第61話:深き森の禁忌と、極氷の共闘
――【索敵】。
俺は頭の中に展開されたレーダーを頼りに、森の奥深くへと進んでいた。
道中、強い魔力を発する冒険者たちの戦いを遠巻きに観察しては、新たなスキルをリコに解析・コピーしてもらう。そのついでに、手に負えないAランク魔獣から逃げ回っている冒険者たちをこっそり助け、魔石を回収して回った。
「気づけば、Aランクの魔石が5つか。とりあえず予選突破は確実だな」
「ええ。ですがリオン、前方に凄まじい魔力反応が二つありますわ」
リコの案内に従い、気配を殺して進むと、開けた場所に二人の男が立っていた。
足元には、数え切れないほどの魔獣の死骸が転がっている。
「あれは……剣聖のジークさんと、アサシンのザックさんか」
S級クランのリーダーであるジークは、巨大な魔導聖剣『エクセリオ』を肩に担ぎ、涼しい顔で息一つ乱していなかった。
この圧倒的な殲滅力……。彼が持つエクセリオは、近接戦闘において最強クラスの破壊力を誇るだけでなく、遠距離や広範囲への魔法攻撃、さらには使い手の回復すら可能とする、まさにチート級の武器らしい。
俺が【隠密】を解いて声をかけると、ジークは人懐っこい笑顔を向けた。
「おや、リオンくんじゃないか。君も予選かい?」
「はい。……あの、ジークさん。セリアさんとゴルドさんに会ったんですが」
俺は二人に、セリアたちが奇妙な連携をとる魔物に襲われていたこと、そして誰かが裏で糸を引いている可能性があることを伝えた。
「なるほどね。……確かに、この森は様子がおかしいと思っていたんだ」
ジークは顎に手を当てて頷いた。
「魔獣たちの異質な組み合わせや、明らかに知能を持った戦略的な戦い方をしてくる集団もいた。まぁ、俺たちの敵じゃなかったけどね」
「さすがですね……」
「ただ、姿を見せない厄介な敵の親玉は、俺でも捉えきれなかった。……情報助かるよ。こっちも十分な魔石が集まったし、セリアたちと合流するよ」
「ありがとう」と爽やかに笑い、ジークとザックはその場を立ち去っていった。
(やはり、あの人は規格外に強いな……)
日没までは、まだ少し時間がある。
俺は気を取り直し、さらに森の最奥部へと歩を進めた。
――ピリッ。
肌を刺すような、おぞましい魔力の気配を感じた。俺は息を潜め、茂みの陰から様子を窺う。
「リコ、あれは……?」
空き地の中央にいたのは、獅子の頭、山羊の胴体、そして毒蛇の尻尾を持つ異形の魔獣だった。
「あれは『キマイラ』ですわ。ですが、なぜこんなところに……」
「どういうことだ?」
「キマイラは自然に発生する魔獣ではありません。複数の魔獣を人為的に掛け合わせて作られる、禁忌の合成獣ですわ」
俺は息を呑んだ。
そしてさらに異様なのは、その凶暴なキマイラのすぐ横に、『一人の冒険者』が立っていることだ。お互いに距離が近いのに、全く戦う気配がない。
「リコ、何かおかしくないか?」
「ええ。そもそも……あの冒険者もおそらく……」
その時、冒険者がこちらを振り向いた。
「なっ……!?」
俺は驚愕のあまり、声を出して【隠密】のスキルを解いてしまった。
振り向いたその男の顔の右半分は、緑色の鱗に覆われ、瞳孔が縦に裂けた『蛇』のような姿に変異していたのだ。
俺の気配を察知したキマイラが、咆哮と共に口から巨大な炎弾を放つ!
「くっ!」
俺は間一髪で横に跳んで躱す。
しかし、着地した瞬間に、さっきの蛇の顔をした冒険者が神速で距離を詰め、無骨な大剣を振り下ろしてきた。
ガァァァンッ!!
「ぐおっ……!?」
木刀で受け止めた俺は、そのまま後方へと大きく弾き飛ばされた。
(なんて力だ……! しかも速い!)
