第63話:王都デートと、闇に堕ちる剣士
王都の朝は早い。
活気に満ちた朝の市場を歩きながら、俺は大きく深呼吸をした。
新鮮な食材が集まるこの時間が、俺は結構好きだ。
「今日は前から気になってた、魚介類を見てみるか」
日本にいた頃によく見たような魚もあれば、見たこともない奇妙な生き物まで様々だ。
例えば、甲羅が鉄のように硬い『アーマー・クラブ(鎧蟹)』や、頭に小さな角が生えた『銀鱗のホーン・サーモン』など、ファンタジー世界ならではの魚介類が並んでいる。
「よし、今日の朝食は魚にしよう。あとは味噌汁に入れる具材も買って……と」
買い物を終えて市場を出ようとした時、通りにある屋台で朝食をとっている見覚えのある顔を見つけた。
「リオンくん、おはよう。予選お疲れ様」
「ジークさん、おはようございます」
S級クランの剣聖ジークと、その後ろで食事をしていた賢者のセリアだった。
「お互い無事に予選を通れてよかったね。それと……森ではセリアたちが世話になった。礼を言うよ」
ジークが爽やかな笑顔で頭を下げる。
その後、彼らのテーブルに近づくと、セリアも立ち上がって真剣な表情を向けた。
「リオンくん。あの時は本当に助かったわ。私からも、ちゃんとお礼をさせてほしいの」
「お礼なんて大丈夫ですよ。気にしないでください」
俺が笑って断ると、セリアは俺の服(普段着の冒険者風の服)をじっと見つめた。
「……今日、お昼から何か予定ある?」
「え? いや、特に予定はないですけど……」
「じゃあ、12時に中央の噴水広場に集合ね!」
「えっ、ちょっと……」
俺が返事をする前に、セリアはパタパタと手を振って去ってしまった。
「……何をするんだろう?」
首を傾げながら、俺は宿屋へと戻った。
◇ ◇ ◇
「リオン、おなかすいたー!」
宿に戻ると、ルーが足元にまとわりついてきた。
「よし、朝食にするか!」
俺は買ってきた『銀鱗のホーン・サーモン』を三枚におろし、こっちの世界に来て初めての「焼き魚」を作った。
だし巻き玉子も作りたかったが、専用の卵焼き器がないため、綺麗な目玉焼きで代用する。
「目玉焼きには何をかけるか……これは好みが分かれるところだな」
醤油、マヨネーズ、ウスターソース、そして塩。
従魔たちに色々な味を試してもらう。俺はもちろん「醤油マヨ」一択だ。
銀鱗のサーモンは脂が乗っていて、醤油を垂らすとジュワッと香ばしい匂いが弾けた。魚のあら汁(味噌汁)も魚介の出汁がしっかりと出ており、身に染みる美味さだ。
全員で最高の朝食を味わった後、俺は解体屋へ向かい、昨日のうちに頼んでおいた魔獣の肉(急ぎの分)を受け取った。
そして、時刻は11時50分。
「そろそろ時間ですわよ、リオン」
「もうそんな時間か。じゃあ、行こうか!」
俺が噴水広場へ向かおうとすると、肩の上にいたリコがピョンッと地面に飛び降りた。
「ん? どうした? 行かないのか?」
「はぁ……何も分かっていませんわね、この男は。あなた一人で行くのですよ、リオン」
「え? なんでだよ。いつも一緒に行ってるじゃないか」
「いいから! 行けば分かります。早く行きなさい!」
リコに呆れたように怒られ、俺は首を傾げながら一人で噴水広場へと向かった。
◇ ◇ ◇
「この辺でいいのかな……」
噴水の前で少し待っていると、人混みの中から清楚な女性が歩いてきた。
体のラインが綺麗に出るロングのタイトスカートに、ノースリーブの涼しげなサマーニット。
(いいなー、すげぇ綺麗なお姉さん……って、えぇっ!?)
