第110話 証明したものと消したもの(3)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 12 — 番号
封筒 4。原文のまま転記。実名は▇で処理。
* * *
証明が終わると、消す仕事が始まりました。
順序は正確でした。まず証明して、それから消しました。証明していないものは消すこともできません。いない人間を消す必要はありません。いる人間だけが消せるのです。私はその順序を理解しました。理解したから、反対しませんでした。反対する欄もありませんでした。
4月の最後の週、あなたが書類を一束持ってきました。あなたはその束を机の上にまっすぐ置いて、一枚ずつ説明しました。斜めに座ったまま。
一枚目は国籍に関する書類でした。大韓民国の国籍とみなす、という内容でした。私は「みなす」という言葉の前で長く止まりました。みなすとは、そうだということにする、という意味です。そうであることではなく、そうだということにする。私は1919年に朝鮮で生まれました。そのとき大韓民国はありませんでした。1945年7月に死ぬときも、ありませんでした。私が死んだあとに生まれた国が、私を自分の国民だということにしてやると言ったのです。私はその書類に署名する前に、この国は私が何をしたか知っているのかと、あなたに訊きました。
あなたは答えませんでした。代わりに二枚目をめくりました。答えないことが答えでした。
〈2010年4月26日、10:15〉
みなす。あの人がこの言葉の前で止まったことを、私は覚えています。あの人が訊いた問いも覚えています。あの日、私は答えませんでした。答えがわからなかったからではありません。この国が知っていた、と答えたら、あの人は署名しないだろうと思ったからです。
* * *
第二の書類は、管理番号でした。
KR-05。大韓民国の国籍とみなされる者のうち、別の場所から越えてきた者に付ける番号だと、あなたは言いました。
私は五番目でした。
前の四人が誰なのか、あなたは言いませんでした。ただ、その四人のうち十四歳の一人が、この建物にいると言いました。
私は、その番号が気に入りました。
奇妙なことを言っているのは分かっています。それでも正確に書きます。私はその番号が気に入りました。
台帳の番号欄。私が生涯付けていた番号。名前の前に付いて、その名前が何番目なのかを知らせる数字。私はその数字を数千回書きました。そして今、私がその数字を受け取りました。
番号を受け取れば、欄に入ることができました。欄に入った者は、台帳にいる者でした。台帳にいる者は、処理されることのできる者でした。
私はその最後の勘定をしてからようやく、その番号が何なのかを知りました。私が数千回書いた番号を受け取った者たちが、その次に何を受け取ったのか。
処理欄。保留、あるいは移送。
私はあなたに、私の処理欄には何が書かれるのかと訊きました。あなたは今度は答えました。
配置。
この部署では移送という言葉は使わない、と言いました。確保と配置。
私はその二つの言葉を聞きながら、係長の鉛筆の印を思い出しました。言葉が変わっても、鉛筆の印はいつも誰かが前もって付けておくのでした。
〈2010年4月26日、10:40〉
配置。
あの人の処理欄に、配置と鉛筆で前もって書いたのは実長だった。私はその鉛筆の印をボールペンで書き写した。あの人が7月の台帳でしていたことを、私はあの人の書類でやった。あのときは、それが同じ仕事だとは知らなかった。
* * *
三枚目からは、消すための書類でした。
住民登録は作らない、とあなたは言いました。作れば、私が1919年生まれだという記録が残る。その記録は説明できない、とも言いました。説明できない記録は作らないのが、この部署の原則だと。
私の名前は1945年の記録に『帰家中行方不明』として残る、と言いました。訂正はしない、と。息子の家族にも知らせない、と。鑑定の結果はこの建物の中だけで保管する、と。
私はその書類を一枚も抜かさず、全部読みました。あなたは私が読む間、待っていました。
読んでいる途中で、私は四枚目の三行目に誤字をひとつ見つけました。『保管』が『保完』と書かれていたのです。
私はあなたにその誤字を指しました。あなたはそれを見て、少しだけ笑いをこらえました。そしてボールペンで二本の線を引き、直したあと、その横で朱肉を三回叩いて、訂正印を押しました。
私はその訂正印を見て、署名しました。誤字の直った書類に。私を消す書類でしたが、誤字の残ったまま消されたくはなかったのです。
最後の一枚は、資産の契約書でした。
私はこの部署の資産になる、と書いてありました。この部署が決めたことをし、この部署が決めた場所で眠り、この部署が決めただけの金を受け取る、と。金は私の名前ではなく、番号の通帳に入る、と。通帳の名義欄にはKR-05と書かれる、と。
私はその契約書に印章を押しました。私の印章です。朱肉を三回叩いて、欄の真ん中に。一、二。
あなたが書類を束ねながら言いました。
「書類は全部そろっています」
私はその言葉を知っていました。私が勤めていた係でも、同じ言葉を使いました。書類は全部そろっています。
その言葉は、いつも何かが終わったという意味でした。確認が終わったという意味。処理が終わったという意味。もう訊くことはない、という意味でした。
その日、私はその言葉を受け取る側でした。
〈2010年4月26日、11時50分〉
