第104話 帰宅(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 7 — 残すものと燃やすもの
封筒 3。原文のまま転記。実名は▇で伏せた。
* * *
7月の下旬に入ると、事務所の音が変わりました。
私は、音に敏感な方ではありませんでした。ところが、その頃の音は、私にも聞き分けられました。
階段を上り下りする革靴の音が増えました。
その革靴の音が、私たちの係の扉の前で止まることは、むしろ減りました。
電話がよく鳴り、課長は電話をお取りになるときは、扉を閉められました。以前は、扉を開けたままお取りになっていました。
課長の電話の声は、扉を閉めても全部聞こえるほど大きかったのに、その頃は、扉を閉めると聞こえませんでした。
それは、課長が声を落とされたということでした。課長が声を落とされるのを、私は入社して初めて聞きました。正確には、初めて聞こえませんでした。
パク書記は、その変化を真っ先に言葉にした人でした。
昼時、パク書記は弁当の蓋を開けながら、課長は近頃、決裁板で扇ぐことをしなくなったと言いました。
本当でした。課長はその週、ずっと決裁板を机の上にきちんと寝かせたままでした。暑さはそのままだったのに。
パク書記は、それは暑さよりも恐ろしい何かがあるという意味だと言いました。
私は、その解釈は行き過ぎだと思いました。課長が扇ぐのをやめた理由は、いくつも考えられました。腕が痛かったのかもしれません。
パク書記は私の言葉を聞いて、豆搾り粕を噛みながら、君は人を升目でしか見ていない、と首を振りました。
私はその言葉に答えませんでした。それは間違っていなかったからです。
夜は、灯火管制が増えました。班長が家々を回って、窓に黒い布をきちんと張ってあるかを確かめました。
私たちの部屋の窓は小さく、布は一枚で足りました。
班長は、私たちの部屋の窓の布を手で一度めくってみて、光は漏れていない、と頷きました。
班長はその確認を終えると、手帳に何かを書きつけました。家ごとに書きつけました。
私は、その手帳の升目がいくつあるのか、気になりました。尋ねませんでした。
〈7月23日、21:30〉
灯火管制。あの人は、のちに停電をひどく嫌うようになった。
電気が消えると、真っ先に窓へ行き、外を確かめた。光が漏れていないかではなく、他の家も消えているかどうかを。
みんな消えていると、安心した。
* * *
7月24日の朝、課長が私たち五人を集めました。課長は、訓示の紙を持っていませんでした。
紙を持たずに話すのを、私は初めて見ました。
係長が、何を残し、何を燃やすのか、その基準を尋ねました。
課長は、今週中に係の書類を整理するように言いました。保存期限が過ぎたもの、重複したもの、業務に必要のないものは廃棄し、廃棄は焼却で行う、という指示でした。
焼却は地下のボイラー室で、私たちの係が直接行うことになりました。
係長が、何を残し、何を燃やすのか、その基準を尋ねました。
課長は答える前に、少しだけ窓を見ました。北の窓でした。見るものなど何もない窓でした。
そして、基準は上から下りてくると言いました。上から下りてきた基準は、一枚だけのリストでした。
課長はそのリストを、係長にだけ見せました。
係長はリストを読み、眼鏡を外しました。その日は、眼鏡を拭きませんでした。外したまま、長いことそうしていました。
その日の午後から、私たちは書類を束ねました。
係長はリストを見ながら、束ごとに赤鉛筆で印をつけました。丸は残すもの。×は燃やすもの。
三人の書記は、その印のとおりに束を分けて、ひもでくくりました。丸の束は倉庫へ、×の束は廊下の端に積みました。廊下の端の束は、あっという間に私の背丈ほどに積み上がりました。
移送事由書は、ほとんどが×でした。台帳は、丸でした。
