第115話 嘘がつけないやり方(4)
二人目は刑務所にいた。
収容者ではなかった。矯正委員だった。月に2回、刑務所へ来て収容者たちと話すボランティアだ。
俺はそいつの名前を、この部署の古い作戦報告書の中に見つけた。
24年前の9月。市の外れの集合住宅の2階。果物ナイフ。妻と娘。
その報告書の事由欄は3行だった。あの子の書類だったからだ。俺が3行で書いた。
その報告書を読みながら、昨夜読んだ五番目の封筒を思い出した。
そいつの陳述によれば、あの子は残ったあんパン1つを交互に入れた。1度は俺のポケットに、1度はそいつのポケットに。
俺はその事実を、8か月前、八番目にあの子の話をしたとき、省いて言った。
「2つ買ってやると、1つは自分のポケットに入れました」
「交互に」という言葉を抜かして、俺はそう言っただけだ。
だからその一文は、いつもと同じように聞こえた。正確な言葉ではなかった。
そいつが消されたから、俺はそいつの分まで消した。
そいつがこの事実を知っていたなら、俺の文章にその言葉を差し込んでくれただろう。欄の外に小さく書いて、その横に訂正印を押して。
そいつの現在の住所を調べるのに1日かかった。
調べた結果には職業欄があった。矯正委員。活動機関欄には、刑務所の名前が1つだけ書かれていた。
俺はその名前を見て、長いこと座っていた。
5日前にも、10日前にも、俺の机の上の報告書に書かれていた名前だった。
停電中の騒乱。負傷者多数。収容者1名、独房移送。
その刑務所だった。
* * *
刑務所の正門で、班長が俺を迎えた。
班長は俺の身分証を見て、小さく息を吐いた。ため息だった。原因は、そこに書かれた「管理局」という文字だった。
班長は覚えていた。18日前の夜、管理局のワゴン車が2台、この正門の前に横付けされたことを。そして、その後に自分が書かねばならなかった経緯書の枚数も。
班長は訪問目的の欄を指差した。具体的に書いてくれ、と言った。
前回来た管理局の人間は、そこに「位置確認」とだけ書いた。おかげで班長は、その「位置確認」が何の位置なのかを上へ説明するのに3日を使ったそうだ。
俺は欄に「矯正委員と面談」と書いた。
班長はその文字を読み、いくらか安心した顔をした。矯正委員は、班長の知っている言葉だった。
知っている言葉は、経緯書を生まない。
班長が俺を矯正委員室へ案内して、廊下を歩いた。廊下の突き当たりに、接見台帳の置かれた机があった。
俺はその台帳の横を通りながら、開いたページを見た。逆さになっていたが、読めた。収容番号、接見人、関係、日時。
そのページの一番下の行に、番号が一つあった。接見申請、差戻し。事由欄には「保護措置中」とあった。
その番号が誰のものか、俺は知っていた。その番号を持つ人間が、この建物のどこかの独房に座っていることも。
歩みは止めなかった。その人物は今日の俺の仕事ではなかった。
まだ。
班長は歩きながら、最近この刑務所には妙なことが多い、と独り言のように言った。独房に植木鉢を一つ入れたら、保管証の様式がなくて新しく作った。するとその様式が上から「標準様式」として採用されたのだという。
班長は、標準様式の下のほうに自分の名前が「考案者」として入った、と言った。考案者欄のある様式なんて、俺は初めて聞いた。班長も初めてだと言った。その欄は班長が自分で作った。
班長は、それが誇らしいのか悔しいのか、自分でも分からないという顔をしていた。
俺はその顔を見ながら、この刑務所で一番正確な人間は班長なのだと知った。
* * *
矯正委員室は、窓が一つだけの小さな部屋だった。
机の上には面談ノートが積み上げられていた。収容者一人に一冊。表紙には、名前の代わりに番号が書かれている。刑務所の規則だった。
だが、ノートを開くと、最初のページの端に鉛筆で小さく名前が書いてあった。矯正委員本人がこっそり書き足したものだと、俺は後で知った。
番号で呼べば、人は返事をしない。それが、その人の経験だった。名前を呼ばれて、ようやく振り向く。
矯正委員は五十八歳だった。
髪は半分ほど白く、手が大きかった。手の甲に、古い傷跡が一つ。
俺が入ると、その人は立ち上がって頭を下げた。俺は座るよう言った。その人は座らず、俺に先に尋ねた。
「あの子のことで来られたのですか」
俺は答えなかった。この仕事では、答えなくていい問いが、やたらと出てくる。
「十日ほど前からです。その考えが頭に浮かぶたびに、自分の声ではなく、どこかの子どもの声で聞こえるんです。最初は、自分がおかしくなったのかと思いました。でも、おかしくなっていたのなら、こんなに正確なはずがありません。同じ文が、同じ声で、毎回、まったく同じ」
その人は、その文を口にしなかった。俺は、その文を知っていた。その人の頭の中に折り畳まれている、他人の文。
その手触りは、院長の頭の中から読み取った結果と同じだった。毎朝、ブリーフィングの前に聞こえていた、あの声。
俺は、その文を声に出して言った。
「銃を下ろせば、誰も傷つかない」
その人の顔が白くなった。そしてゆっくりと、椅子に座った。
* * *
その人は、あの夜のことを話した。
24年前の9月。
工場を解雇され、融資も止まった。
妻が、娘を連れて実家に帰ると言った。
その人は果物ナイフを手に取った。
なぜ取ったのか、今でも分からないと、その人は言った。
ナイフを手にしたら、もう下ろせなかった。
ナイフではなく、銃を手にしたような気がした。
一度撃てば、取り返しのつかないものだった。
