叩けボンゴ♪
放課後。
チャイムが鳴ると、生徒たちは次々と教室を出ていく。
辰哉は席に座ったまま、窓の外を眺めていた。
奈美「木谷!」
辰哉「あ……。」
奈美「約束どおり、軽音楽部に行くよ!」
辰哉「いや、俺……。」
奈美「見学だけ!」
神威「五分だけでもいい。」
名寄「嫌だったら帰ればいい。」
三人に囲まれ、辰哉は小さくため息をつく。
辰哉「……分かった。」
四人は特別棟へ向かった。
廊下の奥にある防音扉の前で奈美が立ち止まる。
奈美「ここだよ。」
ガチャ。
扉を開けた瞬間――
♪ジャーン!
ドラム、ギター、キーボードの音が部屋いっぱいに響く。
思わず辰哉は足を止めた。
辰哉「……。」
演奏が終わると、部員たちがこちらを向く。
藍「あれ? お客さん?」
狛似「新入部員か?」
奈美「まだ違うよ。見学!」
部室の奥では、顧問の萌野先生が椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
萌野先生「お、木谷か。」
辰哉「こんにちは……。」
萌野先生「そんなに緊張しなくていい。」
神威は棚からボンゴを取り出した。
神威「先生! いつも通りボンゴやります!」
萌野先生「いや、今日はいい。」
神威「えー!」
部室に笑いが広がる。
辰哉は少しだけ口元を緩めた。
その様子を奈美は見逃さなかった。
奈美「笑った。」
辰哉「笑ってない。」
奈美「笑った笑った。」
そのやり取りを見て、藍が小さく笑う。
藍「仲いいんだね。あの2人。」
名寄「本人たちは認めないけどね。」
萌野先生は立ち上がり、部室の隅に立てかけられた一本のベースを持ってきた。
萌野先生「木谷。」
辰哉「はい。」
萌野先生「昔、ベースやってたんだろ?」
辰哉は驚いた。
辰哉「……どうして。」
萌野先生「お父さんのライブ映像を見たことがある。その後ろで、小さい君がベースを弾いてる動画が映ってた。」
辰哉はベースを見つめる。
父との思い出が頭をよぎる。
自然と一歩後ろへ下がった。
辰哉「……今は弾けません。」
萌野先生は無理に勧めなかった。
萌野先生「それでいい。」
萌野先生「今日は見て帰るだけでも十分だ。」
辰哉は静かにうなずいた。
部員たちの楽しそうな演奏を見ながら、胸の奥で何かが少しだけ動き始める。
辰哉(心の声) 「音楽なんて、もう嫌いになったと思ってた。」
それなのに。
部室に響く音は、どこか温かく聞こえた。
その日、辰哉はベースを手に取ることはなかった。
しかし、軽音楽部の扉は、確かに彼の心を少しだけ開き始めていた。




