第108話 証明したものと消したもの(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 10 — 指紋。
封筒 4。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
あなたの車は静かでした。
この陳述の前のほうで、私はあなたのことを「担当」とだけ書きました。ここからは「あなた」と書きます。この封筒を開ける者があなたであると、私は知ったうえで書いています。受取人が決まっている書類に、受取人を「担当」と記すのは正確なことではありません。
あなたの車は、私が乗ったどんな乗り物よりも静かでした。電車は鉄の音を立て、馬車は車輪の音と獣の音を立てました。あなたの車はほとんど何の音も立てませんでした。窓の外の風景だけが、音もなく後ろへ流れていきました。私はその静けさが怖かったのです。音のしない乗り物は、どこへ向かっているのか分かりませんでした。電車は行き先の布が回る音で、次の停車場を知らせてくれました。あなたの車には、その布がありませんでした。
私はあなたに、どこへ行くのかと尋ねませんでした。代わりに窓の外の看板を読みました。ハングル、英語、数字。漢字はまれでした。日本語の文字は一つもありませんでした。日本語の文字が一つもない街を、私は初めて見ました。その事実だけで、私は昭和がどう終わったのかを推し量りました。推測は欄に書けないことでしたが、その日の私の頭には欄がありませんでした。
あなたが車を止めたのは、灰色の建物でした。窓が小さく、正面に遮断機がありました。遮断機が上がるとき、あなたは窓から手を出して何かを差し出しました。小さな板でした。遮断機はあなたの顔を見ず、その板を見て上がりました。
私はその建物が気に入りました。人ではなく板を見て、門を開ける場所。欄が定まった場所でした。
〈2010年4月9日、10:40〉
正面の遮断機。その人はこの建物に初めて入った日を、こう書いた。私は今もその遮断機を通って出勤する。その人が気に入った遮断機を、私は6年更新していない写真で通り抜ける。その人がこの事実を知ったら、何と言っただろう。おそらく、更新期限の切れた出入証は正確ではない、と言ったはずだ。
* * *
地下の部屋で指紋を採りました。
私は朱肉を待っていました。指紋を採るには朱肉が必要だったからです。
あなたの同僚が私の前に差し出したのは、朱肉ではなくガラス板でした。手のひらほどのガラス板が小さな箱の上に貼りついていて、そのガラス板の下から赤い光が漏れていました。
同僚は私の右手の親指を掴み、そのガラス板の上に押しつけました。
ピッ、という音がしました。
私は親指を持ち上げてみました。親指には何もついていませんでした。ガラス板にも何も残っていませんでした。
それなのに同僚は、これでいいと言いました。次の指。
私は人差し指をガラス板の上に載せました。ピッ。中指。ピッ。十本の指をすべて押すのに、一分もかかりませんでした。
私は十本の指を広げて、長いこと眺めました。きれいでした。朱肉をつけずに採られた指紋。
私は、それは印章を押したのに欄に何も残らなかったのと同じだと思いました。押した本人だけが押したつもりで、欄は空いている。そういうことでした。
ところが同僚の話では、その指紋はすでにどこかに保存されたということでした。どこに保存されたのかは、見えませんでした。見えない欄に押される印章。
私は同僚に、朱肉は本当に要らないのかと尋ねました。同僚は笑って、近頃は朱肉を使う場所はほとんどないと言いました。
私はその言葉を聞いて、内ポケットの印章に触れました。そこにありました。朱肉の要らない世の中に、印章を持ってきた人間。
私はその印章を出しませんでした。出せば、同僚がまた笑うような気がしたからです。
〈2010年4月9日、11:20〉
* * *
照合する指紋は上の階にある、とあなたは言いました。
あなたはその書類を取りに行きました。
あなたが戻ってくるまで、四十分かかりました。
その間、私は地下の部屋に一人で座っていました。
部屋には窓がありませんでした。
壁に時計が一つ掛かっていました。
時計は針ではなく、数字で時刻を示しました。
数字が変わる瞬間、音はしませんでした。
私はその時計を見ながら秒を数えました。
数字が変わる瞬間と、私の数え方が合っているかどうか。
合っていました。
私は六十五年を飛び越えましたが、一秒の長さは忘れていませんでした。
あなたが戻ってきました。
手に、黄ばんだ束を持っていました。
私はその束に見覚えがありました。
紐は新しいものでしたが、表紙は私の知っている表紙でした。
表紙の墨の字。
人事記録、我が課。
7月26日の夕方、私が倉庫の棚に差し込んだその束。
赤鉛筆の丸が、表紙の角にまだ残っていました。
色が褪せて、桃色になっていました。
残すもの。
あなたはその束を開き、一枚を探し出しました。
そしてその紙を、私の前に置きました。
私の人事記録でした。
写真が貼ってありました。
二十五歳の春に撮った写真。
写真の中の私は、背広を着てネクタイを締めていました。
表情はこわばっていました。
写真屋が笑えと言いましたが、私は笑いませんでした。
人事記録に貼る写真に笑った顔は正確ではない、と思ったからです。
その下に本籍、生年月日、学歴、そして指紋欄。
