学校いってみっぺ。
夏休みが終わって、二週間。
木谷辰哉は、一度も学校へ行けていなかった。
父・目白蓮の活動休止。
姉・彩の失踪。
あの日から、制服に袖を通すこともなく、部屋で過ごす毎日が続いていた。
机の上には、夏休み前に持ち帰った教科書が積まれたまま。
クラスのみんなは今、どんな顔をしているんだろう。
もう、自分の席なんてないのかもしれない。
そんなことばかり考えていた。
朝七時。
母「辰哉、ご飯できたよ。」
辰哉「……うん。」
リビングへ向かうと、母が優しく笑った。
母「今日は天気がいいね。」
辰哉「……そうだね。」
静かな朝食。
ふと、壁に飾られた家族写真が目に入る。
まだ父が笑っていて、彩も隣でピースをしていた頃の写真だった。
辰哉は目をそらした。
朝食を終え、自分の部屋へ戻る。
制服を見つめる。
辰哉「……。」
気づけば、制服を手に取っていた。
袖を通す。
ネクタイを締める。
鏡の前に立つと、どこか知らない自分が映っているようだった。
玄関へ向かう。
靴を履く。
深呼吸を一つ。
辰哉「……行ってみよう。」
誰に言うでもなく、小さくつぶやいた。
母が驚いたように振り向く。
母「辰哉……。」
辰哉「今日は、学校に行ってみる。」
母は何も言わず、少しだけ目を潤ませながら微笑んだ。
母「いってらっしゃい。」
辰哉「……いってきます。」
久しぶりの通学路。
蝉の声はいつの間にか減り、少しだけ秋の風が吹いていた。
校門が見えてくる。
胸が苦しい。
逃げたい。
帰りたい。
それでも足は止めなかった。
教室の前まで来る。
ガラッ――。
扉を開けた瞬間、教室中の視線が辰哉へ集まった。
男子生徒「木谷だ!」
女子生徒「久しぶり!」
担任・萌野 燃「おはよう、木谷。」
辰哉は少し緊張しながら頭を下げる。
辰哉「……おはようございます。」
その一言だけで精一杯だった。
席に座ると、隣の席から声が聞こえた。
奈美「来たじゃん。」
辰哉は少しだけ笑う。
辰哉「……うん。」
この日、二週間ぶりに学校へ戻った。
まだ笑顔にはなれない。
まだ心の傷は癒えていない。
それでも、小さな一歩を踏み出した。
その一歩が、後に伝説の始まりになることを、この時の辰哉はまだ知らなかった。




