第77話:草原の暴虐と、偽りの竜王
その頃、竜の楽園の【草原】エリアにて。
見渡す限りの緑が広がる大草原をタンクがのんびりと歩いていた。
彼の周囲には、ダンジョンの防衛本能に従って次から次へと凶悪な魔獣たちが襲いかかっている。
しかし――。
「ギィィィッ!?」
「ガァッ……!」
タンクに噛みつこうとした魔獣、爪を立てようとした飛竜たちが、触れた瞬間に次々と血を吐き、あるいは全身の骨を砕かれて絶命していく。
タンクの持つ常時発動型スキル『暴壁』。
受けた物理ダメージをそっくりそのまま、あるいは倍加して相手に跳ね返す、最強の盾たるベヒーモスならではの絶望的なカウタースキルだ。
「……散歩してるだけなのに、鬱陶しい奴らだ」
ペッ、と血生臭い息を吐き出し、タンクはニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「パワーアップした『敵意操作』で、周辺の魔獣や竜を引き寄せてみるか。……ガハハ! 馬鹿な奴らが一気に集まってきたぜ! 全部まとめて……」
タンクが迎撃態勢に入った、その時だった。
ドッッッシャァァァァァァァァンッ!!!!!
突然、雲一つない晴天から特大の落雷――『天穿つ神雷』がタンクの頭上に直撃した。
周囲の草が黒焦げになり、土が爆ぜる。
だが、土煙が晴れた後には、焦げ目一つなく無傷で立つタンクの姿があった。
「おいおい、行儀の悪いやつだな。やるなら先に挨拶しろよな」
『――ほほほ。凄まじい雷撃を直撃で受けて無傷とは……頑丈なやつじゃな。わしのいい実験台になるわい』
上空から、年老いたような、しかし知性と傲慢さに満ちた声が響く。
「どこに隠れてやがる」
『ここじゃよ。……『幻影の羽衣』』
空間がぐにゃりと歪み、空中に一体の竜が姿を現した。
全身が半透明の水晶のような鱗に覆われ、巨大な杖のような角を持つ上位の竜種――【魔導竜】だ。
姿を見せたのも束の間、魔導竜は再び『幻影の羽衣』によって景色に溶け込み、完全に透明になって姿を消してしまった。
その間に、タンクの『敵意操作』に引き寄せられた六百体以上の魔獣や竜たちが、周囲を完全に包囲していた。
『さあ、存分に踊るがよい』
姿なき魔導竜の嘲笑と共に、六百体の魔獣が一斉に襲いかかってくる。
さらに、見えない死角から『豪炎弾』や『真空刃』といった高位魔法が次々とタンクを狙い撃ちにする。
「……チッ、うぜぇーな。リコがいりゃあ、解析して姿を見れるようにしてくれるんだろうけどよ」
ドゴォッ! と飛びかかってきた魔獣を前足で粉砕しながら、タンクはぼやく。
「まぁ、これも修行ってやつだな。見えないハエは後回しだ。まずは……周りの雑魚を片付けるか」
タンクは、自身の放つ『敵意操作』の出力を最大まで強めた。
「ガァァァァァァッ!!」
「ギャスゥゥゥッ!!」
殺意の波動を浴びた魔獣たちは完全に気が狂ったように目を血走らせ、先を争うようにタンクへと群がり始めた。
あっという間に、草原の中央に「六百体の魔獣でできた巨大な肉の山」が形成される。その最下層で、タンクは完全に押し潰されていた。
『ほほほ。愚か者よ。自身のスキルで呼び寄せた魔獣の重圧に潰されるとはな。底の浅い獣の末路よ』
上空から魔導竜が勝ち誇ったように笑う。
だが、魔獣の山の底から、地響きのような重低音が響き渡った。
「……ちっ、さすがに重てぇな。……ふんがーーっ!!」
ドンッ!! と、凄まじい魔力の波紋が草原を駆け抜ける。
「重力を操作する魔法――『重力反転』!!」
その瞬間、六百体以上の魔獣たちの身体に働く重力が真逆へと反転した。
「「「ギャ……!?」」」
巨大な肉の山が丸ごと悲鳴を上げながら、猛スピードで遥か上空へと打ち上げられていく。
『ば、ばかな……質量を無視してあれほどの数を飛ばすなど……!』
魔導竜が驚愕に声を震わせる中、身軽になったタンクは大地を力強く踏みしめた。
「柔らかい草原に落ちても意味ねーな。……『岩槍陣』!」
ドドドドドドドッ!!