「書類は全部そろっています」
私は、あの人にこの言葉を初めて言った日を、この陳述を読んで初めて知りました。それから私はこの言葉を何度も言いました。あの子が死んだあとも。他の人に。あの人がこの言葉を「受け取る側」だったことを、私は18年間知りませんでした。
* * *
通帳ができた日、あなたの同僚が私を銀行へ連れて行きました。窓口ではなく、銀行の壁に埋め込まれた機械の前でした。同僚がカードという板を機械に入れ、ボタンをいくつか押すと、機械の中で紙のめくれる音がしました。シャーッ、と。機械の口が開いて、紙幣が出てきました。私はその紙幣を受け取って、息を止めました。紙幣はすべて表が上を向き、肖像の頭が同じ方向にそろっていました。妻が部屋の床に給料を広げて数えたやり方。米屋の娘の数え方。機械が妻のように、紙幣の頭をそろえて数えてくれたのでした。私はその紙幣をしばらく持ったまま立っていました。同僚が、後ろに人が待っていると言うので、やっと脇へどきました。その紙幣は使いませんでした。地下の部屋の机の引き出しに、そのまま入れておきました。頭をそろえたまま。
通帳ができた次の週、私は携帯電話というものを受け取りました。
手のひらほどの板でした。あなたの同僚がそれを私に渡し、これであなたと連絡するようにと言いました。私はその板で電話をかけられませんでした。板には数字のボタンがありませんでした。同僚が板のガラスを指でなぞると、数字が現れました。私はガラスをなぞってみました。数字は現れませんでした。指が強すぎたのです。同僚が、もっとそっと、と言いました。ボールペンも、ガラス板の指紋機械も、この板も。この世界の道具は、みんな私に力を抜けと言うのでした。
板の中には住所録という欄がありました。欄には名前が一つだけ入っていました。あなたの名前ではなく、「担当」という二文字でした。私はその二文字を見ました。そして、その板のどこにも私の名前はないのだと知りました。板の持ち主の欄にも、KR-05と書いてありました。
その板で私が初めてかけた電話は、あなたでした。
あなたが出ました。
何を言えばいいのか分からず、私は「枠はよく開きます」とだけ報告しました。
あなたは少しの間、黙っていました。それから、分かった、と言いました。
それが私たちの最初の通話でした。報告は一行。
その夜、私はその板を地下の部屋の机の上にまっすぐに置きました。
板は一晩中、ひとりでに光って、何かを知らせました。そのたびに私は起き上がり、板をのぞき込みました。
何もありませんでした。板が自分自身を確かめている音でした。
〈2010年5月3日、09:30〉
最初の通話。「枠はよく開きます」。
私は電話を切り、しばらく笑っていました。廊下の端で、あの子が私の頭の中を読んで、つられて笑いました。その日、あの子は初めて、あの人を直接見たがりました。3日後、廊下であの子が先に足を止めたのは、そのためです。
* * *
あの子に会ったのは、その週の木曜日でした。
廊下でした。私は地下の部屋から上がり、あなたの事務所へ向かう途中で、あの子は反対側から歩いて来ました。
14歳。背は私の肩より少し低い程度でした。痩せた子でした。制服のような服を着ていましたが、どこの学校の制服でもありませんでした。この建物があの子のために仕立てた服なのでしょう。手にはビニール袋を提げていました。袋の中に、パンがひとつ入っていました。
あの子は私を見て、足を止めました。私も止まりました。
あの子は私の顔を見ませんでした。私の額の少し上を見ました。そこに何かが書いてあるかのように。
そして、あの子の声が聞こえました。耳ではなく、頭の中で。口は動いていませんでした。
「おじさん、移送って何?」
私はその場で息を止めました。
廊下の蛍光灯が低く唸りました。
あなたの事務所の扉は開いていて、中で電話が鳴っていました。誰も出ませんでした。
私はそのベルの音を数えました。5回。6回目が鳴る前に、切れました。
その間、あの子はずっと私の額の上を見て立っていました。私がベルを数えていることまで、読んでいたのでしょう。
あの子は、私の頭の中を読んでいました。
初対面の、最初の5秒のあいだに、あの子は私の頭の中でいちばん多く繰り返されていた言葉を選び出しました。そして、その意味を尋ねました。子どもが、自分が知らない言葉を大人に訊くときのように。
私は答えられませんでした。口でも、頭の中でも。
答えを考えた瞬間、あの子に読まれてしまうからです。
私は頭の中を空にしようとしました。空にはなりませんでした。
台帳の欄が浮かびました。整った二文字。移、送。移、送。
あの子が首を少し傾げました。
そして、もう一度、頭の中で言いました。
「あ。わかった。もう訊かない」
あの子はビニール袋を揺らしながら、私の横を通り過ぎました。通りながら袋からパンを取り出し、ひと口かじりました。あんパンでした。私はあの子の背中を見ました。あの子は振り返りませんでした。
その日、私は初めて知りました。この世界に、私が「ただの公務員です」と言えない相手がひとりいるということを。言う前に読まれるからです。そして、その相手は14歳で、私の台帳の欄をすべて読み終えたうえで、訊かないことにしたのでした。
〈2010年5月6日、14:20〉
* * *
その日、あの子が彼の頭の中から読んだ「移送」は、712回だった。
あの子は数えていない。
数えなくても、重さでわかった。




