第76話:神速の白虎と、剣に成る閃迅竜
崖の上を目指し、広大な自然の中を駆け抜ける白虎のハク。
だが、彼の行く手を阻むように、ダンジョンの侵入者を許さない魔獣や飛竜たちが四方八方から群がってきた。
空を覆い尽くすほどのその数は、ざっと見て五百体以上はいるだろうか。
「シャァァァァァッ!!」
襲い来る竜の一体に、ハクは鋭い前足を振り抜いた。
しかし、普段なら真っ二つになるはずの竜が、体勢を崩しながらも持ち堪える。王都の周辺で狩っていた魔獣たちとは、根本的に防御力と生命力が違っていたのだ。
「ほう。……少しはやるようだな」
ハクが低く唸ると、彼の白銀の体躯から圧倒的な魔力が解放された。
鋭い牙と爪から、周囲の空気を凍らせるほどの極寒の冷気が立ち昇る。
「ギョエェェェッ!?」
冷気を帯びたハクの一撃は、今度こそ竜の硬い鱗を容易く切り裂き、一撃で絶命させた。
だが、倒しても倒しても、魔獣たちは次から次へと押し寄せてくる。
「雑魚はさっさと片付けて、上に行くとしよう」
ハクは自らの影から三体の『氷の分身体』を生み出し、周囲の飛竜や魔獣たちを中央へとおびき寄せた。
分身三体とハク本体が正方形の陣形を作り、五百の魔獣たちを完全に包囲する。
「消え去れ。――『極寒旋風』」
ハクが氷魔法と風魔法の複合技を放つ。
凄まじい勢いで発生した激しい竜巻の中に、鋭利な無数のアイスニードルが飛び交う。さらに竜巻の内部はマイナス百度を下回る絶対零度の空間となっており、巻き込まれた魔獣たちは一瞬でカチンコチンに氷漬けにされ、上空へと吹き飛ばされた。
「……おっと」
空高く舞い上がった大量の氷の彫刻を見て、ハクはハッとした。
(いかん。主に、素材を綺麗に集めておくようにとうるさく言われていたな)
ハクは慌てて風魔法の出力を調整し、魔獣たちが落下して粉々に砕けないよう、ふわりと丁寧に地面へと下ろした。
「ふぅ……危ない危ない。主にうるさく言われるところだった」
ほっと息をついたハクだったが、一体の魔獣だけが風の制御から外れ、違う方向へと飛んでいっていることに気づいた。
ハクがすぐさまその魔獣を受け止めに行こうと地を蹴った、その瞬間。
ズバァァァァァァァァンッ!!!!!
凄まじい轟音と共に、空の彼方から飛来した『青白い光』が、ハクが追いかけていた魔獣を空中で木端微塵に粉砕したのだ。
綺麗に回収するはずだった素材が、血の雨となって降り注ぐ。
「……こやつが、リコの言っていた上位の竜種か」
ハクが鋭い視線を向けた先。
空中にホバリングしていたのは、流線型の銀色の身体と、刃のように鋭利な鱗を持つ異形の飛竜だった。
「ギャーハッハッハ!!」
耳障りな笑い声が空から響き渡る。
「久しぶりにダンジョンに客が来たと思えば、ただのデカい猫かよ! ちょうどいい、暇つぶしに殺してやるよー!」
攻撃的で、少しイカれたような甲高い声。
それが、【閃迅竜】だった。
閃迅竜が上空へと高く舞い上がり、瞬きする間もなく神速に近い速度でハクへと突っ込んでくる。
ハクはその突進を華麗なステップでかわすが――。
「チッ……」
直後、ハクの白銀の毛皮が数カ所、浅く切り裂かれた。
閃迅竜の全身を覆う鱗『斬空刃』は、飛ぶスピードによって超微細な振動を起こす「超音波カッター」の性質を持っている。さらに、通過した軌跡には遅れて真空の刃が発生するため、突進をかわしただけでは不可視の斬撃に巻き込まれてしまうのだ。
「ギャーハッハッハ! どうしたどうした! もっとゆっくり飛んでやろうか、子猫ちゃん!」
閃迅竜を追うように、ハクが【神速】のスキルで一気に距離を詰める。
だが、閃迅竜は身体を高速回転させながら、竜巻のように上空へと飛び上がった。
その際、回転によって生み出された無数の風の刃が辺りを切り刻み、ハクの身体にさらに浅いダメージを蓄積させる。
「逃げ足だけは速いようだな」
