第68話:S級の誇りと、水の女神の激闘
ジークとの激戦を終え、闘技場は現在、結界と石板の修復作業に追われていた。
控室に戻った俺は、特製のバーニャカウダソースにディップした『魔力人参』をかじっていた。
アンチョビの塩気とニンニクの香りが、人参の強烈な甘みを引き立てて美味い。リコの光魔法による回復と、この魔力人参の栄養のおかげで、すっからかんだった俺の体力と魔力は急速に満ちていく。
「……なぁ、リコ。次の準決勝第2試合なんだけど。セリアさんの相手って……」
俺が問いかけると、リコは肩の上で小さく頷き、険しい表情を見せた。
「そうですね。ほぼ間違いなく、キマイラや先ほどのゴルドに関係した者と思われますわ。闘技場で密かに解析・鑑定を行いましたが、あのザイドという男の周囲には妨害する結界が張られていました」
「何かわかったのか?」
「ええ。結界の魔力が、闘技場の魔導砲で消し飛ばされたゴルドの後に残っていた『黒い霧』と完全に一致していることだけはわかりましたわ」
ゴルドの肉体を消し去った、あの禍々しい力。
それが、次のセリアさんの対戦相手だというのか。
「……試合、どうなると思う?」
「相手の底が知れません。わかっているのでしょう、リオン。セリアさんに棄権するよう伝えなさい」
リコの冷静な判断に、俺も頷く。
立ち上がり、控室の扉を開けようとした、その時だった。
「心配してくれてありがとう、リコちゃん。でも、私は大丈夫よ」
扉の前に、杖を持ったセリアさんが立っていた。
ジークたち『星天の導き』のメンバーも後ろで見守っている。
「セリアさん……? いつからそこに」
「ふふっ。こう見えて、私はS級冒険者よ。次の相手が、ゴルドに関係している異常な存在だっていうことくらい、肌で感じているわ」
「なら! 次の相手は危険すぎます。無理はしないでください、棄権を――」
俺の言葉を、セリアさんは優しく、しかし確固たる意志を持った微笑みで遮った。
「ありがとう、リオンくん。でもね……星天の導き(わたしたち)の一員として、ここから逃げるわけにはいかないの」
その眼差しには、王都を守るトップ冒険者としての誇りが宿っていた。
覚悟を決めたセリアさんは、背筋を伸ばし、修復の終わった闘技場へと向かっていった。
◆ ◆ ◆
『お待たせいたしました! 闘技場の修復が完了いたしました! 只今より、準決勝第2試合! セリア選手 対 ザイド選手の試合を開始いたします!!』
実況の声と共に、大歓声が巻き起こる。
闘技場の中央で、セリアさんと、灰色のローブを深く被った不気味な男・ザイドが対峙した。
『試合……はじめェッ!!』
先に動いたのはセリアさんだった。
「【風刃】! &【岩槍】!」
風魔法と土魔法。本来、干渉し合う異なる属性の魔法を同時に、しかも無詠唱で発動する。
鋭い風の刃がザイドのローブを切り裂き、死角から無数の岩の槍が直撃する。
さらに彼女は手を休めない。
「【爆炎】! &【雷槌】!」
追い打ちをかけるように、炎と雷の複合魔法がザイドを包み込み、大爆発を起こした。
『な、なんとォォッ! セリア選手、異なる属性の魔法を同時に発動したァーッ!!』
土煙が舞い上がる。
やがて煙が晴れると――そこには、ローブが破れ、無傷のまま無表情で立つザイドの姿があった。
「……なるほど。四属性の同時魔法か」
ザイドが、ゆっくりと右手を上げる。
次の瞬間、ザイドの周囲から「炎・水・風・土」の四属性を複合した規格外の破壊魔法が、セリアさんに向かって同時に放たれた。
「くっ……【魔力障壁】!」
セリアさんは瞬時に多重シールドを展開し、迫り来る四属性の魔法をすべて防ぎ切る。
だが、ザイドの攻撃は止まらない。
無傷で防ぎ切ったセリアさんの周囲に、今度は数十個もの赤黒い【魔導弾】が出現し、一斉に襲いかかった。
「しつこいっ……!」
セリアさんは【飛行魔法】で上空へ飛び上がり、追尾してくるミサイルをかわす。
しかし、マジックミサイルはどこまでも追いかけてくる。
「【幻影礼装】!」
セリアさんの姿がブレて数人の分身を作り出し、本体は透明化する高度な回避魔法。
マジックミサイルは分身体の方に見事に誘導され、次々と爆発していく。
「少しは楽しめそうだな」
ザイドの目が、不気味に光る。
男から放たれる魔力が爆発的に膨れ上がり、彼を中心に闘技場全体を巻き込むほどの巨大な竜巻が発生した。
透明化しているセリアさんも、この広範囲魔法を避けることはできず、空中でマジックシールドを展開して耐える。
「そこか」
位置を特定したザイドが、一気に上空へと跳躍し距離を詰めてくる。
速い……!