重い一撃に手が痺れる。体勢を立て直そうと構えた瞬間、今度はキマイラの尻尾になっている『蛇』が死角から襲いかかってきた。
「危ないッ!」
身を捻って蛇の牙を避けた、その一瞬の隙。
冒険者の追撃と、キマイラの前足の鋭い爪が同時に迫る。
「ガハッ……!」
俺は木刀で冒険者の剣を逸らしたが、キマイラの爪が俺の肩を浅く切り裂いた。
(強い……! なんて厄介な連携だ……!)
おそらくセリアたちも、こんな絶望的な状況に追い込まれていたのだろう。
ジークさんなら、この状況でも力でねじ伏せて対応するんだろうな。だが、俺だって負けてられない!
敵の動きを封じる必要がある。
「リコ! 俺の魔力を使って、お前が魔法を使うことはできるか!?」
「できますが……何を考えていますの?」
「ハクとの能力共有で得た氷魔法【極氷世界】を使いたい! 俺は剣に集中してあいつらを抑える。魔法の詠唱と発動のタイミング、任せられるか!?」
俺の提案に、リコはふふっと不敵な笑みをこぼした。
「なるほど。私の演算能力に全てを委ねるというわけですわね。……面白いですわ!」
その瞬間、俺とリコの魂のリンクが高まり、俺の中にある膨大な魔力と魔法発動の権限が、スッとリコへと移譲される感覚があった。
「シャァァァッ!!」
「オオオォォォッ!!」
蛇の冒険者とキマイラが、再び完璧な連携で同時に襲いかかってくる。
俺は敵の攻撃に全神経を集中させ、木刀を振るってギリギリの攻防を繰り広げた。
(今だ!)
俺が心の中で叫んだ瞬間。俺の思考を先読みしたリコが、小さな前足を天に掲げた。
「行きますわよ! ――【極氷世界】!!」
カァァァァァッ!!
森の空気が一瞬で凍りつき、凄まじい絶対零度の吹雪が荒れ狂う。
「ギ、ギィィ……ッ!?」
冒険者は爬虫類と融合している影響で冷気への耐性が著しく低かったのか、一瞬で全身に霜が降り、石像のように動きを止めた。
「グルルォォ……ッ!」
キマイラも蛇の尻尾部分が完全に凍りつき、動きが鈍る。
キマイラは獅子の顔から炎を吐き出し、周囲の氷を溶かそうと大きく息を吸い込んだ。
「させませんわ。――【ストーンランス】!」
リコが追撃の岩槍をキマイラの足元から突き出し、その大きく開いた口をガコンッ!と物理的に塞いだ。
「ガモォォッ!?」
行き場を失った炎が、キマイラの口の中で激しく暴発する。
「ナイスだリコ!!」
俺は膨大な魔力を一点に込めた木刀を上段に構え、【神速】で一気に間合いを詰めた。
そして、動きを止めたキマイラの胴体を真っ二つに両断した。
ズサァッ……!
合成獣の巨体が崩れ落ちる。
俺は荒い息を吐きながら、氷漬けになって動けなくなっている冒険者の元へと歩み寄った。
「こいつ……人間、だよな?」
「ええ。魔力の流れからしても人間です。ただ……意図的に魔獣と融合させられているような状態ですわね」
意識を失っている男の、鱗に覆われた半顔を見る。
「元に戻せるのか?」
「分かりませんわ。……私ほどの叡智をもってしても、こんなおぞましい状態は見たことがありません」
「そうか……。とりあえず、縛って王都へ連れて帰ろう。事情を知っているかもしれないし――」
俺がそう言った、まさにその瞬間だった。
――ズドォォォォォンッ!!!!!
どこからともなく飛来した極太の『高出力の魔力砲』が、氷漬けの冒険者を飲み込んだ。
「えっ……?」
爆発の閃光と轟音。
土煙が晴れた後には、冒険者の姿は跡形もなく消え去り、地面に巨大なクレーターだけが残されていた。
「な、なんだ……!?」
俺は慌てて周囲を見渡し、【索敵】をフル稼働させたが、魔力砲が飛んできた方角には誰の気配も感じられなかった。完全に射程外からの超遠距離狙撃だ。
目の前で、人が殺された。
しかも、情報を漏らさないための冷酷な『口封じ』。
焼け焦げた地面を見つめながら、俺は異世界の裏に潜む、底知れない闇の深さに背筋が凍るのを感じていた。
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