「セリアさん!?」
「リオンくん、お待たせ。お昼、まだだよね?」
いつもは魔法使い特有の露出高めなローブ姿なので、オシャレな私服姿のギャップに驚いてしまった。
「まだですけど……というか、すごく雰囲気変わりますね」
「でしょ? 普段は魔法の制御のためにあの格好をしてるけど、オフの時は好きな服を着たいの」
セリアが少し照れくさそうに微笑む。中身は33歳のおっさんである俺の目から見ても、心臓が跳ねるくらい魅力的だった。
「すごく、かわいいですね。そのピアスもよく似合ってます」
「えっ……? あ、ありがと……」
セリアの顔が、ボフッと音を立てるように真っ赤に染まった。
彼女はスタイルの良さと大人びた顔立ちから、「綺麗」「美人」「セクシー」とは言われ慣れていたが、「かわいい」とストレートに褒められたのは初めてだったらしい。リオンと約束した後、彼に少しでも綺麗な姿を見せたくて急いで買ったばかりのピアスを褒められたことも、嬉しかったようだ。
「じゃあ、行きましょうか! お店は決まってるんですか?」
「う、うん……! 気になってるお店があるの……」
少しもじもじしながら前を歩くセリアの背中を見ながら、(どんなお店か楽しみだなー)と呑気に考える俺だった。
◇ ◇ ◇
連れてこられたのは、オシャレなパンケーキのお店だった。
「うおおっ、コーヒーがある!?」
俺はメニューを見て感動の声を上げた。久しぶりに飲むブラックコーヒーの苦味と香りに、思わず涙が出そうになる。
「ふふっ、そんなにおいしかったの? いつでも飲めるわよ」
「なんか、懐かしくて。笑」
昼食を終え、俺が「この後はどうするんですか?」と尋ねると、セリアは少し悪戯っぽく微笑んだ。
「さぁ? 何をするかはお楽しみにしてて! お姉さんに任せなさい」
そう言って連れて行かれたのは、王都でも有数の高級そうな『服屋』だった。
「ここって……男性物の店では?」
「そうよ。リオンくん、ちゃんとした服を持ってないでしょ? いつも冒険者の格好ばかりだし」
「えっ……バレてる」
俺はこっちの世界のオシャレなど全く分からず、服が破れたら直すか、似たような安物を買い足すだけだったのだ。
「私が選んであげるね!」
セリアに何着か見立ててもらい、試着室と鏡の前を往復する。
彼女が選んでくれた服はどれも仕立てが良く、俺の雰囲気をガラリと変えてくれた。
「これ、すごくいいですね! ありがとうございます!」
オシャレになってウキウキしている俺を見て、セリアも満足そうに頷いた。
「どういたしまして! ……ねぇリオンくん、まだ時間ある? 観たいものがあるんだけど、付き合ってくれない?」
次に案内されたのは、オペラ座のような立派な『劇場』だった。
前世でもテレビでしか見たことがない豪華な内装に、俺は子供のようにテンションが上がり、「すげーー!」とはしゃいでしまった。セリアはそんな俺を見て「かわいいな」とクスリと笑っている。
「中ではどんな劇をやるんですか?」
「今やってるのは、この世界の神話を元にしたお話ね」
劇の内容はこうだった。
『はるか昔。世界は平和で、人間、エルフ、ドワーフ、魔族、魔獣など様々な種族が争うことなく暮らしていた。しかしある日突然、魔王が魔族と魔獣を従えて戦争を起こした。平和ボケしていた各国は瞬く間に支配され、世界が絶望に包まれた時――【12人の神】が降り立った。神々は軍を率いて魔王を倒し、世界に平和が戻った。だが、力を持たない国は滅びると学んだ各国は軍事力を強化し、やがて国同士の争いが起きるようになった』
物語の最後は、争っていた国同士の王子と姫が結婚し、戦争が終わるという、よくある王道のハッピーエンドだった。
(……魔王が突然戦争を起こした?)