十の欄に、十の指紋が朱肉で押してありました。
朱肉の赤は、六十五年の間に褐色へ変わっていました。
私のシャツの前立ての染みと同じ色でした。
〈2010年4月9日、12:10〉
その人事記録の指紋欄。
私はその日、その欄を初めて見ました。
十の褐色の指紋。
あの人が前の封筒に「知っていて書いた人の字」として残したくだりは、まさにこれです。
自分で丸を付けた束が、自分を証明しました。
あの人はその丸を付けたとき、自分が来月も出勤する人間だと思っていました。
出勤はしました。
六十五年の後に。
* * *
鑑識担当は二枚を並べて置き、長いこと見ていました。
一枚はガラス板が吐き出した紙でした。機械が印刷した十個の指紋。黒い線は細く、きれいでした。もう一枚は私の人事記録の褐色の指紋でした。鑑識担当は虫眼鏡を手に取り、二枚の同じ欄を交互に見ました。親指、親指。人差し指、人差し指。
私はその動作を知っていました。確認事項の欄を埋める動作です。七月の路地で懐中電灯が私の顔と紙を交互に照らした、あの動作です。私は椅子の上で体が固まりました。あの人が全部見終わったら何と言うか、分かっていたからです。その二文字が今度は何を意味するのか、分からなかったからです。
鑑識担当は虫眼鏡を置きました。そして、あなたに言いました。
「一致します。十個とも」
上同とは言いませんでした。一致と言いました。同じ意味でした。違う言葉でした。私はその違う言葉が一つあったおかげで、息ができました。同じ確認が、一度は人を殺し、一度は人を生かしました。確認したことは同じでした。確認のあとに何が来るかが違いました。
鑑識担当は結果票に印章を押しました。印章には「一致」という二文字が刻まれていました。朱肉を付けた印章でした。この建物にも朱肉はありました。私はその印章が押されるのを見ました。鑑識担当は朱肉を一度だけ叩きました。印章は少しかすれて押されました。欄の真ん中から少し外れていました。
私はそのかすれた印章が、生涯で見た印章の中で一番良い印章だと思いました。
〈2010年4月9日、13:30〉
一致。その鑑識担当はその年の冬、別の部署へ移りました。あの人は、鑑識担当が荷物をまとめた日に、朱肉を一つ手渡しました。三回叩けという紙切れとともに。鑑識担当はその紙切れを今も財布に入れて持ち歩いています。昨年、どこかの葬儀場で偶然会ったとき、私に見せてくれました。
* * *
結果票を持って、あなたは上の階へ上がっていった。
俺はまた、地下の部屋に一人残された。
デジタル時計が変わった。俺はまた秒を数えた。数えて、途中でやめた。数えるべきものが別にあることに気づいたからだ。
俺はドアの番をしていた同僚に、紙とペンをくれと言った。
同僚は白い紙を何枚かと、細い棒を一本くれた。棒の端を押すと、尖った先が出てきた。インク瓶はくれなかった。俺がインク瓶をくれと言うと、同僚は「それはボールペンだから、インクは中に入っている」と言った。
俺は先を紙に当てて、線を引いてみた。
線が引けた。インクに浸さなくても。
線を十本ほど引いた。インクは途切れなかった。力を入れすぎて、紙の裏に跡がついた。同僚が「そんなに強く押さなくてもいい」と言った。
俺は力を抜く方法を知らなかった。ペン先は、力を入れなければインクが出なかったからだ。
その日、俺はボールペンで紙三枚に枠を引いた。枠の中には何も書かなかった。何を書くべきか、まだ決まっていなかったからだ。先に枠だけ引いておけば、何を書くかは後で決まるような気がした。
あの人事記録が、丸印のついた束の中にあったということ。
その束が倉庫で生き残ったということ。
倉庫の鍵は係長が持っていた。その束が六十五年の間、誰の手を経てこの建物の上の階まで来たのか、俺には分からなかった。
ただ、一つだけは数えられた。
俺たちの課の人事記録が残ったのなら、俺たちの課の台帳も残ったはずだ。台帳が残ったのなら、俺の字も残ったはずだ。
移送、移送、移送。整った二文字。
俺を証明したのは、俺の指紋だった。その指紋は、俺の字と同じ倉庫から出てきた。
俺はその日、初めて、自分が生きて戻ってきたことが良いことなのかどうかを計算してみた。
計算は終わらなかった。枠が足りなかった。良いことの枠と悪いことの枠だけでは、その計算は収まらなかった。
夕暮れ時、面談官が下りてきた。
「あなたは今日、この建物で泊まってください。部屋を一つ用意しました」
俺はうなずいた。
部屋にはベッドと机と洗面台があった。窓はなかった。
俺は、その部屋は白いと思った。壁も、ベッドも、天井も。
「ありがとうございます」
俺はそう言った。本気でありがたかった。七月以降、初めて横になれる場所だった。
〈2010年4月9日、19:00〉
あの部屋。
あの人がその夜眠ったのは、この建物の地下2階、最初の部屋だった。
その部屋はその後、何度か用途が変わった。今は文書庫の補助書庫になっている。
その人が「白い」と書いた一行を、我々は長く見てきた。
あの部屋は白くなかった。灰色だった。
その日、あの人に白く見えたのは、壁ではなかったのだろう。
* * *
その日、鑑識担当が一度だけ叩いた朱肉は、その鑑識室でその年に使われた最後の朱肉だった。
次の月から、結果票には印章ではなく電子署名が入るようになった。
彼はそのことを長く残念がった。




