第105話 帰宅(2)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 8 — 退勤路
封筒 3。原文のままに移す。実名は▇処理。
* * *
その日の朝、私はまた豆を数えた。
十二粒だった。妻がその週、どこで豆を手に入れたのかは聞かなかった。配給に豆が出なくなって、十日以上になる。
妻は私が豆を数えるのを見て、「また数えてる」と笑った。
ここ数日、私が豆を数えていないことを、妻は知っていた。それが少し驚きだった。妻は、私が数えるか数えないかを、数えていたのだ。
背広のボタンを留めた。五つ。赤ちゃんは三つ目のボタンで目を覚ました。私は五つとも留めてから、赤ちゃんを抱いた。
赤ちゃんの額は涼しかった。熱は戻らなかった。私は手を額に当ててみた。私の手のほうが、少し温かかった。その日、初めてのことだった。
箪笥の一番下の引き出しを開けた。薄い靴下の下から、あの紙を出した。
7月2日付で、係長が書いた、あの青年の移送事由書。確認事項の欄には、上同。私はそれをまた畳み、背広の内ポケットに入れた。
「それ、何?」
妻が聞いた。
「返す書類だ」
事実だった。ただし、誰に返すかは言わなかった。
その日、退勤路にあの母親の家へ寄ってみるつもりだった。
窓口で代筆してもらった申請書に書かれた本籍。私はその番地を覚えていた。城の外の西、井戸のある村。
あの母親にこの紙を渡したところで、何が変わるのかは分からなかった。紙にはあの青年の顔はない。上同、その二文字だけだった。
それでも、あの青年の名前が書かれた最後の書類だった。台帳は倉庫にあり、倉庫の鍵は係長が持っていた。この紙一枚は、私の内ポケットにあった。
私が持っているもののうち、あの青年のものは、これだけだった。
返す——それが正確な言葉なのか、私は今も分かりません。
あの紙はもともと、あの母親のものではありませんでした。それでもその日の朝、私にはその言葉しか浮かびませんでした。
〈7月27日、06:20〉
返す書類。
あの人はこの言葉を、後に何度も書いた。返済、返還、送金。そのすべての言葉の始まりが、この朝の「返す」だった。
私は、あの人がこの紙を結局誰に渡したのかを知っている。それも、あの人が書くだろう。
* * *
その日、課長は事務室に顔を出しませんでした。
外勤だということでした。係長が課長の代わりに、朝の指示を出しました。ボイラー室の焼却はその日は休みでした。ボイラーが二日続けて回り、煙突が熱くなっていたからです。煙突が破裂すれば、建物に火が移る恐れがありました。燃やせという指示よりも、建物を燃やすなという指示のほうが優先されていました。防水布をかぶせたバツ印の束は、廊下の突き当たりにそのまま置かれていました。
その日の午前は、申告書が一枚も上がってきませんでした。
勤め始めてから初めてのことでした。私は台帳を開いたまま、待っていました。待つ間にやることはありませんでした。やることのない公務員は、やることを探しました。私はペン先を拭きました。朱肉の蓋を拭きました。印章の印面にこびりついた朱肉の滓を、針でほじくり出しました。私の印章の印面はきれいになりました。パク書記は、私が印章を拭いているのを見て、「お前の印章は今日、嫁を迎えるのか」とからかいました。私は答えませんでした。嫁を迎える印章、という言い方が、妙に長く残りました。
係長はその日の午前じゅう、窓辺に立っていました。北の窓。見るもののない窓。
昼ごろ、係長は私たち三人に、今日は早く帰れと言いました。4時に退庁。理由はおっしゃいませんでした。パク書記は理由を尋ねかけ、やめました。理由を聞かないほうが、早く帰るには都合がよかったのです。
〈7月27日、11:50〉
* * *
昼時、パク書記が私の弁当の蓋の上に豆を三粒置きました。
私はその豆を見ました。パク書記の弁当には豆がありませんでした。妻の妹の婚礼でもらってきた豆だ、とパク書記は言いました。アイロンの代金として受け取った豆。パク書記は、先月私がやった豆三粒を返すのだと言いました。私は、それは返すようなことではないと答えました。パク書記は、勘定は勘定だ、お前がいつも言っていることではないか、と問い返しました。
私はその豆を三粒食べました。一粒ずつ、三度。勘定は合いました。先月の三粒と、今日の三粒。その日、私の弁当の豆は十五粒になりました。
パク書記は豆を食べる私を見ながら、もし何か事が起きたら、お前はどうするのかと尋ねました。私は、何か事とは何か、と訊きました。パク書記は答えませんでした。代わりに顎で倉庫のほうを指しました。丸印の束がある倉庫。私たちの名前が入った人事記録がある倉庫。
私はそのとき、パク書記が何を訊いているのか分かりました。分かっていましたが、答える言葉がありませんでした。何か事が起きたらどうするのか、あらかじめ決めてある欄が、私にはなかったのです。私は出勤して退勤する人間でした。そのあいだに何か事が起きる人間ではありませんでした。
分かりません、と私は答えました。パク書記はその答えに頷きました。自分も分からない、と言いました。私たちはその日、その話をそこで終わらせました。
それがパク書記と交わした最後の話でした。そのときは、知りませんでした。
〈7月27日、12:40〉
