第64話:開幕の辱めと、闇夜の番虎
武闘大会の当日。
王都は早朝からお祭り騒ぎだった。
闘技場の周辺には数え切れないほどの屋台が立ち並び、各国の要人や熱狂的な観客たちが押し寄せている。
開会式では国王の挨拶が行われ、今回の優勝者には「金貨1000枚」と「国宝級の魔剣」が贈られることが発表され、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。
「なぁリコ、今更なんだけど……金貨1枚って、俺の前の世界(日本)の感覚だと何円ぐらいなんだ?」
「そうですわね。物価にもよりますが、おおよそ10万円といったところでしょうか」
「ってことは……1億円!?」
俺は目玉が飛び出そうになった。
「ええ。この世界なら、派手に贅沢をしなければ一生働かずに生活できる額ですわね」
「なるほど……。まぁ、俺たちは魔獣の素材や肉を売るだけでも結構な額をもらえてるから、お金に困ることはなさそうだけど。よし、準備するか!」
控え室の壁に張り出されたトーナメント表を確認する。
「セリアさんは……よし、別ブロックだ。決勝まで当たらないな」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
「安心している場合ではありませんわよ、リオン。順当に勝ち上がれば、準決勝で当たるのはあのジークです」
「そうだな。他のやつらにも油断しないように頑張るよ」
俺は木刀を肩に担ぎ、1回戦の舞台となる闘技場へと足を踏み入れた。
『さぁ、第1試合の入場だぁぁッ!!』
実況の声と共に、すり鉢状の観客席から大歓声と野次が降ってくる。
「絶対勝てよー! お前に全財産賭けてんだからな!!」
「おい見ろよ、あいつ! 武器屋の安い木刀を買い占めてるって噂の『木刀のリオン』だぜ! ギャハハハッ!!」
「……ッ!!」
俺は思わず顔を覆いたくなった。
(クソッ……なんだよ『木刀のリオン』って! 恥ずかしすぎる! あの野次飛ばした奴、いつか絶対に泣かせてやる……っ!)
顔を真っ赤にして悔しがる俺の前に、1回戦の対戦相手が現れた。
両手に鋭い剣を持った、身軽そうな双剣使いの男――カイルだ。
「リコ、解析と鑑定を頼む」
「……こ、これは……」
「どうした?」
「彼は【双剣(極)】のスキル持ちです。双剣術における最高峰のパッシブスキル。……ステータス自体はリオンの方が上なので問題はありませんが」
「なら、スキルだけ警戒すれば大丈夫だな! コピー頼むぞ」
「……油断したら、大変な目に遭いますわよ?」
リコがどこか呆れたように、意味深な忠告をつぶやく。
『試合……開始ッ!!』
ゴングが鳴った瞬間。
俺はあえて【神速】で秒殺することはしなかった。それでは意味がない。彼のような最高峰の技術を持った相手から学ぶ、貴重な機会なのだ。
俺は木刀を構え、相手の攻撃を真正面から受けて立つ。
「オララララララァァッ!!」
カイルの動きは、凄まじかった。
蝶のように舞う変幻自在のステップから、閃光のように速い斬撃が嵐のように降り注ぐ。
(くっ……! 速いし、軌道が読めない!)
俺の防御は弾かれ、手数が多すぎて防戦一方になってしまう。戦っている最中でも、その流麗な剣舞に思わず魅入ってしまいそうになるほどだ。
しかし――焦っていたのは、猛攻を仕掛けているカイルの方だった。
(……おかしい! なんだこいつ……なんで斬れないんだ!?)
カイルの双剣が何度も俺の体に直撃しているはずなのに、俺の肉体には傷一つ付いていなかった。
従魔たちとの能力共有と、これまでの激闘の経験によってレベルが上がっていた【金剛不壊(中)】のスキルにより、鉄の刃すらも俺の皮膚を通らなかったのだ。
しかし、周りから見れば奇妙な光景だった。
カイルの剣が触れるたび、俺の服だけがズタズタに切り裂かれていくのだから。
「あいつ、男の服を切るのが好きなのかよ!」
「つまんねー試合してんじゃねーよ!!」
観客から容赦ない野次が飛ぶ。
「リオン、解析が終了しました。反撃しますわよ」
「待ってました! リンクしてくれ!」
リコと視界を共有した瞬間、俺の頭の中に【双剣(極)】の太刀筋が完全にインプットされた。
ヤケクソになって乱舞を繰り出すカイルの双剣を、俺は木刀一本で完璧に見切り、すべて受け止めていく。
「なっ……なんだこいつ、急に……!?」
形勢が完全に逆転し、追い詰められたカイルは大きく後ろに飛び退いた。
「これで終わりだァァッ!! 双剣奥義【双牙絶波】!!」
カイルは持っていた二本の剣の柄をカシャッ!と連結させ、一本の巨大な『大剣』へと変形させた。その瞬間、爆発的な魔力が刃に宿り、巨大な斬撃の波が俺に向けて放たれる!