私は、その違いが理解できませんでした。台帳は名前と事由と処理だけの書類で、移送事由書はその人の顔が書かれた書類でした。確認事項の欄。傷痕、曲がった指、裸足、手が大きい。その欄が、×の束の中に入りました。
パク書記が、ひもを結んでいた手を止めて、人の顔は燃やして名前だけ残すのか、とささやきました。
パク書記が、ひもを結んでいた手を止めて、人の顔は燃やして名前だけ残すのか、とささやきました。
私はパク書記に、言葉を慎むように言いました。
パク書記は口を閉じました。そして、ひもをいつもより強く引いて結びました。ひもが、束の角に食い込みました。紙が少し破れました。
パク書記は、破れたところを見ても、結び直しませんでした。どうせ燃やすものだったからです。
〈7月24日、15時20分〉
この箇所の、×印の付いた束の目録は、文書庫にない。残したものの目録はある。焼いたものの目録は、焼いたものと一緒に焼けた。先に言っておくと、その人は目録を覚えていた。全部ではない。
* * *
3日ごとに来ていた男の申請書の束は、×印の束でした。
係長が別にまとめておくようにとおっしゃった、あの束です。自分の名前が台帳にあるかを確かめに来て、該当なしの判をもらって帰っていった男。その男の申請書は、指一節分の厚さになっていました。私はその束を持ち上げ、係長のところへ持っていきました。「これも焼くのですか」とお尋ねしました。係長は束を受け取り、一番上の紙をご覧になりました。そして、なぜまとめておくようにと言ったのかを、そのときになって初めて話しました。
その男は申告人でした。正確には、申告人になる人でした。その男は、自分の名前が台帳にないことを確かめ終えると、3日後に他人の申告書を持ってきました。自分が申告される前に、他人を先に申告する人。係長は、その男がいつそれをやめるのかを見るために申請書を集めていたのだ、と言いました。その男はやめませんでした。束は、やめたことの記録ではなく、続けたことの記録になりました。
私はその話を聞いて、その男の顔を思い出そうとしました。思い出せませんでした。私はその男に何度か該当なしの判を押しましたが、その男の顔を確認事項の欄に書いたことはありませんでした。その男は待合室に下りたことがなかったからです。
係長はその束の上に、もう一度×を引きました。すでに引かれている×の上に。二度引かれた×は、星のように見えました。
〈7月25日、11時10分〉
* * *
その日、月給が出ました。
盆の老爺は、その日は指に唾をつけずに封筒を渡しました。指は乾いていました。老爺も、何かを焼くのに忙しかったのでしょう。
実績手当の封筒は、先月より薄くなっていました。
7月下旬の移送事由書は、×印の束の中にありました。×印の束の中の書類は実績に数えないという指針があったのだそうです。
焼く書類で手当を受け取ることはできませんでした。計算は合っていました。
私はその薄い封筒を、箪笥の一番下の引き出しに入れました。
土地を買ってから、靴下は痩せていました。薄い封筒一枚では、靴下の肉は戻りませんでした。
妻はその日の晩、土地に大根を植える日を決めようと言いました。8月の下旬。
私はいいと言いました。妻は暦に丸をつけました。赤い鉛筆で。
私はその丸を見て、係長の丸を思い出しました。残すもの。
暦の丸は、残す日でした。
私は、その日が来たら土地へ行ってみようと思いました。
あの土地を売った弟の目を、もう一度思い出すことになるでしょうが、大根を植えることは、その目とは関係なく、正確なことでした。
〈7月25日、20時40〉
妻の暦。その暦は残っていない。その家の誰も、その暦を覚えていない。8月の下旬に大根を植えたかどうかも。
私はその家の他の書類の中から、その年の秋の土地の収穫の記録を見つけた。大根はなかった。
* * *
焼却は7月26日に始まった。