上空へ逃げた閃迅竜に向け、ハクが巨大なアイスニードルを連射する。
だが、ホバリング状態の閃迅竜は、少し身体を傾けるだけで全ての氷柱を軽々と躱してしまった。
「マジでつまんねーなお前。……もういい。一撃でぶちころしてやるよー!!」
閃迅竜が、勢いをつけるために遥か上空へと大きく距離を取る。
その隙に、ハクは崖付近の深い森の中へと跳躍した。そこに分身体を残し、本体は【神隠し】のスキルで気配を完全に消して身を潜める。
上空で停止した閃迅竜の姿が、劇的に変化し始めていた。
頭部の鋭い吻先が剣の切っ先のように伸び、前脚と後脚が胴体のくぼみにパズルのように隙間なく収納される。さらに、巨大な刃である両翼が背中の上でピタリと合わさり、全体が一本の「巨大な両刃のグレートソード」へと変形したのだ。
これが、閃迅竜の【抜刀形態】。
閃迅竜は胸部にある特殊なエラから大気を大量に吸い込み、体内で風属性の魔力と混ぜ合わせて極限まで圧縮した。
「くたばりやがれ! 『斬空刃』!!」
翼の付け根と脚の関節部にある噴射孔から、圧縮された大気が爆発的に噴射される。
音速を軽々と超えるジェット推進力を得た閃迅竜は、摩擦熱と魔力によって刀身を青白く発光させながら、天から降り注ぐ神の剣となって森へと直下した。
ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォンッ!!!!!
青白い光が、ハクの残した分身体を正確に貫く。
凄まじい轟音と共に、周囲の森の木々が衝撃波で粉々に粉砕され、巨大なクレーターが穿たれた。
「あぁ? なんだ氷かよ! 本体はビビって逃げやがったのか! とことんつまんねーやつだな!」
森を消し飛ばし、勝ち誇る閃迅竜。
だが、その真上――いつの間にか崖の頂上へと移動していたハクが、呆れたようにため息をついた。
「やれやれ。面倒な相手を引いてしまったものだ。タンクの重力魔法で地に落とせば楽だったものを……」
ハクはぼやきながら、上空から閃迅竜を見下ろした。
「おい! そこの鈍間!」
「あぁ!?」
「さっきのが貴様の最速か? あまりにも遅すぎて待ちくたびれたぞ」
ハクの挑発に、閃迅竜の瞳が怒りで赤く染まる。
「ギャーハッハッハ! いいねー! 殺し甲斐があるよ! 死んだことにも気づかねー速さを見せてやるよ!!」
ハクは崖の上で、四足の獣の姿から、筋肉質な長身の『人型』へと姿を変え、静かに構えた。
閃迅竜が再び大気を吸い込み、全身に風属性の魔力を限界まで纏う。
そして、音速を遥かに超える速度で、青白い彗星となってハクへと突っ込んできた。
ゴオォォォォォォォォォォォッ!!!!!
閃迅竜の鋭利な切っ先が、ハクの心臓を貫く――まさにその刹那。
ハクは【神速】で紙一重の距離を後方へと飛び退きながら、飛来する閃迅竜の巨大な「頭(剣の切っ先)」を、真正面から素手でガシィッ!と掴み取った。
「なっ……!?」
絶対の自信を持っていた最高速の突撃を素手で止められ、閃迅竜が驚愕の声を上げる。
「き、汚い手で俺に触ってんじゃねー!!」
超微細振動を繰り返す高周波ブレードの身体を素手で掴んだことで、ハクの屈強な腕からは鮮血が激しく噴き出している。
だが、ハクの表情には焦りも痛みも一切なかった。ただ冷酷に、獲物を見下ろす捕食者の目をしている。
「――鈍間が」
ハクの腕に、絶対零度の魔力が収束する。
次の瞬間、ハクはいとも簡単に、巨大な閃迅竜の首を根本からボキリとへし折り、そのまま完全に切断した。
「ギャ……ァ…………」
首を失った閃迅竜の身体が崖から崩れ落ち、断末魔すら上げることなく完全に絶命した。
「さて……主の役に立ちそうな素材は、綺麗に残せたかな」
血だらけの自らの腕を氷魔法で止血しながら、ハクはクールに呟くのだった。
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