パク書記。この男の名前は、その後のどの書類にもない。台帳にも、人事記録の束の写しにも。あの男が七月に倉庫の棚に差し込んだ束には、きっとあったはずの名前だ。私はあの男が「分からない」と答えたその場所で、どうしたのかを最後まで突き止められなかった。ただ、あの男が豆三粒を返したという事実は、いま書類にある。この陳述が、その書類だ。
4時に事務所を出た。
いつもより1時間早い電車は、空いていた。俺は3つ目の吊り革を握った。
その日は、いつも降りる停留所で降りなかった。3つ先まで乗った。西の終点の近く。そこで降りて、歩いた。城の外の西、井戸のある村。
その村へ行くのは初めてだった。
台帳では、数え切れないほど見てきた村だ。本籍の欄にその村の名が書かれた人間を、俺は何人書き写しただろう。数えたことはなかった。
村の道は、台帳の欄のようにまっすぐではなかった。路地は折れ、分かれ、また出会う。番地は順番に付いていなかった。
窓口に来た男が番地が分からないと言った意味が、ようやく分かった。
この村で番地は、使うことのない数字だった。皆、互いの家を人の名で探す。
俺は路地の入口の小さな店で、あの母親の家を訊いた。息子の名で訊いた。
店主は俺を上から下まで眺めた。背広、襟の記章。
店主は知らないと言った。
俺はそれが嘘だと分かった。正確な嘘だった。俺もあの窓口で、正確な答えを数え切れないほど返してきたからだ。
俺はその嘘を咎めなかった。
井戸を探した。村の真ん中に井戸があった。水は濁っていた。釣瓶に汲んだ水は、土の色をしていた。
あの青年が手を浸せば澄んだという井戸。今は誰も手を浸さない井戸。
俺はその井戸のそばに、しばらく立っていた。
日が傾いた。路地から子供たちが家へ呼ばれていった。母親たちが子供の名を呼んだ。
その名は、台帳にない名だった。
〈7月27日、18:30〉
あの井戸。
私はあの村を訪ねたことがある。井戸はない。井戸があった場所には遊び場がある。遊び場の床はゴムマットだ。水は溜まらない。
* * *
母の家は、ついに見つからなかった。
日が沈み、灯火管制が始まった。路地の窓が一つ、また一つと黒く塞がれていく。
俺は帰ることにした。明日また来ればよかった。
紙は内ポケットにあった。紙はもう一日待てた。その紙がすでに待ってきた日々に比べれば、一日など何でもなかった。
俺は電停へ向かう路地に入った。来た道とは違う路地だった。近道のように見えた。
路地は狭く、両側の塀は高かった。灯火管制のせいで、塀の向こうの窓から漏れる光はなかった。月もまだ昇っていなかった。
俺は弁当箱を左手に提げ、右手を内ポケットの上に置いて歩いた。
背後で足音がした。
二人だった。俺は足音を数えた。癖だった。
二人の足音は拍子が合っていなかった。一つは重く、一つは軽かった。
俺は歩みを速めなかった。速める理由がなかった。俺は公務員で、退勤の途中で、何も悪いことはしていなかった。
そのときの俺は、そう考えていた。寸分違わず、そう。
誰も俺の名を呼ばなかった。俺はその点を今でも覚えている。
名を呼ばれれば、振り向いただろう。名を呼ばれなかったから、俺は振り向かなかった。
背中に何かが触れた。音はそのあとに来た。
思ったより小さな音だった。印章を欄に押す音に似ていた。
その比喩がおかしいことは、自分でも分かっている。それでも、そのとき浮かんだのは、それだった。何かが、決まった場所に正確に捺される音。
俺は前へ倒れた。弁当箱が手から滑って転がった。
空の箱だった。転がる音がした。空の箱から、音が出た。
妻は空の弁当箱がいいと言っていた。全部食べたという意味だから。
〈7月27日、20:10〉
「印章を欄に押す音」――あの人がこの比喩にたどり着くまで、何度書き直したかが原稿用紙に残っている。三度。前の二度は消されて読めない。残ったのが、これだ。
あの人は最後まで、自分の死を自分の仕事の言葉でしか書けなかった。
誰かが俺の隣にしゃがみ込んだ。
懐中電灯の光が俺の顔に当たった。目が眩んだ。その人はもう片方の手に紙を一枚持っていた。光が俺の顔と紙を交互に照らした。顔、紙、顔、紙。俺はその動きを知っていた。俺が待合室でやっていた動きだ。確認事項の欄を埋めるために、顔と書類を突き合わせる動き。
その紙に俺の写真が貼ってあるのか、俺には見えなかった。おそらく貼ってあったのだろう。うちの課の人事記録には写真があったから。
しゃがんだ人が立っている人に言った。短い言葉だった。
「上同」
立っている人が何かをした。俺は二度目の音を聞いた。一度目より近かった。確認射撃という言葉を、俺はそのとき知らなかった。あとで覚えた。その言葉を覚えたとき、俺はその正確さに驚いた。確認。俺が一生やってきた仕事と同じ言葉だった。
あの人たちがなぜ俺を撃ったのか、俺には分からなかった。今も分からない。あの人たちは理由を言わなかった。理由を書かねばならない欄が、あの人たちにはなかったのだろう。事由は一行で足りた。もしかすると、事由欄そのものがなかったのかもしれない。
俺はなぜ死ぬのかも分からなかった。
最後に覚えているのは、内ポケットの上に置いた右手だ。手は濡れていた。俺の血だった。その血が内ポケットの紙に染み込んでいくのを感じた。上同の二文字の上へ。その紙に初めて、顔の代わりに何かが書かれるような気がした。
〈 , 〉
* * *
その路地の名は、その後二度変わった。
あの夜、その路地で転がった空の弁当箱を、翌朝、近所の子供が一人拾っていった。子供はその箱に井戸水を汲んで遊んだ。水は濁っていた。




