第112話 嘘がつけないやり方(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述13 — 初めての作戦。
封筒5。原文をそのまま転記した。実名は▇処理。
* * *
その年の秋まで、私は作戦に出ませんでした。
部署は私を「待機資源」に分類しました。使い道の決まっていない資源という意味でした。
私は毎朝、地下の部屋から上がって、あなたの執務室の隣の小部屋に座りました。机が一つ、椅子が一つ、窓が一つ。窓のある部屋でした。
私はその窓をありがたく思いました。7月の執務室は北向きの窓でしたが、この部屋の窓は東向きでした。朝は日が差し込みました。
私は日の当たる机に書類を置きませんでした。書類に日が当たると紙が黄色くなるという課長の言葉を、私は65年後も守りました。
その部屋で私は新聞を読みました。65年分を一度に読むことはできませんから、あなたが選んでくれた本を数冊と、その日の新聞を読みました。
本には、昭和がどのように終わったかが書かれていました。8月15日。私が死んだ日から19日後でした。
私はその数字を長いこと見つめました。19日。
その19日の間に、係長は倉庫の鍵をどうされただろう。パク書記は義妹の家のアイロンをどうしただろう。課長は外勤から戻られただろうか。
本にはそんなことは書かれていませんでした。本は国のことだけを書いていました。人のことは台帳に書かれ、その台帳は倉庫にありました。
新聞には知らない単語がたくさんありました。私はその単語を台帳のように整理しました。
ノートに欄を引きました。番号、単語、初めて見た日、推測した意味、確認した意味。
インターネット。推測した意味は、網の一種。
確認した意味は、あなたに聞く必要がありました。あなたは説明の途中でやめ、ただ、目に見えない巨大な台帳だと思うようにと言いました。すべての人がそこに何かを書き、誰も消せない台帳。
私はその説明は正確だと思いました。そして、少し怖くなりました。誰も消せない台帳なら、そこに書かれた移送は永遠に移送でした。
そのノートの欄は、5か月で300行を超えました。確認した意味の欄が空のままの行が、まだ40個ほど残っています。
その子は一日に一度、私の部屋の前を通りました。扉を開けませんでした。通りながら、頭の中で一言ずつ言いました。
「おじさん、今日も新聞」
「おじさん、その本、退屈でしょ」
「おじさん、また8月15日で止まってますよ」
私は答えませんでした。答えなくても、その子は答えを読んでいました。私はその子の前で、答えない方法を学ぶことができませんでした。答えを考えた瞬間に、答えたことになるからです。
〈2010年9月14日 09:20〉
待機資源。
あの人があの小さな部屋で5か月を過ごす間、私はその部屋の扉を一日に3回開けました。朝、昼、退勤前。あの人は私が扉を開けるたびに立ち上がりました。5か月の間、一度も座ったまま私を迎えたことはありません。7月のあいさつでした。
* * *
初めての作戦は、9月下旬の夜でした。
あなたが私の部屋に入ってきて、今夜一緒に出かけようと言いました。人質事件でした。市の外れの多世帯住宅、二階。男が一人、刃物を持って妻と娘を人質にしていました。警察はすでに建物を取り囲んでいましたが、交渉は3時間、進展がありませんでした。
私は自分が何をすればいいのかと尋ねました。あなたは何もしなくていいと言いました。
待機。万が一の場合だけ。
万が一の場合が何なのか、私は尋ねませんでした。自分の能力が何なのかは、わかっていました。貯水池を一つ、音もなく消した手。万が一の場合、その手が何を消さなければならないのか、私は知りたくありませんでした。
車には3人が乗りました。あなたが運転し、私は助手席に、その子は後部座席に。
その子は車が動き出すとすぐ、頭の中で言いました。
「ブリーフィングを聞く必要はありません。お姉さんが今、頭の中で全部やってますから」
そしてその子は、そのブリーフィングを私の頭の中に書き写し始めました。あなたが口で言うよりも先に。住所、階数、男の名前、年齢、職業、そして男が刃物を手にした理由。借金。工場で解雇され、融資が下りず、妻が娘を連れて実家に帰ると言ったのでした。
私はそのブリーフィングを聞きながら、台帳の欄を思い浮かべていました。
姓名、年齢、本籍、事由。事由欄。7月の私なら、その男の事由を何と書いただろう。
挙動不審。
私は、その言葉が浮かんだことが恥ずかしくなりました。
後部座席で、その子が笑いをこらえる音がしました。口から出た音でした。
〈2010年9月27日、21:10〉
挙動不審。その人がその言葉を思い浮かべて恥ずかしがったことを、その子は後部座席で読んだ。
その子が笑いをこらえたのは、その言葉のせいではなかった。その子は、恥ずかしがる大人を初めて見た。後になって、その子は私にそう言った。
* * *
現場は、パトカーの光で赤くなったり青くなったりしていました。
あなたは警察の指揮官に身分証を見せました。指揮官は身分証を見て、何も尋ねませんでした。尋ねてはいけない身分証だったようです。
指揮官は私たちを、建物の向かいの路地へ案内しました。二階の窓が見える場所。
窓にはカーテンが下りていました。カーテンの向こうで、人の影が動きました。
その子は、路地の塀に背を預けて立ちました。目を閉じました。
