第66話:深淵からの脱出、そして黒幕の影
闘技場に響くのは、人ならざる獣の咆哮と、観客たちの悲鳴だけだった。
黒い魔石を飲み込んだゴルドは、変貌していた。体長3メートルに膨れ上がった漆黒の人狼。その身体からは、先ほどまでの比ではない禍々しい闘気が噴き出している。
「グルルルルォォォォッ!!」
ゴルドの動きは、先ほどとは次元が違っていた。
超加速した突進。振るわれる大剣は、もはや見えない。
「――っ!」
リオンは咄嗟に剣で受け止めるが、強大な衝撃に弾き飛ばされ、闘技場の壁を粉砕した。
「リオン、大丈夫ですか!?」
肩の上でリコが鋭い声で尋ねる。しかし、ゴルドは追撃の手を緩めない。
ゴルドの連撃が続く。だが、リオンは剣聖のスキルを全開にし、その動きを必死に見切り始めていた。
「そこだ!」
ゴルドの剣を弾き飛ばし、決定打を狙うリオン。しかし、人狼と化したゴルドは、そのような姿になってもなおリオンに勝てない事実に、凄まじい憎悪を募らせていた。
「貴様ァ……ッ! どこまで調子に……!」
ゴルドの身体から、どす黒い魔力が溢れ出す。
「闇魔法……『深淵』!」
瞬間、リオンの足元に黒い泥のような闇が広がり、抗う間もなくリオンを呑み込んだ。
さらにゴルド自身もその闇の中へと飛び込み、二人を乗せて世界は暗転した。
◇◇◇
闘技場が騒然とする。突如として会場から二人の姿が消えたのだ。
セリアとジークが思わず立ち上がり、「リオン!」と叫ぶ。実況アナウンサーも、状況を理解できずに言葉を失っている。
闇の中で。
「……どこまで落ちるんだ。足場が無い……」
息はできる。しかし、光も音も、何も感じない。
リオンは不安を覚え、声をかける。
「リコ! 大丈夫か?」
……返事がない。
念話も通じない。肩に乗っているはずの、いつもの温もりも消えていた。
その時、背中に激痛が走る。
ゴルドの不気味な声だけが、空間に反響した。
「くくく……今からたっぷり甚振ってやる。俺をここまで追い詰めたことを、後悔しやがれッ!」
姿の見えないゴルドからの、一方的な攻撃。
リオンはなす術もなく血を流す。
(リコは無事なのか……? もしリコも同じ空間にいるなら、狙われているかもしれない……)
同じ場所、同じ闇の中で、リコもまた必死にリオンのことを考えていた。
主であるリオンの身を案じ、彼を守りたいというその純粋な祈りが、かつてないほど強く魂のリンクを共鳴させる。
その瞬間。
リオンの顔に神聖な紋章が浮かび上がり、黒髪がまばゆい銀色へと輝きを変えた。
「リオン、聞こえますか?」
頭の中に、懐かしい声が響く。
「リコ! 無事か! 今どこにいる!?」
「あなたの中にいます」
「は……中に?」
「説明はあとです。まずはここから抜け出します」
「どうやって……!」
リコの力が、リンクの影響で爆発的に増幅されている。
リコは冷徹に言い放った。
「この程度の闇で私を封じられると思っているのですか……。――『聖光領域』!」
溢れ出す光が闇を切り裂き、深淵の空間を粉々に崩壊させる。
再び現れたのは闘技場の光景だった。
光に包まれたゴルドは苦悶の声を上げ、身体が黒い煙となって焼かれている。
リオンが木刀を手に詰め寄ろうとしたその時――魔石の反動か、あるいは禁忌の力を使ったペナルティか、ゴルドは動けなくなっている。
審判からルール違反のアイテム使用とみなされ、無情にも『反則負け』の宣告が下された。
「勝者、リオン!」
宣言と同時に、観客たちがリオンに注目したその瞬間だった。
――ズドンッ。
魔導砲が直撃し、鈍い音と共にゴルドの肉体が霧のように消失した。
闘技場に悲鳴が響き渡る。外部からの干渉。キマイラを作った黒幕は、間違いなくこの会場のどこかにいる。
リオンの髪の色は元に戻り、肩にリコが帰還する。
闘技場を後にするリオンに、セリアが駆け寄った。
「リオンくん……大丈夫!?」
「セリアさん……すみません、ゴルドさんが……」
「いいのよ。あんなことが起きるなんて、誰も予想できないわ」
セリアの優しさに感謝しつつ、リオンは表情を曇らせる。
「……セリアさん、一つだけ。この前の予選でも、魔獣化した男が同じように抹殺されました。この闘技場には、何者かが紛れ込んでいます」
「え……」
「セリアさんが準決勝で当たる男が怪しいです。本当に、気をつけてください」
セリアは少し驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く微笑んだ。
「ありがとう。でも大丈夫! 私、こう見えても強いのよ? それよりリオンくんも次はジークね。どっちにも勝って欲しいなんて複雑な気持ちだけど……お互い、全力を尽くしましょう」
セリアの背中を見送りながら、リオンは拭いきれない不安を抱えていた。
次なる対戦相手である『剣聖』ジーク。そして、観客席に潜む見えない敵。
気ままな旅の裏で、世界は確実に何か悪い方向へ動き出している――。
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