第69話:英雄の誕生
ボロボロになった闘技場の裏手にある医務室。
俺はセリアさんをベッドに寝かせ、リコの最上級ヒールで集中的に治療を行っていた。
「……んっ……」
やがて、セリアさんがゆっくりと目を開ける。
青ざめていた顔色にも、少しずつ赤みが戻ってきていた。
「セリアさん! 気がつきましたか!」
「……リオンくん? 私……」
「無茶しすぎですよ。でも、生きててよかった……」
俺がほっと息を吐き出すと、セリアさんは痛む腹部をさすりながら、力なく微笑んだ。
「ありがとう、リオンくん。また助けられちゃったわね」
「ケガは大丈夫ですか?」
「ええ、まだ少し痛むけれど、だいぶ良くなったわ。……ごめんなさい、私では勝てなかった」
セリアさんの瞳に、深い悔しさが滲む。
「ザイドは……桁違いに強かったわ。気をつけてね」
「はい。絶対にあいつをぶっ飛ばしてきます。……だから、大会が終わったら、一緒に最高に美味しいご飯を食べましょう! 約束ですよ!」
「……ええ。楽しみに待ってるわ」
俺はセリアさんに笑いかけ、医務室を後にした。
扉が閉まった直後。
一人になった医務室で、セリアさんは静かに涙を流した。
S級冒険者として負けた悔しさ、生きていた喜び、そしてリオンの不器用な優しさ。
色々な感情が入り混じった涙を拭い、彼女はただ、青年の勝利を祈った。
◆ ◆ ◆
『お待たせいたしましたーーッ!! いよいよ決勝戦! ザイド選手 対 リオン選手!!』
修復された闘技場に、実況の熱い声が響き渡る。
『木刀一本でここまで勝ち上がってくることを、一体誰が予想できたでしょうか!? そして謎の男、ザイド選手! あのS級のセリア選手を破った実力は間違いなく本物です!!』
割れんばかりの歓声の中、俺は闘技場の中央でザイドと対峙した。
男は左腕を失ったままだが、顔色は一つ変わっていない。
『歴史に残る決勝戦が、今、始まります! 試合……開始ィィーッ!!』
開始の合図と共に、俺は一気に間合いを詰めようとした。
だが――。
(……なんだ、この魔力……ッ!)
背筋が凍るような異常なプレッシャーに、思わず足を止める。
「……くくく」
ザイドが、深く被ったフードの下で、初めて不気味に笑った。
「テイマーでありながら、その異常な力……。そして、その肩に乗っている気高き魔獣。……『神獣』か!」
「……なんの話をしている?」
「この時をどれほど待っていたか。すべては、あのお方のために……。貴様の『魔核』、ここで頂くぞ!!」
ドンッ!!
闘技場の石板が砕け散り、ザイドが一瞬で俺の目の前に迫る。
「なんだよこいつッ!」
俺は木刀でザイドの片手剣を受け止めた。
重い!
それに、剣に込められている魔力が異質すぎて、うまく受け流せない!
【剣聖】のスキルと現代知識の【魔導格闘術】を駆使して応戦するが、ジリジリと押し込まれていく。
(左腕がないのに、あのジークさんよりも強いぞ……!)