地下のボイラー室は夏でも暑かった。冬に使っていたボイラーに、もう一度火を入れたからだ。
私たちは廊下の突き当たりの×印の束を、階段を上り下りして運んだ。一人が一度に二束ずつ。
ボイラーの焚き口は、人間の頭が一つ入るほどの大きさだった。
束を丸ごと入れると、火が息を詰まらせて消えた。だから紐を解き、数枚ずつに分けて入れなければならなかった。
数枚ずつ入れるには、紙を見なければならなかった。
私は見ないようにした。だが手が紙をつかむと、目がついていった。
目は欄を探した。氏名、事由、確認事項。
その日、私が入れた束は6月のものだった。係長が移送事由書を書いていた頃のものだ。
確認事項の欄は、どれも同じ二文字だった。上同。上同。上同。
欄は焚き口の中で縮れた。紙は角から燃え、欄の線が先に消え、そのあとに文字が消えた。
欄がなくなってからも、文字はしばらく残っていた。炎の上に浮かぶ二文字。上同。
顔が書かれたことのない書類ばかりだった。それが燃えると、その人たちの顔はどこにも残らなかった。最初から残ったことがないのだから。
私は一枚を焚き口に入れかけて、手を止めた。
氏名欄の名前を見て、私はそれが誰か分かってしまったからだ。7月2日付。俺が事由を「水を清める」から「移入の疑い」に書き換えた、あの青年のものだった。
係長が書いた、その青年の移送事由書。確認事項の欄には、上同。
その青年の顔を書いた欄は、この世のどの書類にもなかった。窓口に来た母親の記憶の中にだけあった。
私はその紙を入れず、手に持っていた。
パク書記が横から私を見た。何も言わなかった。代わりに自分の手に持った紙を焚き口に入れ、私のほうを隠すように体を向けた。
私はその紙を折って、背広の内ポケットに入れた。
規則を破ったのは、あの日が初めてだった。
正確に言えば、破っていると分かっていて破ったのは。
×印が引かれた書類は燃やさなければならなかった。
私は燃やさなかった。
その紙一枚は私の内ポケットに入ったまま、その夜、家までついてきた。
電車の中で私はつり革をつかまず、内ポケットの上に手を置いて立っていた。
紙一枚がこんなに重いとは思わなかった。
〈7月26日、17:50〉
* * *
その日の夕方、倉庫の片付けも終わった。
廊下の突き当たりにあった×印の束は、半分ほど残っていた。
ボイラーが一日に飲み込める紙には限りがある。
7月の束にはまだ手もつけていなかった。
残りは来週燃やすことにした。
係長に、残った束の上へ防水シートを掛けておけと言われた。
燃やす書類が雨に濡れると、よく燃えないからだ。
丸印の束は倉庫の棚に巻数順に差し込まれていた。
台帳、人事記録、会計帳簿。
倉庫の鍵は係長が持っていた。
私は最後の束を棚に差し込みながら、その表紙を見た。
人事記録、俺たちの課。
中には課長から書記の末席までの人事記録が入っていた。
写真、本籍、指紋。
俺のものもあった。
その束には丸が付けられていた。
残すもの。
私はその丸を見て、安堵した。
自分の人事記録が燃やされないことが、安心だった。
なぜ安心したのかは、今考えるとおかしい。
自分の名前が残るということが、当時の私には、これからも働き続けられるという意味だった。
残すと分類された人間は、来月も出勤する人間だった。
私が残した束に、私の人事記録が入っていた。
そのときは、それが何を意味するのか分からなかった。
〈7月26日、19:30〉
あの人事記録の指紋欄を、私は18年より前にも見たことがある。
その人がこの陳述を書くよりも前に。
その指紋欄が何を証明していたのかは、その人が次の封筒に書いている。
この箇所のその人の字は、ひどく整っている。
知って書いた者の字だ。
* * *
あの年7月、あのボイラー室で燃えた紙の重さを、誰も量らなかった。
私の内ポケットに入っていた一枚は、その夜、私の家の箪笥の一番下の段、薄くなった靴下の下に入った。




