉の前では、制服が私の背広の襟の階級章を見た。この扉は何も見なかった。それが楽なのか、怖いのか――その日、私は決められなかった。
緑の線に乗り、黄色の線に乗り換えた。乗り換えの通路は長かった。壁には広告が並んでいた。融資の広告が多かった。当日入金、来店不要、書類不要。
私は「書類不要」という言葉の前で足を止めた。書類なしで金を貸す場所。私はその広告の前で長く立っていた。後ろから来た人々は、私を避けて通った。
広告の一番下に、小さな字で会社名が書いてあった。私はその名前を知っていた。
親族鑑定の結果票の照合対象欄の隣――あなたが鉛筆で小さく書き留めたメモで見た名前だった。
息子の家族が営む会社。
〈2011年4月3日 11:20〉
あのメモ。
私は後で消すつもりで、親族鑑定の結果票の隅にその会社の名前を鉛筆で書いておいた。消さなかった。
その人は、逆さまに置かれた字を読んだ。隅の鉛筆の字も読んだだろう。
私はその事実を、この陳述を読んで初めて知った。その人は5か月の間、その名前を数えていた。
* * *
その会社の建物を、地図で探す必要はありませんでした。
私はその住所を知っていました。いや、その土地を知っていました。城の外の東、川向こう。7月に妻が歩幅で周囲を測っていた畑。福徳房の老爺の長煙管の煙。灰の落ちた契約書。委任状の端正な印章。そして、その土地を売った妹のそばに立っていた弟の目。
地下鉄の駅を上がると、川はありませんでした。川のあった場所には広い道路があり、道路の下を水が流れていると標識に書かれていました。覆蓋という言葉でした。川を覆ったという意味です。
私はその言葉をノートの欄に書きました。確認した意味の欄には「覆ったが、流れている」と書きました。
その土地の上に建物が立っていました。
十二階建ての灰色の建物。一階に銀行があり、二階から上は窓ごとに同じ会社の名前が付いていました。建物の前の花壇に標石が一つありました。建物を建てた年と、建てた人の名前。建てた年は1978年。建てた人は息子の名前でした。
私はその標石の前で計算しました。1978年。息子が三十三だった年。妻が五十八だった年。妻はその年に、この建物が建つのを見たのでしょう。7月に大根を植えると言っていた、あの畑の上に。
私はその標石を手で触ってみました。冷たかった。花崗岩でした。その下に土地がありました。7月に私が実績手当の封筒で買った土地。その封筒に押された件数分の移送で買った土地。
〈2011年4月3日 12:40〉
標石。1978年、その息子の名前。私はその標石の前に何度か立ったことがある。標石の裏面には何も刻まれていない。その人があの日、その裏面も触ってみたのか、私は知らない。その人なら、裏面に欄がないことを確かめたのだろう。
* * *
日曜日なので、建物は閉まっていました。
最上階の窓が一つだけ点いていました。
私は建物の脇の小さな扉へ行きました。警備室がありました。警備員は居眠りをしていて、私がガラス窓を叩くと目を覚ましました。
「社長に会いに来ました」
「約束はありますか」
「ありません」
「約束がないと通せません」
私はその言葉は正確だと思いました。それで、別のことを言いました。
「社長の曾祖父の件で来ました」
警備員はその言葉を上の階へ電話で伝えました。何がやり取りされたのか、私は聞こえませんでした。
警備員は電話を切り、私を奇妙な人物でも見るような目で見ました。そしてエレベーターの方を指さしました。12階。
エレベーターの中に鏡がありました。私は鏡の中の自分を見ました。二十六歳。あなたが買ってくれた灰色のスーツ。7月のスーツは証拠物袋に入っていました。
鏡の中の私は、この建物を建てた者の父親でした。そして、その者より四十歳若かった。
12階で扉が開きました。廊下の突き当たりに扉が一つ開いていました。その部屋の中に若い男が立っていました。
〈2011年4月3日 13:10〉
12階。その人があの日、エレベーターの鏡を見たことを、私は初めて知った。その人はエレベーターを嫌っていた。鏡のせいだと言っていた。鏡の中の自分の年齢が、計算に合わないから。私もエレベーターには乗らない。別の理由で。だが、同じ理由なのかもしれない。
* * *
若い男は俺と背丈が同じくらいだった。
年も同じに見えた。二十六、七。白いシャツの袖をまくり上げ、手首に重い時計をしていた。
