第57話:黄金豚王のカツ丼と、ボムグレープの爆笑
荒野の中心で従魔たちの歓喜の雄叫びを聞いた俺は、アイテムボックスから調理器具一式を取り出し、腕まくりをした。
(腹ペコのみんなに、ガッツリ食べてもらう料理……よし、あれしかない! 『カツ丼』だ!)
カツ丼に決めたのには理由があった。
実は数日前、王都で買い出しをした際、市場の隅にある店で「とんでもないお宝」を見つけていたのだ。
『お客さん目が高い! それは他国からの輸入品で、どんな料理でも美味くなる魔法の粉だよ!』
店員にそう言われて味見したそれは――カツオと昆布の強烈な旨みが凝縮された『粉末の出汁』だった。
さらにその隣には、日本で食べていたものと遜色ない『味噌』まで売られていたのだ。普通の調味料と比べればかなり高かったが、俺は迷わず全種類を買い占めた。
(この世界に、なんであんな完璧な出汁と味噌が……? 他国の技術が凄いのか、それとも、もしかして俺みたいに転生してる日本人がいるのか?)
色んな考えが頭を巡るが、今はとにかく料理だ。
いつかその国にも行ってみたいという新たな目標を胸に、俺は巨大なAランク魔獣『黄金豚王』の前に立った。
「ハク、タンク! 解体を手伝ってくれ!」
『任せろ!』
『承知した!』
ハクの鋭い風の爪と、タンクの豪快な牙と怪力によって、家ほどもある巨大な猪はあっという間に解体されていく。
俺はその見事な肉の塊を、愛用の解体用ナイフで部位ごとに綺麗に切り分けていった。
「うわぁ……とんでもなく美味そうな肉だな。綺麗なサシが入ってて、肉質も信じられないくらい柔らかい」
切り分けながら、俺はすでに次の料理のことで頭がいっぱいになっていた。
煮豚、焼豚、トンテキに冷しゃぶ……夢が広がりまくる。だが、今日の主役はカツだ!
俺は極上のロースとヒレの2種類の部位を分厚く切り出し、塩コショウで下味をつけてから、衣をたっぷりと纏わせた。
そして、熱した油の海へと静かに投下する。
ジュワァァァァァァァァッ……!!
荒野に響き渡る、小気味良い揚げ音。
きつね色に揚がった極上カツをサクサクと切り分けると、断面からは肉汁が滝のように溢れ出した。
次に、大きめの鍋に水と『粉末の出汁』、醤油やみりんの代用品となる異世界の調味料を合わせ、薄切りの玉ねぎを入れて軽く煮立てる。
そこへ先ほど揚げたばかりのカツを敷き詰め、上から溶き卵を豪快に回し入れた!
フツフツと卵が煮える甘辛い匂いに、背後からジュルリと強烈なヨダレの音が聞こえてくる。
俺は絶妙な半熟のタイミングで火を止め、サッと蓋をした。
「どんぶりによそって……仕上げに三つ葉に似た香草を乗せれば、黄金豚王の極上カツ丼の完成だ!!」
さらに、もう一つ。
「やっぱりカツ丼には、汁物がないとな!」
残った黄金豚王の豚バラ肉を薄くスライスし、たっぷりの野菜と一緒に炒め、『出汁』と『味噌』を溶き入れた至高の『豚汁』も用意した。
「さあみんな、お待たせ! がっつり食ってくれ!」
俺がそれぞれのお皿とどんぶりを並べると、みんなは凄まじい勢いで食らいついた。
『な、なんだこの旨みは……!? 甘辛いタレと、謎の深いコクが、豚肉の美味さを極限まで引き上げている!』
『がはははっ! 衣に染み込んだ汁と、トロトロの卵がたまらねぇ! 肉も歯がいらねぇくらい柔らかいぞ!』
「きゅぴぃぃ〜〜っ! この茶色いスープ(豚汁)も、すっごくあったかくて美味しいのぉ!」
「本当に……リオンの料理は、いつも私たちの想像を超えてきますわね」
『出汁』という新たな旨みの概念に、従魔たちは目を丸くして大絶賛している。
俺も自分のどんぶりを掻き込み、豚汁を一口すすった。
「くぅぅっ……! 沁みる……!!」
久しぶりの和食の味に、俺は思わず涙ぐみそうになった。
◇ ◇ ◇
食後の温かいお茶(に似た薬草湯)を飲みながら、俺はふと気になっていたことを尋ねた。
「そういえばリコ。さっき『一つ目の封印』が解けたって言ってたけど、まだ他にも封印があるのか?」
俺の膝の上で丸くなっていたリコが、小さな顔を上げる。
「ええ。記憶が少し戻ったことで、今の自分の姿や力に違和感を覚えているのですわ。記憶もまだ完全ではありませんし……おそらく、まだ封印が施されているような気がします」