タンクの足元から、剣のように鋭く尖った巨大な岩の槍が、上空に向けて無数に隆起する。
「そんで、戻ってきな! 『超重力落下』!!」
反転していた重力が、今度は通常の数十倍の引力となって魔獣たちを大地へと引き摺り下ろす。
空へ打ち上げられていた六百体の魔獣たちは、逃げることも抵抗することもできず、隆起した無数の岩槍の群れへと一気に串刺しにされていった。
『ひぃっ……!? ほ、ほほほ……ずいぶん酷い事をしよる……!』
魔導竜がドン引きしたように上擦った声を上げる。
血の雨が降る中、タンクは豪快に笑った。
「ガハハ! いつもは兄ちゃん(リオン)がいるから大人しくしてるんだがな。一人の時は、思う存分暴れられるぜ!」
ベヒーモス。それは本来、自然の怒りそのものを体現する暴虐の魔獣である。
優しき主から離れたことで、タンクの内に秘められた獰猛な本能が完全に目を覚ましていた。
『……ええい、悪ガキには少し躾が必要じゃな。消え去れ!』
上空の魔力が極限まで膨れ上がる。
『極大魔法――【深淵の海嘯】!!』
タンクの頭上に、海そのものをひっくり返したような巨大な「宙に浮く水塊」が出現し、一気に落下してきた。
単なる水浸しではない。それは深海一万メートルの「超水圧」で対象を圧し潰す、神話級の魔法だった。
「ぬぅぅぅっ……!?」
激流に飲み込まれたタンクの屈強な身体が、凄まじい水圧でミシミシと悲鳴を上げる。
さらに極大魔法の余波により、巨大な水塊全体が瞬時に絶対零度で凍結し、草原にそびえ立つ「巨大な氷の墓標」へと変化した。
『ふぅ……。この究極魔法を受けて、原型を留めているとは……恐ろしく頑丈な奴じゃな。だが、これで終わり――』
ピキッ……。
魔導竜が勝利を確信した直後。巨大な氷の墓標に亀裂が走った。
「――ゴルルルルルルルルォォォォォォォォォォォォッ!!!!!」
タンクの口元が激しく光り、鼓膜を破壊するほどの特大の咆哮(エネルギー波)が放たれた。
粉々に砕け散る巨大な氷。
放たれた咆哮はそのまま上空の魔導竜へと直撃するが、魔導竜が常時展開している『多重魔力障壁』によってギリギリのところで弾かれた。
「プハッ……! ガハハ! ちょうど風呂に入りてぇと思ってたところだ! 体をキレイにしてくれてありがとうよ!」
全身から湯気を立てながら、タンクが不敵に笑う。
『……ほほほ。強がりよって。よかろう……我が持ち得る最大火力の魔法で、跡形もなく消し去ってやろう』
魔導竜の周囲の空間が、極度の魔力集中によって歪み始める。
それは、遥か高みに君臨する最強の龍の力を模倣した、絶対的な破壊の魔法。
『喰らうがいい! 『竜王の咆哮』!!』
天を割るような極太の龍属性の光線が、タンクに向かって真っ直ぐに撃ち下ろされる。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
大地が抉れ、光の奔流がタンクの身体を完全に飲み込んだ。
『ほほほっ! ハーッハッハッハ! これが竜王様の力じゃ! 家畜ごときが調子に乗りおって……』
「――ガハハ! これがバハムートの咆哮だと?」
『……なっ!?』
もうもうと立ち込める煙の中から、呆れたようなタンクの声が響いた。
無傷。否、僅かに毛先が焦げてはいるものの、致命傷には程遠い。
「あいつのはこんなもんじゃなかったぞ。それに……俺はもう、あいつの力に『耐性』ができてる。お前の偽物みてぇな威力じゃ、何も感じねーよ」
『ば、ばかな……!? わしの最大魔法が……っ!』
(さて、どうしたもんかねぇ)
激しく動揺する魔導竜を見上げながら、タンクは冷静に思考を巡らせた。
(俺の魔法はシールドで弾かれるし、近接攻撃をしようにも透明になって浮いてやがる。……面倒くせぇけど、あれをやるか)
「そろそろ、こっちからも行かせてもらうぜ」
ズシン……ズシン……。
タンクは、空中に潜む魔導竜に向かって、ゆっくりと歩みを進めた。
同時に、『敵意操作』のベクトルを周囲ではなく、ただ一点――魔導竜に対してのみ、限界を突破して集中させる。
『ヒッ……!? な、なんじゃこの異常な殺気は!? 来るな! 近寄るな!!』
あまりの危険を感じ取った魔導竜がパニックに陥り、『業火の嵐』や『滅びの光槍』など、持てる限りの高位魔法を乱れ撃ちにしてくる。
タンクはそれを躱すことなく、あえて全身で受け止めた。
炎に焼かれ、光に貫かれながらも、歩みを止めない。
「……そろそろ、溜まったな」
受けたダメージのすべて。それがタンクの体内で、爆発的なエネルギーへと変換されていく。
「『限界突破』」
ズバァァァァァァァァァッ!!!!!
タンクの身体から、天を衝くほどの黄金のオーラが吹き上がった。
光の中で四つ足の獣の姿が変形し、立ち上がり……やがて、筋骨隆々とした圧倒的な威圧感を放つ『人型』の重戦士へと姿を変えた。
その全身には、先ほどまでのダメージを変換した規格外の魔力オーラが纏われている。
『こ、これは……いかん!!』
本能的な死の恐怖を悟った魔導竜が、即座に背を向けて全力で撤退しようと空を飛ぶ。
だが――遅い。
「好き放題してから逃げるのは……よくねぇな」
ドンッ!! と大気が弾ける音がした直後。
人型となったタンクが、魔導竜の真上の空間に転移したかのような速度で跳躍していた。
『ひぃっ!?』
「オラァァァァッ!!」
振り下ろされた黄金の拳が、魔導竜の『多重魔力障壁』をガラスのように叩き割り、その顔面を大地へと殴り落とした。
ズドォォォォォンッ!!
「ガハハハハッ!! ほれどうした! 魔法を撃ってみろ!!」
そこからは、まさに一方的な蹂躙だった。
大地に縫い付けられた魔導竜に対し、タンクは鬼神の如き笑みを浮かべながら、その巨大な拳を何度も何度も振り下ろす。
高位魔法を操る余裕など一切与えない、純粋で圧倒的な暴力。
やがて土煙が晴れた頃には。
無残に打ち砕かれ、完全に息絶えている魔導竜の姿があった。
「ふぅ……」
タンクは人型の姿から、元の四つ足のベヒーモスの姿へと戻った。
「これやると、腹が減って仕方ねぇんだよな。……早く兄ちゃんのとこに向かうとするか」
極上のメシを作って待っているであろう主の顔を思い浮かべながら。
タンクは、腹の虫を豪快に鳴らして海の方角へと駆け出していった。
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