男は俺を上から下まで眺めた。待合室の人々が俺のスーツの襟を見た、あの目と同じだった。ただ、その目に怯えはなかった。算段があった。この男から何を受け取れるのか、何を奪われるのか。
その男がナソンだった。息子の孫。俺の曾孫。
ナソンは俺を事務室の中へ入れた。広い部屋だった。窓は南向きで、陽が机の上の書類に差していた。俺はその陽が気になった。口にはしなかった。
壁に額がいくつも掛かっていた。そのうちの一つが結婚写真だった。1944年春の、あの写真。療養院の箪笥の上にあった額と同じ写真を、大きく引き伸ばしたもの。
ナソンはその額に背を向けて椅子に座った。俺は立っていた。ナソンは俺に座れと言わなかった。
机の脇に小さな機械が一台あった。ナソンが札束をその機械に差し込むと、しゃらしゃらと音を立てて数字が上がった。札を数える機械だった。
俺は機械から出てきた札束を見た。札の向きがばらばらだった。表と裏が混ざっていた。機械は数だけを数え、向きは揃えなかった。
妻の数え方は、この家に四代は下りなかった。数字だけが下りてきた。
「曾祖父の件ですか。何の件です? 家系図屋ですか、それとも独立有功者申請の代行ですか」
ナソンは笑った。それから、顎で俺にあの額を指した。
「うちの曾祖父は巡査たちに引っ立てられて死にました。解放の直前でした。愛国者だったと、祖母が言っていました。だからうちには、そういう商売人がよく来ます。曾祖父を有功者にしてやる、という人たちが」
俺はその言葉を聞いた。巡査たちに引っ立てられて。愛国者。
私は妻のことを考えました。
妻は46年の間、息子にそう言い続けたのでしょう。夫がなぜ帰ってこなかったのか、知らなかったのですから。
退勤路で消えた夫。
あの時代、退勤路で消えた男たちは、たいてい巡査たちに引っ立てられた男たちでした。
妻はその計算をしたのでしょう。そして、その計算を息子に譲り渡したのでしょう。
息子はそれを孫に、孫はそれをこの男に。
間違った計算が、四代にわたって下りてきました。
〈2011年4月3日、13:30〉
巡査たちに引っ立てられて。愛国者。
その家のこの話を、私はあの人より先に知っていました。親族鑑定を準備しながら、その家の記録を照会したとき。
私はその話をあの人に話しませんでした。
あの人はその日、その話を自分の曾孫の口から初めて聞きました。
私はその順序を変えることができました。変えませんでした。
* * *
私はその計算を直してやりませんでした。
その日、私は直しに来たのではありませんでした。確認しに来たのでした。確認事項の欄を埋めるために。
私はナソンの顔を見ました。
その顔に、妻の眉はありませんでした。息子の眉も。
なのに、口元だけは私のものでした。笑うときにも、笑っていないように見える口元。
息子から孫へ、孫からこの男へと書き写された欄。
ナソンが、それで何の用かと尋ねました。
私は、曾祖父の件でお話ししたいことがあります、今日ではありません、次回は書類を揃えてまた伺います、と答えました。
ナソンはそれを聞いて、大声で笑いました。
書類。闇金に書類を揃えて来ると言う人間は初めて見た、と。
普通は書類なしで貸してくれと来るのに、と。
私はその笑い声に背を向け、扉を開けて外へ出た。
エレベーターには乗らなかった。階段で十二階を降りた。降りながら、階数を数えた。十二から一まで。
その日、あの建物で私が向き合った計算は、それだけだった。
階段の踊り場には、どの階にも窓があった。窓の外に、蓋をされた道路が見えた。その下を川が流れていた。蓋をしても、流れはある。
一階の警備室の前を通ると、警備員が私を呼び止めた。
「訪問者台帳に署名してから帰ってください」
私はその台帳を見た。欄は五つ。日時、氏名、訪問先、用件、署名。
氏名の欄に、キッドと書いた。
用件の欄に何を書くか、少し迷った。そして、一行を書いた。
返済協議。
その言葉を書いたのは、その日が初めてだった。そのときの私は、まだ何を返済するのか計算していなかった。ただ、その言葉は欄に収まった。
〈2011年4月3日、14:10〉
* * *
ナソンが警備室の訪問者台帳のその一行を見たのは、月曜日の朝だった。
用件欄の四文字を見て、彼は法務チームに電話をかけた。
その通話記録は、あの会社の書類綴りに今も残っている。通話理由の欄には、「正体不明の債権者出現」と記されている。