「力が湧いてくる……。あのお方が、すぐそばにいるようだ……ッ!」
ザイドの速度とパワーが、さらに一段階跳ね上がった。
木刀にヒビが入り始める。
「リコ! このままじゃ押し切られる!」
「アレをやりますわよ、リオン! リンクを限界まで深めなさい!」
「アレって、もしかしてゴルド戦でやった……わかった!」
俺とリコは、互いの魂の奥底を繋ぐようにリンクを強めた。
肩に乗っていたリコの姿が光の粒子となって俺の体に溶け込み――【完全融合】を果たす。
俺の黒髪が眩い銀髪へと染まり上がり、顔にはリコと同じ『金色の紋章』が浮かび上がる。
「反撃開始だ! ……リコ、今ならあいつの解析、いけるか?」
『ええ、今の私たちの力なら可能ですわ! ただ、ザイドの能力も際限なく上がっています。早めに決着をつけなさい!』
脳内に直接響くリコの声。
俺たちは凄まじい速度で剣撃と魔法を交錯させながら、戦い続ける。
そして、数合打ち合った後――。
『――解析、終わりました! リオン、ザイドは……【魔族】ですわ!』
「魔族!? それって、人間や魔獣じゃないってことか?」
『ええ。過去の大きな戦争の後、世界から完全に姿を消していたはずの存在です。なぜここにいるのか……』
「そんなことより、どうやって戦えばいい!?」
ザイドの猛攻を弾き返しながら、俺は叫んだ。
『魔族は極めて高い魔力抵抗を持っています。ダメージを与えるには、攻撃が当たる【一瞬】にだけ、極限まで圧縮した魔力を叩き込むしかありませんわ』
「ぶっつけ本番でできるかよ! もっと簡単な方法はないのか!?」
『……本当に、世話の焼ける主ですわね。私が魔力操作を完全にコントロールします。あなたは攻撃を当てることだけに専念しなさい!』
「頼むぜ、最高の相棒!」
俺は木刀を強く握り直し、ザイドの懐に飛び込んだ。
俺が剣を振るうタイミングに合わせて、リコが魔力を調整する。
ガンッ!!
一撃がヒットするが、ザイドは平然としている。
「なぜだ!? 効いてないぞ!」
『戦闘中に、あなた自身のレベルが上がり続けているせいで、私とのタイミングがコンマ数秒ずれていますわ! 次、行きます!』
戦うごとにステータスが変化する俺の動きに、寸分の狂いもなく魔力を乗せる。
それは、神業にも等しい至難の業だ。
リコは自慢の【究極の演算能力】をフル稼働させ、凄まじい集中力で俺の動きにアジャストしていく。
そして、幾度かの失敗を繰り返した後。
『――今ですわッ!!』
「うおおおおッ!!」
完璧なタイミングで魔力が爆発した、渾身の切り上げ。
木刀の切先が、ザイドのローブを強烈に切り裂き、深く被っていたフードを完全に吹き飛ばした。
「……ッ!」
ザイドが大きく後ろへたたらを踏む。
露わになったその頭部には、禍々しくねじれた【角】が生えていた。
『な、なんとォォッ! 今大会初めて、ザイド選手の素顔が見えました! あ、あれは……角、でしょうか!?』
実況の声に、貴賓席で観戦していた国王が立ち上がる。
「ば、馬鹿な! なぜ魔族がこんなところに!? 試合を中止しろ! 奴を直ちに捕縛するのだ!」
国王の命令により、闘技場の周囲に待機していた近衛兵たちが一斉にザイドを取り囲む。
「貴様! 武器を捨てて降伏しろ!!」
「来るな! 離れろッ!!」
俺の制止も間に合わなかった。
「……煩い」
ザイドが剣を一閃しただけで、漆黒の斬撃が飛び、周囲の兵士たちが一瞬にして血を吹き出して倒れ伏した。
「くそっ……許さねぇ……!」
「正体を隠す必要がなくなった。……ならば、すべてを解放しよう」
ザイドから放たれるプレッシャーが、さらに跳ね上がる。
青白かった肌の色が赤黒く変色し、全身に不気味な黒い刺青のような紋様が浮かび上がった。
そして、失われていた左腕が、蠢く黒い肉塊を伴って一瞬で【再生】した。
「なっ……!?」
真の力を解放した魔族。
リコと融合している今の俺でも、その圧倒的な力に完全に押し込まれていく。
パキィィィンッ!!
限界を迎えていた俺の木刀が、ザイドの凶刃を受けてついに粉々に砕け散った。
丸腰になった俺に、死神のようなザイドの剣が迫る。
(やばい……このままじゃ……!)