「っ……!」
飛行魔法で回避を試みるセリアさんだったが、わずかに遅れ、ザイドの強烈な拳が脇腹を掠めた。
ただ掠めただけなのに、魔力を纏った重い一撃に、セリアさんが顔を歪めてダメージを負う。
「このままじゃ、まずいわね」
セリアさんは【ヒール】で回復しながら、長く複雑な詠唱を紡ぎ始めた。
「――出でよ、清冽なる水嶺の主! 上位精霊ウンディーネ!」
闘技場に莫大な水属性の魔力が渦巻き、美しく透き通った上位精霊ウンディーネが顕現した。
『おおぉぉっ!? S級ともなると、上位精霊まで喚び出せるのかァーッ!!』
観客席がどよめく中、セリアさんはさらに杖を高く掲げた。
「さらに……【精霊融合】!」
セリアさんとウンディーネの体が眩い光に包まれ、融合する。
金糸の髪は透き通るようなアクアブルーへと染まり、全身を美しい水流の羽衣が包み込んだ。
まさに、水の女神の顕現。
「……行きます!」
セリアさんは、先ほどジークが俺に放った極大魔法【水龍激破】を無詠唱で発動。水龍がザイドに直撃する。
さらに、飛び散った水滴を無数の【水刃】に変え、全方位からザイドを切り刻む。
「今のは悪くないな」
嵐のような連撃の中、ザイドの声が響く。
「魔力抵抗が高い……! 手数を増やしても効果は無さそうね。それなら……」
セリアさんの表情が険しくなる。
彼女の持つ杖の周囲に闘技場中の水分が集まり、巨大な三又の矛の形状を形作った。
「古代魔法――【海神の三叉矛】ッ!!」
闘技場全体が激しい嵐に包まれ、セリアさんが放った水魔法が巨大な渦潮を作り出し、ザイドをその中心に拘束して動けなくさせた。
「さすがはS級……。少しは楽しめたな」
ザイドは強引にマジックシールドを展開し、渦潮の拘束から脱出する。
上空を見上げるザイド。だが、そこにセリアさんの姿はなかった。
精霊融合を果たしたセリアさんは、自らが作り出した激しい渦潮の『水の中』を、まるで魚のように自由に移動していたのだ。
ザイドがセリアを見失ったその一瞬の隙。
渦潮の中から、セリアさんがザイドの背後を襲った。
防御を無視して対象の細胞を破壊し尽くす古代魔法、トライデントの鋭い一撃。
(倒した……っ!)
セリアさんが確信した、その瞬間。
「甘い」
致命傷を避けるため、ザイドはギリギリの反応速度で自らの『左手』を犠牲にして、トライデントの矛先を真っ向から受け止めたのだ。
「えっ……防がれた!?」
絶対に決まるはずだった一撃を受け止められ、セリアさんの顔に驚愕の隙が生まれた。
その一瞬を、ザイドが見逃すはずがなかった。
強烈なカウンターの回し蹴りが、セリアさんの顎を直撃する。
「あっ……」
くぐもった声と共に、セリアさんの意識が朦朧とし、精霊融合が強制解除された。
トライデントを受けたザイドの左腕は、細胞が嵐に巻き込まれたように破壊されていく。
だが、ザイドは無表情のまま右手の剣を振り上げ、自ら左腕を根元から切断した。
破壊の連鎖が、そこで止まる。
地面に倒れ伏し、動けなくなっているセリアさん。
「悔しい、けど……ここまでね……私の、負――」
降参を宣言しようとした、その寸前。
ザイドが、容赦なくセリアさんの腹を蹴り上げ、上空へと跳ね飛ばした。
「がっ……はぁっ……!?」
宙を舞い、血を吐くセリアさん。
「まさか、人間如きが古代魔法まで使えるとはな。計画の邪魔になる者は排除させてもらう」
セリアさんの降参の声は審判に届かず、試合は止まらない。
ザイドの右手に、禍々しい【虚無の黒炎】が灯り、上空のセリアさんへ向けて放たれた。
「あれは……ッ!」
「リオン!!」
「わかってるッ!!」
俺は控え室の壁を蹴り破り、闘技場へ向かって【神速】を発動した。
「セリアさぁぁぁぁんッ!!」
黒い炎がセリアさんを飲み込む間一髪の所。
俺は彼女の体を抱きとめ、猛烈な速度で炎の軌道から離脱した。
「セリアさん! 大丈夫ですか!?」
腕の中で、セリアさんは完全に気を失っている。
「リコ! 回復魔法を!」
「わかりましたわ!」
俺の肩から飛び降りたリコが、セリアさんに最上級の光魔法を流し込む。
俺はゆっくりと立ち上がり、冷たい目でザイドを睨みつけた。
「勝負はついていたはずだ。なぜこんなこと(殺し)をする!」
俺の怒声に対し、ザイドは残った右手から黒い炎を消し、無機質な瞳で俺を見下ろした。
「邪魔者は消す。……お前も、邪魔だ」
そう言い残すと、ザイドは左腕がないまま、審判の制止も聞かずに闘技場の奥へと姿を消していった。
『……っ、しょ、勝者! ザイド選手!! ――そして、会場が破壊されているので、またまたお時間をいただきまーーーすッ!!』
実況の悲鳴のようなアナウンスが響く中。
俺は静かに、だが確かな怒りを持って、手にした『木刀』を強く握りしめた。
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