第107話 帰宅(4)
その電話を受けたのは、26歳の4月だった。
夜明け前、アパート団地の貯水池から水が一斉に消えた、という通報が管轄の警察署に入った。水の抜けた貯水池の底から、男が一人、這い出てきた。
男は自分は26歳だと言った。1945年に生きている人間だと言った。勤め先は総督府の傘下の、とある係だとも言った。
警察署は、その男を精神鑑定の待機室へ送ろうとしていた。ところが、若い巡警が一人、調書に妙な注記を書き添えた。
「水が引いた時刻と、男が見つかった時刻が同じ。男の周囲、半径20メートルに湿り気なし」
その注記が情報機関の端末の一つに引っかかり、その端末が私たちの班に電話をかけてきた。
当時、私たちの班には別の名前が付いていた。役に立つ人間を見つけて使う場所、という意味の名前だった。私はそこへ入って2年目で、あの子を担当してからも2年目だった。あの子はその頃、14歳だった。
実長は電話を切り、私を呼んだ。
「君はあの子のせいで、人の頭の中の言葉を聞くことに慣れている。だから、狂った話を聞くことにも慣れているだろう」
実長の勘定は、いつもそんなふうだった。私はその勘定に口を挟まず、車の鍵を受け取った。
あの子は、私が出ていくのを廊下の端から見ていた。その頃のあの子は、私の頭の中を読むのに、手を使わなかった。目も使わなかった。同じ階にいるだけで読んだ。
階段を下りながら、私は頭の中で、あの子の声を聞いた。
「お姉さん、頭のおかしい人を見に行くの?」
私は答えなかった。答えなくても、あの子は答えを読んだ。あの子が付け足した。
「頭のおかしい人じゃないなら、あんパン二つ」
* * *
警察署はその朝、やけに明るかった。蛍光灯のせいだった。
その人は待合椅子のいちばん端に座っていた。泥の乾いた背広。片方しかない革靴。肩には灰色の毛布が掛かっていた。両手は膝の上で、行儀よく重ねられていた。
刑事が二人、その人を挟んでコーヒーを飲みながら笑っていた。
一人が私に手招きし、自分のこめかみの横で指を回してみせた。この人はそういう人だ、という意味だった。
私が近づくあいだ、その刑事はその人に、1945年生まれかと尋ねていた。
その人は1919年生まれだと訂正した。
刑事は、それなら91歳ではないか、と笑った。
その人は真剣に計算した。唇が数字を、音もなく動かした。
そして、91歳で間違いないと言った。ただ、そのうちの65年は数えないでほしいと頼んだ。
刑事はその頼みを聞いて、笑うのをやめた。
何が刑事の笑みを止めたのか、私は知っている。頼むときの口調が、あまりに正確だったのだ。頭のおかしい人間は、あんなふうに正確には頼まない。
私はその人を見た。
ほかの人間がその人を狂人と見るとき、私はその人を狂人とは見なかった。
なぜそう見なかったのか、そのときの私には説明できなかった。今なら説明できる。説明はしないだけだ。その説明は私の担当の話ではなく、私の体の話だからだ。
ただ、あの朝、その人を初めて見た瞬間、私は一度も息を止めなかった。その人の前でも。そのあとの何年ものあいだも。
その人が顔を上げた。
私を見て、私の首に下がった身分証を見て、また私を見た。
顔、身分証、顔。
その人は私の身分証を確認していた。
そのときの私には、その動作がその人にとって何なのか、分からなかった。この陳述を読んで、ようやく分かった。
その人は7月の路地で、最後にその動作をされた。そして65年後の最初の朝、その動作を私にしたのだ。
その人が立ち上がった。毛布が肩から滑り落ちた。
その人は毛布を拾わず、私に頭を下げた。深く。役所の人間にする、あいさつだった。
7月のあいさつだった。
「担当の方ですか」
その人が訊いた。毛布を肩にかけたまま、まっすぐに私を見ていた。
「はい」
「では、お尋ねします。この書類は、誰に差し出せばよろしいのでしょうか」
その人は上着の内ポケットから、濡れた紙を一枚取り出して、私に差し出した。
紙の真ん中に、褐色の染みが広がっていた。
私はそれを受け取った。指先に、紙の冷たさと湿り気が残った。
紙には欄があった。縦書きの、古い様式の欄だった。
私はその欄を読めなかった。染みがほとんどを覆っていた。
ただ、一番下の作成者欄の印章だけが、染みを避けて残っていた。
その人の印章ではなかった。別の誰かの印章だった。
「返却する書類です。受け取る人を見つけられませんでした」
私はその言葉を理解できなかった。
理解できないまま、その紙を証拠物袋に入れた。
それが、その人と私が最初にやり取りした書類だった。
* * *
刑事たちは、その人を精神鑑定に送るべきだと言った。
私は、私たちの班が引き受けると申し出た。
刑事の一人が、何の根拠で引き受けるのかと訊いた。
私は、調書に添えられた巡警のメモを指さした。
半径二十メートル以内に、湿り気なし。
刑事はそのメモを読み、巡警を睨んだ。
巡警は蛍光灯を見上げた。メモを書いたことを後悔している顔だった。
その巡警は、その年の秋に別の署へ異動になった。
私たちの班がやったことではない。おそらく。
引き継ぎの書類に署名をする間、その人は私の署名をじっと見ていた。
私の字は、その頃は今より少し傾いていた。
その人は何も言わなかった。
そして、私が署名欄の隣に印章を押そうとすると、ごく小さな声で言った。
「朱肉は、三度叩かれるのがよろしいかと」
私はその言葉を聞いて、笑いそうになった。