俺が気になったのは、オチよりもその前の部分だ。
平和だった世界で、なぜ魔王は急に戦争なんて起こしたんだろうか。それに、世界を救ったという12人の神というのも、なんだか引っかかる。
ふと横を見ると、セリアがハンカチで目元を押さえ、ボロボロと感動の涙を流していた。
(このありきたりなオチで泣くとは……。こっちの世界は娯楽が少ないから、これでもすごく感動するんだろうな)
俺は少し微笑ましく思いながら、そっとハンカチを差し出した。
◇ ◇ ◇
すっかり夜になり、俺たちは雰囲気の良いレストランで夕食をとっていた。
「リオンくんも、お酒飲めるの?」
セリアがワインを注文しながら聞いてくる。
「そういえば、こっちの世界に来てから一度も飲んでなかった! 飲めます! 飲みましょう!」
従魔たちがいない静かな食事は久しぶりだ。みんなのことが少し気になりつつも、たまにはこんな時間も悪くない。
美味しい料理と、よく冷えたワイン。
だが、この『20歳に若返った肉体』で初めて飲むお酒は、予想以上に早く俺に酔いを回らせた。
「ふらっ……」
お店を出た後、俺は足元がおぼつかなくなり、軽くよろけてしまった。
「ああっ、大丈夫?」
セリアが慌てて俺の腕を掴み、そのまま自分の胸に引き寄せるようにして腕を組んで支えてくれた。
「すみません、少し酔っちゃったみたいで……」
「ふふっ、無理しちゃダメよ」
夜の風に吹かれながら、俺はふと、心に浮かんだ本音をこぼした。
「俺……セリアさんとは、戦いたくないです」
明日は、武闘大会の本戦の対戦表が発表される。
もし彼女と当たってしまったらと考えると、どうしても気が重かった。
俺の言葉に、セリアは少し驚いたように目を丸くし――やがて、花が咲くように柔らかく微笑んだ。
「……私もよ」
俺の言葉が嬉しかったのか、セリアは組んだ腕をさらにギュッと抱き寄せてくれた。
夜の王都を、セリアに寄りかかるようにして歩く。
――その親密な光景を、暗い路地裏からギリッと歯を食いしばって見つめている男がいることに、俺は気が付かなかった。
「あの野郎……調子に乗りやがって。闘技場で、その面ぶっ潰してやる……ッ!」
嫉妬と屈辱で顔を歪める、A級剣士のゴルド。
彼の怒りがドス黒い憎しみに変わろうとしていた、まさにその時。
「……あの男が、憎いか?」
背後から、声がした。
「あ? 誰だテメェ?」
振り返ったゴルドの前に立っていたのは、目深にフードを被った不気味な男だった。
「お前では、あのテイマーに勝てない」
「ブチッ……! ナメたこと言ってんじゃねェェッ!!」
完全にキレたゴルドが男の顔面に拳を振り下ろそうとするが――フードの男は片手でいとも容易くその豪腕を受け止め、逆にゴルドの手首をミシミシとへし折らんばかりの力で握り潰した。
「がぁぁッ……!?」
「……私を見ろ」
フードの奥で、男の瞳が怪しく『赤く』光った。
その光を見た瞬間、ゴルドの意識がボーッと混濁し、やがて彼の瞳も同じように赤く染まっていく。
「……奴が、憎いか?」
「……憎い」
「……奴を、殺したいか?」
「……殺したい」
魅了されたように虚ろな声で答えるゴルド。
フードの男は満足そうに嗤うと、懐から『黒く禍々しい小さな魔石』を取り出し、ゴルドの手に握らせた。
「これを飲めば、奴を殺せる。そしてあの女も、お前のものだ」
その言葉を残し、謎の男は音もなく夜の闇へと溶け込んでいった。
手の中に残された黒い魔石を、ゴルドは赤い瞳で狂気的に見つめ続けていた。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
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