「――ふんっ。こんな感じの攻撃の方が、戦いやすくていいな」
俺は木刀に膨大な魔力を込め、洗練された剣の軌道で、飛んできた奥義の斬撃を真っ向から斬り裂き、あっさりと弾き飛ばした。
渾身の奥義を打ち砕かれ、カイルは絶望して膝から崩れ落ちた。
「こ、降参します……」
『しょ、勝者! リオォォォンッ!!』
「よっしゃぁぁっ!」
俺が実況の声に合わせて腕を高く突き上げた、その瞬間。
「ギャハハハハハハッ!!」
「おい見ろよ! 双剣で服切られすぎて、パンツ一丁になってるぜあいつ!!」
会場全体から、割れんばかりの爆笑が鳴り響いた。
ズタズタにされていた俺の服は、腕を上げた反動で完全に弾け飛び、俺は数万人の観客の前で『パンツ一枚のほぼ全裸』を晒していたのだ。
「……だから、油断すると大変な目に遭うと忠告したでしょうに」
肩の上で、リコがため息をつく。
(あいつら……絶対許さねぇぇっ!!)
俺は顔から火が出るほど赤くなり、股間を両手で隠しながら控え室へと逃げ帰ったのだった。
◇ ◇ ◇
予備の服に着替えた俺は、観客席から他の選手たちの試合を観戦していた。
「ジークさんは相変わらず凄いな……剣のひと振りで、闘技場の壁を抉り飛ばしたぞ」
俺はリコに頼み、ジークの持つ【剣聖】のスキル構造や、セリアや他の魔法使いが放つ高度な魔法の数々を次々と解析し、コピーしていく。
そして迎えた、俺の2回戦。
対戦相手は、鍛え抜かれた肉体を持つ『魔導拳士』のバルトだった。
彼は【魔装闘気】というスキルで魔力を身体に纏い、【魔導格闘術(極)】と【縮地】を駆使して戦う、生粋のインファイターだ。
「……相手が丸腰なら、これはいらないな」
俺は持っていた木刀を、ポイッと場外へ投げ捨てた。
「おい見ろよ! 木刀のリオンが武器を捨てたぞ!」
「次は脱ぐなよー!!」
観客席から再び面白がるような野次が飛ぶ。
試合が始まると同時に、バルトが【縮地】で一瞬にして俺の懐に潜り込んできた。
俺はあえて攻撃を避けず、彼の重い拳や蹴り、投げ技を防御だけで受け流し続ける。
「チッ、しぶとい野郎だ!」
バルトが苛立ちを見せ始めた頃、リコから声がかかる。
「解析、完了しましたわ」
その直後。俺はバルトと全く同じ【縮地】で死角に回り込み、【魔装闘気】を纏わせた完璧な【魔導格闘術】のカウンターを彼の腹部に寸止めで叩き込んだ。
「なっ……!?」
自分の極めたはずの武術を完璧に模倣され、さらに圧倒的な威力を肌で感じたバルトは、戦意を喪失してその場に手をついた。
『しょ、勝者! リオン!!』
「……おい。あいつ、ただの変態じゃねぇぞ」
「あんな武術まで使えるのか……あいつ、めちゃくちゃ強くねぇか?」
観客たちの野次は消え、ざわめきと驚きの声へと変わっていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
王都の薄暗い酒場で、ゴルドとザックがテーブルを挟んで向かい合っていた。
「あのリオンとかいうクソガキ……ぶっ殺してやりてぇ……ッ」
ゴルドはギリッと歯を食いしばり、酒杯を握り潰した。その瞳は、ただの怒りを超えた、どす黒く濁った『憎しみ』に満ちていた。
ザックはゴルドの異様な変化に少し驚いたものの、薄暗い笑みを浮かべた。
「奇遇だな。俺もあいつが気に入らない。……久しぶりに、やるか」
アサシンとしての血が疼く。
ザックは酒場を後にし、夜の闇へと姿を消した。
◇ ◇ ◇
深夜。
ザックは、リオンが寝泊まりしている宿屋の屋上に立っていた。
彼は【透視】と【空間感知】のスキルを使い、真下の部屋で無防備に寝ているリオンの位置を正確に把握する。
そして、手のひらサイズの小さな『転移空間』を開いた。
空間の先は、リオンの首元に直接繋がっている。
あとは、手にした猛毒のナイフをこの空間に突き刺すだけで、確実に標的の命を奪える。
(ククッ……あっけないものだ)
確実に殺せるという絶対の優位性に、ザックが暗殺者としての歪んだ興奮を覚えた、まさにその瞬間。
『――今宵の風は心地良いな。……お主もそう思わぬか?』
背後から、声がした。
なんの気配もなかった。索敵に特化しているS級アサシンのザックですら、微塵も気付けなかった。
圧倒的な死のプレッシャー。
ザックは動くことすらできず、全身から冷や汗がダラダラと流れ落ちた。
(なんだ……この、底知れない気配は……!)
ザックは恐怖を振り払うようにナイフを逆手に持ち替え、振り返りざまに全力で斬りかかった。
――シュガァッ!!
「がっ……!?」
ザックの視界がブレる。
彼が斬りかかろうとした『右腕』は、見えない風の刃によって肩から切断され、同時に一瞬にして氷漬けにされた状態で、クルクルと夜空を舞っていた。
「なんだ……この化け物は……速すぎて、見えな……」
月明かりに照らされた屋上に静かに佇んでいたのは、銀色の毛並みを持つ美しくも恐ろしい神獣、白虎だった。
『次は、首を飛ばす。――二度と、我が主に近づくな』
ハクの絶対的な威圧感に心が完全にへし折られたザックは、自分の氷漬けの右腕を拾い上げ、絶望の表情で闇の中へと逃げ去っていった。
直下の部屋では、そんな凄まじい攻防があったことなど全く知らず、リオンがスヤスヤと平和な寝息を立てている。
『……ふっ。世話のかかる主だな』
ハクはそう小さく微笑むと、再び影の中へと溶け込んでいった。
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