だから、下ろせなかった。
3時間。
そして、あの考えが浮かんだ。
銃を下ろせば、誰も傷つかない。
「その考えが浮かんだ瞬間、自分が持っているのがナイフだと見えたんです。銃じゃなく。それで、窓の外へ投げました」
その人は刑務所で4年を過ごした。
出所して、また工場に戻った。
妻とは離婚した。
娘は10年間、その人に会ってくれなかった。
その10年間、その人は毎日、その考えを思い続けた。
銃を下ろせば、誰も傷つかない。
その考えが自分を生かしたと、信じていた。
自分の内側に、そんな考えを持てる何かがあると、信じていた。
その人は、その何かにつかまって生きてきた。
10年目に、娘が訪ねてきて、結婚式に来てほしいと言った。
その人は財布から写真を1枚取り出して、俺に見せた。
式場の入り口。白いドレスを着た娘と、スーツを着たその人。
娘は笑っていた。その人は笑っていなかった。
緊張しすぎて、笑うのを忘れたのだと言った。
俺は、その写真の娘が、24年前に毛布をかぶってパトカーの横に座っていた10歳の女の子だと知っていた。
あの子がその日、その娘の額を一瞬だけ見て通り過ぎたということも。
何を読んだのかは、あの子は最後まで言わなかった。
その人は式場で、娘の手を取って歩いた。
それから、矯正委員になった。
ナイフを握った人たちに、ナイフは下ろせるという話をしに行くために。
「あれは、私の考えでした。私が初めてした、優しい考えです」
その人はそう言って、俺を見た。
そして、尋ねた。
「そうでは、ありませんでしたか」
* * *
俺はその問いの前で、長いこと座っていた。
その言葉は、その人のものではなかった。あの子が入れたものだった。
24年前の9月の路地。壁にもたれて目を閉じた14歳。
その隣に立っていた26歳の俺は、その言葉が何だったのか、聞き取れなかった。
あの子はその言葉を、キッドにだけ聞かせた。
俺はその事実を、一昨日、その人の陳述を読んで知った。
なのに、その人はその言葉で24年を生きた。
その言葉の上で娘の手を取り、その言葉の上で矯正委員になった。
その言葉を抜いたら、その人の24年はどこに立つのだろう。
俺は知った。あの子を集めるには、この言葉も集めなければならないのだと。
散らばったかけらは、一つも落とせないだろう。
そしてこの言葉が戻れば、この人はこの言葉を、自分の考えとして思い出すことはできなくなる。
初めて抱いた優しい考えが、最初から他人の考えだったと知るより、その考えがそもそもなかったことになるほうが、もっと悪い。
俺はその人に、あなたの考えが正しいという嘘をつくことができた。
あの子はもういないから。
この人の頭の中を読んで、俺の嘘を見抜ける人間は、この部屋にはいなかった。
俺は嘘をつかなかった。
「その考えは、一人の子供があなたに与えたものです。でも、その考えで24年を生きたのはあなたです。どちらも事実です」
その人はその言葉を、長いこと聞いていた。それから、笑った。泣き出しそうな顔で。
「あの子に、ありがとうと伝えていただけますか」
俺は伝えると答えた。いつ伝えられるかは、言わなかった。
* * *
刑務所を出る途中、班長が運動場の脇の廊下へ俺を案内した。近道だと言った。
廊下の窓から運動場が見えた。土の地面の真ん中に、チュックのネットが張ってあった。
ネットの北側、塀の下の土だけが、周りより少し暗かった。
丸い跡だった。
雨が二度降っても消えなかったと、班長は言った。施設係が土を掘り返したのに、三日後にはまた浮かび上がってきたのだという。
班長は経緯欄に何を書けばいいのか分からず、その跡についての経緯書をまだ書けずにいると言った。
俺はその丸い跡を長いこと見ていた。
その跡の真ん中に誰が立っていたのか、俺は知っている。
その人の手が何をしたのかも。
駐車場に停めてある車に座って、俺はしばらくエンジンをかけなかった。
ポケットから薬の瓶を出し、手のひらの上に置いた。
今日は薬を飲む日だった。
俺は錠剤を一つ取り出して、また瓶に戻した。
あの人の陳述を読み始めてから、俺は薬を二度、飲まなかった。
飲まなかった夜は眠れず、代わりに封筒を読んだ。
薬の瓶の底に貼り付けてある引き出しの鍵が、手のひらに当たった。
冷たかった。
その鍵で開けた引き出しには、まだ封筒が四つ残っている。
その日、俺はあの一文を持って行かなかった。
持って行く方法を、まだ知らなかった。
知っていたとしても、持って行かなかっただろう。
まだ、その時は。
刑務所の正門を出ながら、俺は一度振り返った。
塀は高かった。
塀の内側のどこかに独房があり、その独房に、面会を差し戻された人が座っている。
七番目の手が、あの子の中の裂けた場所を縫った。
その手があれば、散らばったものを縫い合わせられるかもしれない。
あの子の前で、俺は嘘をつけなかった。
あの子がいない今でも、あの子の文の前では嘘をつけなかった。
あの人もそうだったのだろう。
あの子の前で「ただの公務員」と言えなかった人。
あの子が教えてくれたやり方は、あの子がいなくなった後も残っている。
嘘をつけないやり方。それは、あの子が俺たち二人に残していったものだった。
* * *
その日、矯正委員は刑務所の講堂で、12人の収容者と言葉を交わした。
そのうちの一人が、その日初めて、自分が手にしていたものが何だったのかを話した。
矯正委員はその人に、それが刃物だったのか、銃だったのかを訊かなかった。