笑わなかった。朱肉を三回叩いた。
印章はまっすぐに押された。
その人はその印を見て、一度だけ頷いた。
私はその頷きが何を意味するのか、そのときは分なかった。
決裁板の一番右下、最も小さな欄の人間がする頷きだった。
今日の書類はきちんと押された、という。
車に乗せるとき、私はその人に訊いた。
「どこへ行きたいですか」
規定にはない質問だった。
引き継ぎの対象者に、行き先は訊かない。行き先は私たちが決めていた。
なのに、その日、私は訊いた。
その人の濡れた背広のせいだったのだろう。
あるいは、片方しかない革靴のせいだったのだろう。
その人は迷わず、家だと答えた。それから町名と番地を口にした。
俺はその番地へ車を走らせた。
道中、その人は窓の外ばかり見ていた。信号で停まったとき、その人が一軒の店の看板を指さした。看板には大きく「24」と書いてあった。その人は、あの数字は何かと訊いた。俺は一日二十四時間、店を開けているという意味だと答えた。その人はしばらく考えてから、ではその店の店員はいつ退勤するのかと訊いた。俺は交代制だと答えた。その人は頷いた。そして、とても真剣に、交代勤務日誌の欄はいくつあるのかと訊いた。俺は知らないと答えた。その人は、俺が知らないことを少し失望したようだった。その店はコンビニだった。あの子どもがあんパンを買うコンビニと同じ看板だった。
* * *
その番地に家はなかった。
六車線の道路があった。道路の片側にバス停があり、反対側に銀行の建物があった。俺は古い地籍図と今の地図を照らし合わせてみた。使用人部屋があった場所は、道路の真ん中、中央分離帯の近くだった。その人は車を降り、横断歩道の前に立った。信号が変わった。人々が渡っていった。その人は渡らなかった。横断歩道の白線を長いこと見ていた。白線はまっすぐだった。間隔は一定だった。その人は、その白線を数えているように見えた。
信号が三度変わるあいだ、その人はそこに立っていた。それから車に戻り、座った。
「妻と子どもを探していただけませんか」
俺はその場で申請書を書いた。私たちの班の様式だった。対象者からの要望事項。事由欄。俺はその欄に一行だけ書いた。家族の所在確認。
その人は、俺が書くのを横から見ていた。そして、事由が一行だけだということも見ていた。その人はその一行について、何も言わなかった。そのときの俺は、その人が俺の字を褒めないのが、少しだけ寂しかった。この陳述を読んだ今なら分かる。その人はあの一行を見て、寂しかったのだ。自分が生涯書いてきた一行を、初めて他人が自分のことを書くのを見たのだから。
その日、その人は結局、帰家できなかった。
65年前の7月の路地でも。その日の朝、六車線道路の前でも。
* * *
私たちの班は、その日からやり方を一つ変えた。
新しく移ってきた人を確認しに行くときは、まず周囲を空にする。水のある場所は、特に。
貯水池が一つ、一度に消えるのを見てから、俺たちは学んだ。あの人たちの最初の手振りが何をするのか、こちらには分からないのだと。
それは規定ではなかった。慣行だった。現場で体に覚えさせられたものだ。
その慣行が紙に書かれて規定になったのは、数年後のことだった。この部署の名前が変わってからだ。
規定の半分は、他の人たちのせいで生まれた。けれど、半径を空けるという癖の始まりは、あの貯水池だった。
* * *
測定は3日目から行った。
その人の数値は、最初の7日間、そのままだった。
俺たちは身構えた。あの子のように、増えていく側なのではないかと。
10日目になって、その人の数値は初めて減った。ごくわずかに。
実長は胸をなで下ろした。自然転移。使うほど減る側。つまり、長くは使えない資源だということだった。
実長はその日、その人の書類の表紙に、小さな字で書き込んだ。
「短期資源」
俺はその四文字を見た。
そして、その人がその四文字を見ないように、書類を裏返して置いた。
その人は、逆さに置かれた字も読む人だった。
そのことを俺は、その日初めて知った。その人が裏返った書類を見て、小さく笑ったからだ。目の下から。
* * *
今朝、私は三つ目の封筒を読み終えた。
七月の路地。上同という言葉。濡れた紙。貯水池。
あの人が私に最初に差し出した紙が何だったのかを、私は18年、いや24年越しに知った。
その紙は今もこの部署の証拠品保管室にある。証拠品番号とともに。
褐色の染みの下に、上同の二文字が埋もれている。
あの人は、その紙を返す相手を最後まで見つけられたのだろうか。
私はその答えを知っている。
その答えは、あの人が別の封筒に書くだろう。
退勤時刻は過ぎていた。
私はブラインドを下ろし、薬入れをポケットに入れ、引き出しに鍵をかけた。
正面玄関を出るとき、出入証をかざした。
遮断機が上がった。
私は家へ帰るバスに乗った。
そのバスは六車線道路を通っていく。
中央分離帯の近くを通るとき、私は窓の外を見た。
横断歩道の白線が見えた。
私はその白線を数えた。
十一本だった。
あの人があの朝、何本まで数えたのか、私は知らない。
信号が三度変わるあいだのことだったから、数え方が合っているか確かめようと、少なくとも三度は最初から数え直したはずだ。
その夜、私は四つ目の封筒を開けた。
* * *
我々はあの路地の章を、開いたままにしておいたことはない。
七月のあの夜と四月のあの夜明けのあいだ。我々の書には、頁をめくった跡もなく、65年が空白のまま空いている。




