第58話:武闘大会開幕と、演算の白ネズミ
「うおおおおっ……! すっげぇ人の数だな……!」
王都の中央に位置する巨大な闘技場。
その参加者待機エリアに足を踏み入れた俺は、思わず感嘆の声を漏らした。
武闘大会の開催日。
国中から集まったCランク以上の腕利き冒険者、傭兵、そして王国の騎士たち。その数はざっと見積もっても1,000人を優に超えているだろう。
誰もが歴戦の猛者といった面構えで、あちこちからギラギラとした闘気が立ち上っていた。
「きゅっ。見渡す限り、筋肉と汗のにおいばかりですわね。むさ苦しいことこの上ありません」
俺の肩の上で、小さな白いネズミ――リコが、小さな前足で鼻をつまむ仕草をした。
今回、俺がパートナーにリコを選んだのには、明確な理由がある。
それは、彼女の持つ【究極の演算能力】だ。
(これから戦う猛者たちの剣術、スキル、そして魔法。リコの目なら、それらすべてを『解析』し、俺に『共有』できるはずだ)
俺の心の声に応えるように、リコがふふっと腹黒く笑う。
「お任せを。この場にいる全員の手札、私が丸裸にして、すべてリオンのものにして差し上げますわ」
俺たちが密談を交わしていると、闘技場の中央に設けられた高い壇上に、豪奢な鎧を身に纏った騎士団長らしき男が進み出た。
『静まれ! これより、王都武闘大会の予選を開始する!!』
魔法の拡声器を使った大音声が響き渡り、1,000人を超える参加者たちが一斉に静まり返った。
『皆も知っての通り、現在、霊峰付近で巨大な魔力反応が観測されている。その影響で、王都周辺には強力な魔獣が集結しつつあるのだ! そこで、予選のルールを発表する!』
騎士団長が掲げた羊皮紙に合わせ、空中に巨大な光の文字でルールが浮かび上がった。
一、Aランク以上の魔獣を討伐し、その魔石を回収すること。
二、パーティーやクランで討伐してもよい。ただし、魔石一つにつき一名だけが予選通過とする。
三、開始から日没までの間に倒したもの以外の魔石(持ち込み等)は不合格とする。
四、予選通過の順位は、魔石をより多く持ち帰った者を優先する。
五、同伴する使い魔や従魔は、一人につき一体までとする。
『上位64名のみが、明日からの本戦への出場を許される! それでは――予選、開始ィィッ!!』
騎士団長の号令と共に、闘技場の巨大な門が開け放たれる。
「うおおおおおっ!!」「俺が一番乗りだァァッ!」と、参加者たちが血走った目で王都の外へと雪崩れ込んでいった。
◇ ◇ ◇
王都の外れ、荒野と森の境界線。
そこはすでに、冒険者たちと魔獣群による大規模な乱戦状態となっていた。
「喰らえェッ! 【豪炎斬り】!!」
「援護する! 【風刃の魔法】!!」
あちこちで、凄まじい威力の剣技や魔法が飛び交っている。
俺は焦って魔獣を狩りには行かず、少し離れた岩の上からその光景をじっと観察していた。
「おい見ろよ、あそこのテイマー! ネズミ一匹連れて、岩の上でビビって震えてやがるぜ!」
「ぎゃはは! 不遇職はおとなしくお家に帰って、ネズミとチーズでも食ってな!」
通りすがりの冒険者数人が、俺を見てゲラゲラと嘲笑っていく。
「ふふっ。随分と舐められたものですわね、リオン」
「まぁな。そろそろ俺たちも仕事をするか。……おっ、ちょうどいいのが来たぞ」
俺の視線の先。
森の奥から木々をなぎ倒して現れたのは、体長5メートルを超えるAランク魔獣『アーマー・ブル(装甲牛)』だった。全身が鋼鉄のような皮膚で覆われている厄介な相手だ。
「出たぞ! Aランクのアーマー・ブルだ!」
「よし、こいつの魔石を獲れば予選突破だ! 囲んで叩け!」
さっきまで俺を笑っていた冒険者たちが、武器を構えて一斉にアーマー・ブルへと斬りかかる。
しかし――。
ガァァンッ! ギィィンッ!
