1話:誕生
最初に感じたのは、息苦しさだった。
肺の中に空気が入らない。
身体が重い。
寒い。
怖い。
何も見えない暗闇の中で、私は必死にもがいていた。
そして次の瞬間、世界が光に包まれる。
「セレーネ様!お生まれになりました!」
誰かの声が響いた。
強い腕に抱き上げられ、肺いっぱいに空気を吸い込む。
苦しくて、痛くて、怖くて。
私は思い切り泣き声を上げた。
けれど、私はすぐに別の腕へと渡された。
誰かが私を優しく抱きしめた。
温かくて、柔らかくて、どこか安心する匂い。
「エレオノーラ……私の可愛い子」
か細く、今にも消えてしまいそうな美しい声が聞こえた。
……お母さん?
そう呼ぼうと思った、その瞬間。
私はその温もりから引き離された。
再び泣き声を上げる私の意識は、ゆっくりと闇の中へ沈んでいった。
◇ ◇ ◇
次に目を覚ました時、私は小さなベビーベッドの上に寝かされていた。
その周りでは三人の人物が、じっと私の顔を覗き込んでいる。
一人は黒髪に赤い瞳、頭には立派な角を持つ大柄な男性。
その隣には、同じ黒髪と赤い瞳をした少年が二人並んでいた。
一人は短く切り揃えた髪。
もう一人は肩まで伸びた長い髪。
顔立ちは驚くほどよく似ている。
「……赤ちゃんって思ったより小さいな。」
「この子が俺たちの妹なんだね。」
「ああ。お前たちの妹だ。」
どうやら私は、この人たちの家族として新しく生を受けたらしい。
改めて三人の姿を見つめる。
全員、頭には立派な角が生えている。
人間とはかけ離れた容姿。
西洋人を思わせる、彫りの深い顔立ち。
豪華な調度品が並ぶ見慣れない部屋。
……なるほど。
どう考えても、ここは私が知っている世界じゃない。
どうやら私は、異世界に転生したらしい。
異世界転生。
生前、漫画や小説で何度も読んだジャンルだ。
もしかして、私もどこかの物語の世界に転生したのだろうか。
記憶を辿ってみる。
有名作品からマイナー作品まで、それなりに読んできたはずだけれど……。
駄目だ。
今のところ、思い当たる作品は一つもない。
「知っている物語に転生できたら少しは楽できたのになぁ」
なんて一瞬思ったものの、よく考えれば主人公たちは主人公たちで大変そうだった。
未来を知っているがゆえに苦しみ、運命を変えようともがいていた作品も多い。
そう考えると、案外知らない方が気楽に生きられるのかもしれない。
それから数日。少しずつ、この世界のことが見えてきた。
まず、この大柄な男性は私の父親らしい。
名前はオズヴァルト・ノクスレイン。
そして、周囲から魔王と呼ばれる存在であるらしい。
つまり私は、魔王の娘に転生したということになる。
ベビーベッドを覗き込んでいた二人の少年は双子の兄。
短髪の兄がシリウス。
長髪の兄がレグルス。
二人とも、寝返りもできない私を飽きもせず毎日見に来てくれる。
大人から言われているのか、私を驚かさないようにひそひそと、
「可愛いな」
「早く大きくならないかな」
と話している。
そして、もう一つ分かったことがある。
私を抱きしめてくれたあの人。
セレーネという人は私のお母さんで、私を産んですぐ亡くなったらしい。
あのぬくもりから、すぐに引き離されたのはそういう理由だったんだ。
顔も知らない。
名前しか知らない。
だから、母がいないことに寂しさは感じない。
でも、毎日のように私のもとを訪れる父や兄たちは、きっと違う。
それから、お世話をしてくれるメイドさんたち。
みんな、とにかく無表情。
怒っているのかと思えば普通にミルクを飲ませてくれるし、笑っているようには見えないのに優しく頭を撫でてくれる。
……怖い。いや、怖くはないんだけど、怖い。
でも、不思議と嫌な感じはしない。
どうやら魔族は、人間ほど表情が豊かではないらしい。
父や兄たちも、メイドさんほどではないけれど、表情の変化が少ない。
文化の違いなのか、世界の違いなのか……。
とにもかくにも、
父も、兄たちも、私のことを大切にしてくれるらしい。
前世では、家族に愛された記憶なんてほとんどない。
だったら今回は、存分に家族の愛情を享受しちゃお!
……まあ、それ以前に。
赤ん坊の身体というのは、想像以上に不便だった。
首は動かない。
歩けない。
喋れない。
眠くなったら勝手に寝るし、お腹が空けば泣くしかない。
早く大きくなりたーい!




