第6話:極上スイーツの完成と、新たなる旅立ち
村長さんの家の軒先にあの果実を吊るしてから、一週間が経った。
初めはパンパンに張っていたオレンジ色の皮は、すっかり水分が抜けてシワシワになり、表面にはうっすらと白い粉が吹いている。
「……うん、いい感じに干し上がったな」
『ふふっ。私の演算通りです。太陽の光と風によって渋み成分が完全に不溶化し、内側の糖度が極限まで凝縮されています。今がまさに食べ頃かと』
肩に乗ったリコが、お髭をピクピクと揺らしながら喉を鳴らす。
俺は吊るしていた紐を解き、一つ手に取って半分に割ってみた。
「おお……っ」
外側は少し歯ごたえがありそうだが、内側からは黄金色に輝く、ゼリーのようにとろりとした果肉が顔を出した。
俺は躊躇なく、それをパクリと口に放り込む。
「……っ!! な、なんだこれ、めちゃくちゃ美味いぞ!?」
噛んだ瞬間、濃厚で上品な甘みが口いっぱいに爆発した。
元々が強烈な渋みを持っていたからだろうか。日本の干し柿に似ているが、それよりも遥かに甘みが強く、それでいて後味はスッキリしている。高級な和菓子をそのまま食べているような、極上のスイーツに変貌していた。
「村長さん! 出来ましたよ、食べてみてください!」
「む? おお、ついに出来たか。しかし、あれほど渋かったものが本当に……」
半信半疑の様子で、村長さんが干し果実を口に運ぶ。
数秒後。
村長さんは目を見開き、わなわなと震えながらその場にへたり込んだ。
「あ、甘い……! 甘いぞおぉぉっ!! あの悪魔のように渋かった果実が、王都の貴族が食べるような甘露に変わっておる!!」
「ははっ、大成功ですね」
大騒ぎする村長さんの声を聞きつけ、村人たちが次々と集まってきた。
小さく切り分けた干し果実が配られると、あちこちから「美味い!」「信じられない!」という歓声が上がる。
未知なる異世界の食材が、俺の知識と料理の腕で新しい『美味しさ』に生まれ変わる。
そして、それを食べた人たちが満面の笑顔になってくれる。
これが、料理人として一番嬉しい瞬間だ。
『……リオン。私の分は? 早く、早く私の口にもその至高の甘味を!』
「はいはい、分かってるって」
俺が小さくちぎった果肉を差し出すと、リコは前足で器用に受け取り、うっとりとした顔で頬張った。
◆ ◆ ◆
村の特産品は、これにて見事に大化けした。
そしてもう一つの懸案事項だった、畑を荒らす魔物の問題。
これも、ブラッドホースが約束通り完璧な仕事をしてくれていた。
「この一週間、本当に魔物が一匹も寄り付かなかったな」
俺が村の外れにある畑を眺めていると、背後から『ブルルッ』と誇らしげな鼻息が聞こえた。
振り返ると、足の怪我がすっかり完治したブラッドホースが立っている。
「ありがとうな。お前が畑の周りをマーキングして守ってくれたおかげだよ」
俺が首筋を撫でてやると、頭の中に、以前よりも少しだけハッキリとした声が響いた。
『……あるじ、の、おかげ。……おれ、この村、ずっと守る』
「そっか。ここはお前の新しい縄張りになったんだな。頼りにしてるよ」
【魔を知る者】の進行度が9%になったことで、魔物の感情が言葉として伝わってくる。
力で支配するのではなく、お互いの優しさで結ばれた絆。
それが、こんなにも心地よいものだとは知らなかった。
ブラッドホースと別れ、俺は改めて村の畑を見渡した。
魔物の脅威は去り、特産品も甘く美味しくなった。だが……。
(……やっぱり、日本の畑とは土の質も畝の作り方も全然違うな)
俺の目から見ても、土が少し痩せているように感じる。
もっと土壌を良くして、効率のいい育て方をすれば、あの果実も野菜もさらに美味しくなるはずだ。
(でも、俺は料理を作る専門であって、農業にはあんまり詳しくないからな……。文化的な違いもあるだろうし、俺一人じゃこれ以上はどうにもできないか)
せっかくの美味しい食材が育つ場所だ。
もっと作物が育ちやすい環境を作ってあげたいが、今の俺にはその知識がない。
(いつか旅の途中で、土や植物を育てることに詳しい仲間――それこそ、農家顔負けの魔物なんかに巡り会えたら、めちゃくちゃ面白いことになりそうだな)
まだ見ぬ未来の仲間に思いを馳せながら、俺は小さく笑った。
◆ ◆ ◆
その日の午後。
「リオン殿! この村を救ってくれたこと、本当に感謝してもしきれん! これは少ないが、村のみんなで出し合ったお礼じゃ!」
村の入り口で、村長さんはじめ村人全員が見送りに来てくれた。
渡されたずっしりと思い革袋には、旅の資金となるお金と、あの干し果実がたっぷり詰まっていた。
「ありがとうございます。干し果実は長持ちするから、旅の保存食にぴったりで助かります」
「いつでもこの村に帰ってきてくれよ!」
「ありがとう、リオン兄ちゃん!」
温かい声援を背に受けながら、俺は村を出発した。
目指すは、ここから数日の距離にあるという大きな街。
「さあ、次はどんな未知の食材と、美味い料理が待っているかな」
『ふふっ。私の【森羅の叡智】とあなたの料理の腕があれば、この世界のすべての美食は私たちのものです』
肩の上で得意げに笑うリコと共に、俺の異世界放浪メシの旅が、今、本格的に幕を開けた。
(第一章・第1部 完)




