第100話 移送事由書(1)
管理番号 KR-05 自筆陳述書
陳述 4 — 事由欄。
封筒 2。原文のまま転記。実名は▇処理。
* * *
7月の第一週、私の仕事が一つ増えました。
移送事由書を書く仕事でした。それまでは、移送事由書は係長が書いていました。
台帳の処理欄に「移送」と記されると、その一人ごとに移送事由書が一通ずつ別に作られました。移送事由書は台帳より欄が多くありました。人に関する事項、申告の経緯、確認事項、事由、そして一番下に作成者と確認者の署名。
その書類は人とともに次の場所へ行きました。次の場所がどこなのかは、書類には書かれていませんでした。
受け取る先の欄には、いつも同じ印章が押されていました。機関の名前ではなく、番号でした。
係長がその仕事を私に引き継いだ日、課長が私の肩を二度叩きました。
「君は事由を短く書くからいい」
私はその言葉を褒め言葉として受け取りました。実際、褒め言葉でした。事由を短く書くことは、この係で最も難しい技術でした。
申告書の事由欄はたいてい長いものでした。申告した者たちには、言いたいことがたくさんありました。あの者は毎晩どこかへ出かけるだの、あの家の煙突から妙な煙が出るだの、あの者の手が触れた畑だけ作物がよく育つだの。
私はその長い文章を読み、そこから言葉を一つ選びました。定められた言葉の中の一つ。それが事由になりました。
パク書記は、私が事由を選ぶのを横で見ながら、他人が書いた長い文章から一語だけ残してあとは全部落とすのは、作文大会の審査のようだと言いました。
私は作文大会に出たことがありませんでした。パク書記は、自分は普通学校のとき、作文大会で落ちたことがあると言いました。審査員が彼の文章から「そして」を十一数えて返してきたときのことでした。
パク書記はその日以来、「そして」を書かないと言いました。私はその話を聞いて、パク書記の話す言葉をそっと数えてみました。本当に「そして」がありませんでした。代わりに「だから」がたくさんありました。
7月5日、10時20分。
移送事由書。
その様式は、この部署の文書庫に12束残っている。
受け取る先の欄の番号の印章を、私は18年前に初めて見た。その番号がどこを指すのか、この部署の誰も書き残さなかった。
* * *
移送事由書を書くには、確認事項の欄のせいで、人に会わなければなりませんでした。
それまでは、私は名前だけを見ていました。
名前は台帳の欄の中にあり、欄の中にあるものには顔がありませんでした。
ところが、移送事由書の確認事項欄には「本人確認」がありました。
作成者が本人を直接見て、人相着衣を確認する欄です。
係長は、その欄にはいつも「上同」と書いていたと話していました。申告書に書かれた人相着衣と同じ、という意味です。
私は、その「上同」は正確ではないと思いました。
確認せずに同じと書くのは、確認ではありませんでした。
そこで私はその週、初めて1階の待合室へ下りました。
待合室は階段の下の、窓のない部屋でした。
長い木の椅子が2列ありました。
移送が決まった人たちは、次の場所へ行く車が来るまで、そこで待っていました。
扉の前には、制服を着た者が一人立っていました。
私はその者に書類を見せて、中へ入りました。
制服の者は私の書類を見ず、私の背広の襟を見ました。
襟に付けた徽章を見て、扉を開けてくれました。
椅子には、三人が座っていました。
私は書類を持って、一人ずつ名前を呼びました。
名前を呼ばれると、その人たちは顔を上げました。
私はその顔を見て、確認事項の欄に書きました。身長、年齢、目につくところ。
一人目は、額に傷跡がありました。
申告書には、その傷跡がありませんでした。
私は傷跡を書きました。
二人目は、左手の小指が曲がっていました。
それも書きました。
三人目は、何の特徴もありませんでした。
私は「特異事項なし」と書きました。
三人目が私を見て、訊きました。
「お役人様、それは何とお書きになっているのですか」
私は答えませんでした。待機室で対象者と言葉を交わしてはならないのが規則でした。
その人は、それ以上訊きませんでした。代わりに、私が書く手を長いこと見ていました。
私はその視線のせいで、「特異事項なし」の「し」の字を、欄の外へ少しはみ出して書きました。その日、初めて欄を越えました。
私はその書類を書き直しませんでした。髪の毛の太さほどはみ出した一画のために新しい一枚を書くには、その人の顔をもう一度見なければならなかったからです。
入局してから初めて、書き直さなかった書類でした。
〈7月5日、14:00〉
「し」の字が欄の外へ出たその移送事由書を、私は見つけた。実際にはみ出している。髪の毛の太さほど。あの人が残した書類のうち、欄からはみ出した一画は、これと、この封筒の数か所だけだ。
* * *
階段を上がりながら、私は考えました。あの人はなぜ、私をお役人様と呼んだのだろう。
私はお役人様ではありませんでした。書記でした。書記の中でも末席でした。決裁板のいちばん小さな欄。お役人様という言葉は、課長にこそ似合いました。
それなのに、待機室の椅子に座った人には、私がお役人様に見えたらしいのです。書類を持った人間は、みなお役人様に見える。その席が、階段の下にありました。
その日から、私は待機室へ降りるとき、書類を脇に挟んで降りるようになりました。手に持てば、お役人様になってしまうからです。脇に挟めば、少しだけお役人様らしくなかったのです。
パク書記は、なぜ書類を脇に挟んで歩くのかと訊きました。私は手に汗をかくからだと答えました。7月でしたから、辻褄は合いました。