今、この会場に俺より強い者はいない。
国民も、兵士も、国王でさえも、ただ息を呑んで俺に祈るしかなかった。
その時だった。
俺の魂の奥底で繋がっているパスから、二つの『強大な力』が流れ込んでくるのを感じた。
「なんだ……これ……」
『ガハハハッ! いいようにやられてるじゃねーか兄ちゃん! 男らしく、ドォンと構えな!』
『……主よ。その程度の奴に、何を手こずっている』
聞き覚えのある声。
闘技場の入り口を見ると、そこには見知らぬ二人の男が立っていた。
一人は、筋骨隆々でイカつい体躯をした豪快なおっさん。
もう一人は、白髪でクールな凄まじいイケメン。
「あの喋り方と声は……まさか」
『ふふふっ、あの二人らしいですわね。タンクとハクが、ついに【一つ目の封印】を解いたみたいですわ! ここからは、全開で行きますよ!』
二柱の神獣が、本来の力を解放した。
その恩恵は、ダイレクトに俺のステータスを爆発的に引き上げる。
「おおおおおッ!!」
俺の防御スキル【金剛不壊】が(中)から(大)へと進化し、ハクの【神速】がさらなる次元へと加速する。
「死ねッ!」
ザイドの凶刃が俺の首筋に迫る。
だが。
ガキンッ!!
「……なに?」
俺は、ザイドの剣を【素手】でガッチリと受け止め、そのまま握り潰して粉々に砕いた。
「俺の仲間を、なめるなよ」
驚愕するザイドに、俺は魔導格闘術の強烈な拳を叩き込む。
ザイドも魔法と体術で応戦し、闘技場は次元の違う格闘戦へと突入した。
俺は戦いながら、念話を飛ばす。
(タンク、ハク、ルー! 観客席を守ってくれ! 闘技場の結界だけじゃ、これから放つ魔法の余波は防ぎきれない!)
『ガハハ! 任せとけ! 最高の壁を作ってやる!』
『……承知した』
『きゅいっ!』
仲間たちが動き出したのを確認し、俺はザイドに向き直る。
「……すべてを灰燼に帰せ。 【虚無の極炎】ッ!!」
ザイドが両手から、闘技場を丸ごと消し飛ばすほどの巨大な黒い炎を放つ。
対する俺は、リコの演算能力とハクの氷魔法、そして自身の魔力を極限まで練り上げた。
「――喰らい尽くせ! 【水龍激破】&【絶対零度】!!」
水と氷の極大魔法を合成させた、規格外の一撃。
黒い極炎と、絶対零度の水龍が激突し――闘技場の中央で、太陽が落ちたかのような大爆発が巻き起こった。
ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!
世界が真っ白に染まり、轟音がすべてをかき消す。
やがて、モウモウと立ち込めていた水蒸気と煙が晴れると。
そこには、魔法の余波で左腕が黒く焼け焦げた俺と――首から下が完全に【氷漬け】になり、身動きが取れなくなったザイドの姿があった。
「……勝負あり、だ」
俺が荒い息を吐きながら告げると、ザイドは氷漬けになったまま、感情の消えた目で俺を見た。
そして、信じられない言葉を口にした。
「……リオン、殿……どうか……私の、同胞を……助けて……くれ……」
「……え?」
ザイドの目に、微かに『悲哀』のような色が浮かんだ直後。
パキッ……パキィィィンッ!
ザイドの全身は完全に凍りつき、まるでガラス細工のように細かく砕け散って、光の粒子となって消滅した。
「今のは、いったい……」
ザイドの最後の言葉の真意を測りかねていると、静まり返っていた闘技場から、爆発的な大歓声が巻き起こった。
「す、すげぇぇぇぇッ!!」
「助けてくれてありがとう!!」
「お前を信じてたぞ!!」
観客たちが総立ちになり、割れんばかりの拍手と歓声を送ってくる。
「彼こそが、魔族からこの国を救った英雄だ!!」
「英雄リオン! 英雄リオン!!」
鳴り止まないリオン・コール。
大会の初めは「木刀のリオン」と馬鹿にされていた俺は、今、国中から『英雄のリオン』として称えられていた。
ただの料理人だった青年は、ここに一人、紛れもない英雄として誕生したのだった。
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