「くそっ、ダメだ! 俺たちの武器じゃあの装甲は抜けねぇ!」
「ひっ……こっちに来るぞ! うわあああっ!」
冒険者たちの攻撃は全く通じず、逆に激昂したアーマー・ブルが彼らを蹂躙しようと猛突進を始める。
あわや大惨事という絶体絶命のピンチ。
俺はゆっくりと岩から飛び降り、木刀を構えてアーマー・ブルの正面に割り込んだ。
「ブモォォォォォォォォッ!!」
アーマー・ブルが地鳴りを響かせながら、俺に向かって突進してくる。
俺は新しく解析したスキルを使わず、ただ静かに双極の魔力制御を行い、木刀に膨大な魔力を一点集中させた。
「ふっ……!」
ゴォォォォォッ!!
魔力を纏った木刀を一閃する。
ズバァァァァァァァァァァァッ!!!!
一瞬の静寂。
次の瞬間、鋼鉄の皮膚を持つアーマー・ブルの巨体が、頭から尻尾にかけて真っ二つに両断され、ズスゥン……と重い音を立てて崩れ落ちた。
俺は慣れた手つきでアーマー・ブルの胸口から『Aランクの魔石』を取り出し、倒したアーマー・ブルを丸ごとアイテムボックスへと収納した。
遠巻きに見ていた冒険者たちが、顎が外れそうなほど口を開けて固まっているのを尻目に、俺はその場を離れた。
「……リオン。なぜ、新しく解析した他人のスキルや魔法を試さないのですか?」
肩の上のリコが、不思議そうに首を傾げる。
「たぶん……今ここで俺が覚えたスキル程度じゃ、あのバハムートには通用しない」
俺は、霊峰の方角をチラリと見つめた。
「そのまま他人の真似をするだけじゃダメだ。その先にある、俺だけの戦い方を見つけなきゃいけない。だからリコ……どんなスキル、魔法、剣術でもいい。可能な限り、全部解析して俺に共有してくれ」
俺の言葉を聞いたリコは、嬉しそうに目を細めた。
「ふふっ。はじめから、そのつもりですわ」
俺はニヤリと笑うと、【隠密】のスキルと【飛行魔法】、そして【神速】を同時に発動させた。
俺の姿は完全に景色に溶け込み、音もなく戦場の上空へと舞い上がる。
「さあ、行くぞ」
眼下に広がる戦場。
俺は上空から高速で移動しながら、リコに冒険者たちの戦いを解析させていく。
そして、冒険者たちが強力な魔獣に追い詰められ、あわや全滅かという絶体絶命のピンチに陥ったその瞬間――。
「うわあああっ、食われるゥゥッ!」
「――ハァッ!!」
ズバァァァンッ!!
俺が神速で空から舞い降り、魔獣を一撃で屠る。
「えっ……? だ、誰だ!?」
「助かった……のか?」
唖然とする冒険者たちを置き去りにし、俺はサッと魔石を回収し、美味しそうな魔獣をアイテムボックスに放り込んで、再び【隠密】で風のように飛び去っていく。
『スキル・剣術の解析、および共有完了。次のターゲットへ向かいますわよ、リオン』
「ああ、頼む!」
ズドォォォォォンッ!!
不意に、遠くから空気を震わせるような激しい轟音が響き渡った。
俺はピタリと空中で足を止める。
「……ん? 晴れてるのに雷? 今のはなんだ?」
俺が尋ねると、肩の上のリコがすっと目を細めた。
「今のは雷魔法ですわ。それも、かなり高位の魔法です。……行きますか?」
「もちろん!」
俺は口角を上げると、雷鳴が轟いた方角へと一直線に空を駆け抜けた。
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