パク書記は、脇の下のほうが手より汗をかくのではないかと言いました。私は、そのとおりだと思いました。
それから、書類は脇の下で少しずつ湿り気を帯びるようになりました。私はその湿り気を吸取紙で押さえて乾かしました。
待機室へ一度行って戻るだけで、吸取紙が一枚、しっとり湿っていました。
係長は、私が確認事項欄に「上同」と書かないのを見て、何も言いませんでした。
その欄を私が記入した移送事由書は、係長の机を経て、課長の机へ渡りました。
課長は確認事項欄を読みませんでした。事由欄だけを読みました。事由欄が一行なら、職印を押しました。
私はそれを知っていながら、確認事項欄を記入し続けました。
誰も読まない欄でした。
それでも、そこに書かれたことは事実でした。事実が書かれた欄が、書類のどこかに一つくらいあるべきだと、私は考えました。
それがなぜ必要なのかは、分かりませんでした。正確なものを好む癖なのだと、そう思っていました。
〈7月6日、17:30〉
お役人様。あの人はこの言葉を最後まで嫌った。
私の知っている彼は、誰かが自分を先生とだけ呼んでも首を振った。ただ名前を呼んでくれと言った。呼ぶ名前がなかったのに。
* * *
その週の金曜日、キム某が来ました。
今度は制服の後ろではなく、制服の前に立っていました。連れてきた人の腕を、自分で直接つかんでいました。
彼が連れてきた人は、若い女でした。女は裸足でした。
キム某は窓口の前で大きな声で申告書を出しました。窓口の当番はパク書記でした。
パク書記はその申告書を受け取ると、私を振り返りました。事由欄は一枚を超え、裏面まで続いていました。
キム某は、その女が夜に泣き声を上げると、町内の犬がみなつられて吠えると言いました。その家の犬でもない犬たちが、女の家の前に集まって眠るのだとも。
それがおかしくないのかと、キム某は窓口の穴に顔を突っ込んで訊きました。
パク書記は、それは犬のほうがおかしいのではないかと言いかけて、口を閉じました。
私はパク書記の口が閉じる音を聞きました。歯がぶつかる音でした。
その申告書は私の机へ回ってきました。
私は裏面まで全部読みました。そして、言葉を一つ選びました。
「挙動不審」。
女はその日の午後、待合室へ下りていきました。
私は確認事項の欄を埋めるために、下へ行きました。
女は椅子の端に座り、裸足を椅子の下へ隠していました。
私は人相書きを書きました。二十歳くらい。背丈は私の肩まで。裸足。
裸足と書くかどうか、少し迷いました。裸足は人相書きではなく、その日の事情でした。
それでも書きました。事実だったからです。
女は私に何も訊きませんでした。
代わりに、待合室の扉のほうを見ました。
扉の外で、犬の吠える声がしました。
官庁の庭に犬が入ってくるはずがありません。
それなのに、声はしました。
一匹ではありませんでした。
制服が扉を開け、庭を見て、首を振って扉を閉めました。
私は階段を上がりながら、その吠え声を数えないようにしました。
数えました。七つでした。
〈7月6日、15:40〉
キャプションがまた逆さまだ。17:30の次に15:40が来る。
彼は犬の吠え声を、後から書き足した。最初に書いたときは、この場面を削るつもりだったのだろう。原稿用紙の余白に、消した跡がある。消された文は読めない。長さからいって、一行だ。
* * *
その日の夕方、実績手当の台帳にキム某の名前がまた載ったことでしょう。
私はその台帳を見ませんでした。見る必要がありませんでした。計算は決まっていましたから。
移送一件。申告人への報酬一件。そして作成者の実績一件。
作成者は私でした。
その月、私が書いた移送事由書は十九枚でした。
確認事項の欄には、傷跡、曲がった指、裸足、そして特異事項なし。
十九の欄のうち、「特異事項なし」は十一でした。
私はその数字を見て、人々の間で特異事項がそれほど珍しいということに驚きました。
今なら分かります。特異事項がなかったのではありません。私に、特異事項を見る目がなかったのです。
その目は待合室ではなく、台帳の前で養われた目でした。
台帳の前で養われた目は、欄に入るものだけを見ていました。
移送事由書の作成者欄に私の印章が押され始めたことで、私の実績手当の計算方法が変わったことに、私はその月の下旬になってようやく気がつきました。
台帳に「移送」を転記するより、移送事由書を書くほうが、一件あたりの手当は大きかったのです。
課長が私を褒めたのは、事由を短く書いたからだけではなかったのかもしれません。
短い事由はすぐに書けました。そして、すぐに書ける書類は、たくさん書かれました。
給料日の前夜、私は箪笥の一番下の引き出しの靴下をめくってみました。
土地の代金を払ったあとでしたから、靴下はやせていました。
私は十九枚に一件あたりの手当を掛けてみました。明日になれば、靴下はまたふっくらする算段でした。
私は計算を終えると、靴下をきちんと畳んで戻しました。
妻が洗濯物を畳みながら、私が靴下を覗き込んでいるのを見て、靴下に何か秘密でもあるのかと笑いました。
私も一緒に笑いました。その笑みは、正確な場所から出たものでした。靴下の中には本当に、計算が一つ入っていたのですから。
〈7月24日、21:10〉
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その週、彼が確認事項の欄に記した言葉のうち、「裸足」は一度きりだった。
誰も読まない欄だったから、その言葉は今もその書類綴りの中で、裸足のまま立っている。




