音の消えた朝
朝、目が覚めても家の中は静かだった。
いつもなら、姉の彩が部屋のドアを叩く音で目が覚める。
今日は何も聞こえない。
辰哉「姉ちゃん?」
返事はなかった。
辰哉は部屋を出て階段を降りる。
リビングでは母がスマートフォンを握りしめ、父はソファに座ったまま何も話さない。
テレビだけが淡々とニュースを読み上げていた。
ニュースキャスター「国民的アーティスト、目白蓮さんが本日、所属事務所を通じて活動休止を発表しました。
理由については、長年続くツアーや制作活動による疲労を考慮し、しばらく心身のリフレ ッシュ期間を設けるためと説明しています。」
「ファンからは、ゆっくり休んでほしいとの声が多く寄せられています。」
辰哉「……え?」
画面には父の姿が映っている。
昨日まで歌っていた人とは思えないほど、表情は暗かった。
辰哉は父を見る。
父はニュースを見つめたまま、一言も話さない。
その時、母が小さく口を開いた。
母「辰哉……。」
辰哉「どうしたの?」
母「彩が……いなくなったの。朝起きたら部屋が空っぽだったの……。」
辰哉は何度も姉へ電話をかける。
しかし、呼び出し音だけが虚しく鳴り続ける。
メッセージを送っても既読は付かない。
父は静かに立ち上がった。
父「……実は昨日最後に電話があった。遊びに行くって。」
父「俺が遊びに行くのを止めておけば。」
何も言わず、自室へ向かう。
ドアが閉まる音だけが家中に響いた。
その日から、この家から音が消えた。
笑い声も。歌声も。父のギターの音も。
翌朝。辰哉は制服に袖を通す。
鞄を持ち、玄関へ向かった。
靴を履こうとした、その瞬間だった。
息が苦しい。
胸が締め付けられる。
足が動かない。
辰哉「……っ。」
玄関に座り込む。
涙だけが勝手に流れた。
そこへ母が隣に座る。
母「今日は休もう。」
辰哉「でも……。」
母「無理しなくていい。」
辰哉はゆっくりとうなずいた。
学校では。
男子生徒A「木谷、今日も休み?」
女子生徒A「お父さん、活動休止したんでしょ?」
男子生徒B「何かあったのかな。」
噂だけが広がっていく。
しかし、本当のことを知る者はいない。父は部屋から出てこない。
姉は帰ってこない。そして辰哉も、学校へ行けなくなった。
辰哉(心の声)
「音楽なんて、もう二度とやりたくない。」
この時の辰哉は、まだ知らなかった。
辰哉は父を超えるアーティストになることを。