「なるほどな……。これからさらに力を取り戻していけば、自力でその封印も解除できるかもしれないってことか。……ん?」
俺はハッとして、タンクとハクを見た。
「てことは、もしかして……タンクとハクも、封印が全部解けたら『人型』になるのか!?」
俺の言葉に、二匹は顔を見合わせた。
『がははっ、そいつは分かんねーな。なんせ、俺自身に人型になってた記憶がないからな』
『我も同じだ。だが……記憶がないという状態がリコと同じであれば、我々が人型になる可能性は十分にあると思うぞ』
俺は思わず想像してしまった。
タンクが人型になったら、きっと2メートル超えの筋肉ムキムキでイカつい兄貴肌の男だろう。
ハクは、銀髪で切れ長の目をした、クールなイケメン剣士といったところか。
(もしみんなが人型になったら……こうして同じテーブルの椅子に座って、一緒にご飯を食べるのも楽しそうだな)
俺はそんな未来を想像して、一人でニヤニヤと笑ってしまった。
「よし! それじゃあみんな、デザートいるかー? 今日は面白そうなフルーツを見つけたんだ!」
「きゅぴっ!? おもしろデザートってなにー?」
ルーがピョンと俺の肩に飛び乗ってくる。
俺はアイテムボックスから、市場で見つけた奇妙な果物を取り出した。
「これだよ。『ボムグレープ』だ!」
それは大きめの粒のブドウなのだが、よく見ると房の中で『一粒だけ』が薄っすらと光を放っていた。
「店のおっちゃん曰く、この『光っているやつ』から順番にちぎって食べるらしいんだ。ルー、いってみるか?」
「きゅぴ! たべるー!」
ルーが小さな前足で、光っている実を一つポイッと口に放り込む。
「あまーい! リオン、これすっごく美味しいよ!」
その言葉を聞いて、今度はハクが身を乗り出した。
『ふむ。ならば我にも一つ……』
ハクは次に光った実を狙って前足を伸ばした。
しかし、虎の大きな前足では細かい作業ができず、光っていない隣の実まで一緒に巻き込んでむしり取ってしまった。
――その瞬間。
パァァァァァンッッ!!!
「『!?』」
なんと、間違えて取った実が空中で激しく破裂し、紫色の大爆発を起こしたのだ。
爆発の衝撃が収まると、そこには顔面を紫色の果汁まみれにしたハクが、目をパチクリとさせてフリーズしていた。
「ぶっ……あはははははっ! ハク、お前顔がブドウまみれだぞ!!」
俺が腹を抱えて爆笑していると、プライドの高い白虎の額に青筋が浮かんだ。
『……フンッ!』
シュパッ!
ハクはイラッとした顔で、神速のスピードで実を一つ弾き飛ばした。
「げっ」
ベチャァッ!!
俺の目の前に飛んできた実が見事に顔面で破裂し、俺の顔も紫色のブドウまみれになった。
「なっ……やりやがったなハク! よーし、こうなったら!」
『がははははっ! お前ら、ちまちま食ってるからいけねぇんだ! こんなもん、一気に全部食っちまえば問題ねぇだろうが!』
俺とハクがブドウの投げ合いを始めようとしたその時、タンクが豪快に笑いながら、残っていたボムグレープの房を丸ごと大きな口に放り込んだ。
「あっ、おいタンク! それは流石に……!」
俺が止める間もなく、タンクがアゴに力を入れた瞬間。
ボボボボボボボボォォォォンッ!!!!!
『ぶごおおおおぉぉぉぉっ!?』
タンクの口の中で連鎖的な大爆発が起こり、巨大な口と鼻の穴から、紫色のブドウ果汁が火山のように勢いよく噴き出した。
「「『『…………』』」」
「……あーっはっはっはっはっ!! なにやってんだよタンク!!」
『がははっ……ゲホッ、これは流石に驚いたぜ……!』
『ふっ……自業自得だな、阿呆め』
「きゅぴぴぴっ! タンクのおはなからジュースがでたー!」
「もう……あなた達は本当にバカばっかりですわね。ふふっ」
紫色の果汁まみれになった俺たちは、荒野に響き渡るほどの大声で笑い合った。
激闘と修行の合間の、何気ない日常。
出汁の香りとブドウの匂いに包まれながら、俺たちは久しぶりに、腹の底から楽しい食事の時間を満喫したのだった。
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