あなたは、その子の隣に立ちました。私は、二人から三歩離れて立ちました。
待機。万が一の場合だけ。
その子は、少し顔をしかめました。そしてその子は頭の中で、今度は私に向かってではなく、誰に向かってでもないように、つぶやきました。そのつぶやきは、私にまで漏れてきました。
初めての作戦だから見せてやろうと、その子はわざと私にも聞こえるようにしたのでしょう。
「おじさんは今、怖がってるんです。刃物より、自分自身のほうがもっと怖いんです。娘が自分を見る目が、いちばん怖いんです」
その子は、その男の頭の中を読んでいました。そしてしばらくして、その子はその男の頭の中に、何かを書き入れました。
私は、その一文を聞きました。その子が私にも聞こえるようにしたからです。
銃を置けば、誰も傷つかない。
私は首をかしげた。男が手にしていたのはナイフだった。銃じゃない。
私はその子に、頭の中で尋ねた。ナイフなのに、と。
その子は目を閉じたまま答えた。
「あのおじさんの頭の中では、銃なんです。この人はナイフを持っているのに、自分では銃を持っていると思っているんです。取り返しのつかないことなんです。だから、銃って言わないと、聞こえないんです」
〈2010年9月27日 22:40〉
銃を置けば、誰も傷つかない。
あの子はその後、この一文を何度も書いた。同じ一文を、別の人たちの頭の中に。
だが、その一文が最初に書かれた夜がこの夜だったと、私はこの陳述を読んで初めて知った。
私はその日、あの子の隣に立っていた。あの子は私にはその一文を聞かせなかった。あの男にだけ、聞かせた。
* * *
1分ほど経ったころだった。
カーテンが開けられ、窓が開いた。男が窓の外へ何かを投げた。ナイフだった。ナイフは路地の地面に落ちて、カランと音を立てた。
警察官たちが階段を駆け上がった。数分後、妻と娘が警察官に支えられながら、建物から出てきた。
娘は10歳くらいだった。泣いていなかった。父親が引きずり出されるときも、泣かなかった。
私はその娘を見ながら、赤ちゃんのことを考えた。私の赤ちゃんは今、65歳になっていて、療養院の窓辺で木蓮を見ていた。
その娘は10歳で、毛布を体に巻いていた。私は二人の子どもの年齢を数えかけて、やめた。数えれば数えるほど、私はどの欄にも当てはまらなかった。
男は手錠をかけられたまま出てきて、空を見た。それから警察官に何かを言った。
後で聞いた話では、急に銃を置けば誰も傷つかないという考えが浮かんだ、と警察官に言ったそうだ。自分がそんなことを考えたのが不思議だ、とも。
その男は、もともとそんなことを考える人間ではなかった。
その子が目を開けた。額に汗が浮かんでいた。
あなたがハンカチを差し出した。その子はハンカチで額を拭いながら、私を見た。私の額の、少し上を。
「おじさん、あの人は、それを自分の良心だと思ってるんですよ」
私は答えませんでした。その子は続けました。
「一生、そう思い込んでるでしょうね。自分が初めて、いいことを考えたって」
その子はハンカチをあなたに返し、パトカーの方へ歩いていきました。毛布を巻いて座っている、妻と娘のいる方へ。
その子は娘の前を通りかかり、娘の額の少し上をちらりと見ました。そして足を止めませんでした。何を読んだのか、その子は言いませんでした。
〈2010年9月27日 22:55〉
* * *
帰りの車で、その子が私に名前をつけました。
後部座席でビニール袋を漁る音がしました。コンビニで買ったパンでした。あなたが現場から戻る途中でコンビニの前に車を止め、その子がパンを選び、あなたが会計をしました。二つ。
その子は一つを取り出して一口かじり、パンを口に含んだまま、頭の中で言いました。
「おじさんの名前、思い出しました。キッド」
私はその言葉を知りませんでした。その子は、子どもの意味の英語だと言いました。子ども、小僧、赤ん坊。
「おじさんは、中身は1919年生まれなのに、今の世界のこと、何も知らないじゃないですか。携帯も知らないし、地下鉄も知らないし、コンビニが24時間やってることも知らない。赤ん坊ですよ。だから、キッド」
あなたが運転席で笑い声をあげました。あなたが声を出して笑うのを、私はその日初めて聞きました。あなたはすぐに笑いを止めて、咳払いをしました。
私は助手席で、その言葉を口の中で転がしてみました。キッド。私の名前が消された場所に入ってきた二音節。枠に合う言葉でした。短かったからです。
私はその子に、頭の中で問いました。14歳が91歳を赤ん坊と呼ぶなら、きみは何なのか、と。
その子はパンを飲み込み、答えました。
「僕は番号です。おじさんより一つ前です」
そう言って、その子は後部座席にもたれて目を閉じました。すぐに眠りました。14歳らしく、口を少し開けたままでした。パンの袋が膝から滑り落ちました。袋の中には、パンが一つ残っていました。
〈2010年9月27日 23:40〉
キッド。あの子がその名前を初めて呼んだ日、私は運転席で笑った。あいつは、私の笑い声を初めて聞いた、と書いていた。あの日から私は、あいつの前で何度か笑った。あいつはそのたびに数えたのだろう。何回だったか、私は知らない。
* * *
その夜、あの多世帯住宅の二階で警察が押収したナイフは、果物ナイフだった。証拠品リストの品名欄には「凶器」と記された。
その男の頭の中では、最後まで銃だった。




