第56話:銀髪の少女と、300年前のテイマー
王都の外れの川沿いで、岩を一刀両断するという劇的なブレイクスルーを果たした俺は、全身の魔力を使い果たして完全にガス欠になっていた。
ハクとタンクに運ばれて宿屋に戻ったものの、指一本動かす気力すらない。
「ははっ……みんな、ごめん。今日も晩飯は……外食でお願いします……」
ベッドに倒れ込んだ俺が力なく呟くと、従魔たちはあからさまにテンションを下げた。
『……またですか』
『がはは……兄ちゃん、最近ずっと外食だからなぁ。ちょっと飽きてきたぜ』
『王都の飯も美味いが、やはり主の作った料理には遠く及ばん』
「きゅぴぃ……リオンのご飯がたべたいよぉ……」
「うっ……す、すまん。俺のだらしない姿を見せて申し訳ない。明日からは……明日からはちゃんと作るから!」
俺は平謝りしながら、泥のように深い眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
数時間後。
ふと夜中に目を覚ました俺は、自室の異変に気がついた。
(……ん? 誰かいるのか……?)
月明かりが差し込む薄暗い部屋。
俺のベッドの足元に、誰かが座っていた。
銀色の美しい髪を長く伸ばした、見知らぬ女の子だった。
年齢は16、17歳くらいだろうか。月の光に照らされた肌は、幻のように透き通るような白さだった。
そして彼女は、静かに……本当に静かに、ポロポロと涙を流していた。
(なっ……こんな綺麗な子が、なんで俺の部屋で泣いてるんだ……!?)
俺は一瞬見惚れてしまい動けなかったが、すぐにハッと我に返った。
「あ、あの! すみません、俺、部屋を間違えました!!」
焦ってベッドから転げ落ち、慌てて部屋を出ようとした俺の背中に、凛とした涼やかな声が響いた。
「――お待ちなさい」
「……えっ?」
聞き慣れた声と話し方に、俺はピタッと足を止めた。
恐る恐る振り返ると、銀髪の美少女が立ち上がり、俺の方へとゆっくり近づいてくる。心臓がドクン、ドクンと激しく音を立てた。
少女はふわりと微笑み、イタズラっぽく目を細めた。
「ふふ、驚いたでしょ? 私ですよ、リオン」
「……えっ。え、ええええぇぇぇぇーーーーっ!?」
俺は完全に腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「うそだろ!? リ、リコなのか!? なんで!? 魔法か何かで変身したのか!? てか、さっき泣いてなかったか!?」
パニックになってまくし立てる俺を見て、少女――いや、リコはスッと真顔に戻り、コホンと一つ咳払いをした。
「……詳しいことは、明日みんなが揃った時にお話ししますわ。それと、私は泣いてなどいません! さあ、今日はもう寝ましょう!」
リコの体が淡い光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、いつもの見慣れた小さな白いネズミの姿に戻っていた。
俺はポカンと口を開けたまま、ただただ呆然とするしかなかった。
◇ ◇ ◇
翌朝。
リコの正体が気になりすぎて、俺は結局ほとんど眠れなかった。
寝不足でフラフラしていると、ハクとタンクが『ちょっと付いて来てほしいところがある』と、俺を王都の郊外にある荒野の狩場へと連れ出した。
そして、その狩場に到着した俺は、あまりの光景に目をひん剥いた。
「な、な、なんてことをしてくれたんだよーーっ!?」
荒野のど真ん中に、見たこともない巨大な魔獣が倒れていて、文字通り『山積み』になっていたのだ。
「これ、一体なんなんだよ!?」
『驚くのも無理はありませんわ』
俺の肩の上から、リコが冷静に解説を始める。
『これはバハムートの魔力に引き寄せられてきた災害級の魔獣たちです。あそこにある岩のような毛皮を持つのはSランクの【タイタン・ベア(巨岩熊)】。そしてその隣は、Aランクの【ゴールデン・ボア・キング(黄金豚王)】ですわ』
「SランクにAランク!? どうりで、この3週間で俺のレベルが勝手にどんどん上がってるわけだ……こいつらのせいか!」
『がははっ! 全部ぶっ倒してリコの結界にぶち込んでおいたぜ! これで明日から美味い飯が食えるな!』
『うむ。我もだいぶ調子を取り戻してきたぞ』
タンクとハクが誇らしげに胸を張る。
俺が頭を抱えていると、そこにルーがやってきた。全員が揃ったのを確認すると、リコは再び淡い光に包まれ、昨晩の『銀髪の少女』の姿へと変化した。
「きゅぴぃぃっ!? リコがおっきな人間の女の人になったぁ!」
ルーが驚いて飛び跳ねる。
「……リコ。一体なにがあったんだ?」
俺が尋ねると、リコは静かに頷き、口を開いた。
「リオンと私たち従魔の繋がり(リンク)が強くなったこと、そして皆のレベルが上がったことで、私たちにかけられていた『一つ目の封印』が解けかけたのですわ。私はそれを自身で解析し、無理やり封印を解除しました。……そして、封印を解いたと同時に、忘れていた『記憶の一部』を取り戻したのです」
リコは、じっとタンクとハクを見つめた。
「タンク、ハク。あなた達も、自分にかけられた封印の存在に気付いていますわよね?」
『……まぁな。そろそろって感じはしてるぜ』
『ああ。あのトカゲ(バハムート)に勝つには、これを何とかしないとな』
二人の言葉に、俺とルーは顔を見合わせた。
「封印って……なんだよ。誰が、お前たちにそんなものを?」
少しの間を空け、リコが伏し目がちに、ゆっくりと話し出した。
「……今から300年ほど前。この世界は『魔王』の支配下にありました。魔王は、強大な魔獣たちを力で支配し、恐怖で従えていたのです」
「力で支配……ってことは、もしかして」
「そう。魔王は、あなたと同じ【テイマー】ですわ」
俺は息を呑んだ。
最弱の不遇職と言われているテイマーが、かつては世界を支配する魔王だった……?
「私やタンク、ハクなどの高位の魔獣たちは、その魔王と幾度となく争いをしてきました。そして……魔王は自らの命を代償にして、神獣クラスの魔獣たちの力と、記憶の一部を『封印』したのですわ」
「命を代償に……? なぜ魔王は、そんなことを?」
俺の問いに、リコは寂しそうに微笑み、小さく首を横に振った。
「わかりません。……ただ、昔のあの方は、とても優しいお方でした。自分からあんな恐ろしいことをするような方ではありませんでしたわ」
少しだけ潤んだリコの瞳を見て、俺は昨晩の彼女の涙の理由を悟った。
『リコとは、その時の戦争で知り合ってな。リオンがこっちの世界に来た時に、力を貸してやってくれとリコに言われたわけだ』
タンクが懐かしそうに鼻を鳴らす。
「ハクも、あの時にいたんだろ?」
『ああ。あれは虚しい戦いだった。……しかし、なぜあんな結末になったのか。一番肝心なところが、封印のせいでどうしても思い出せない』
ハクが忌々しそうに爪で地面を引っ掻いた。
従魔たちの失われた過去。
リコの涙の理由。
そして、この世界の歴史に隠されたテイマーの真実。
わからないことは山ほどある。だが……。
(今は、目の前の問題に取り掛かるしかない!)
俺は両手で自分の頬をパンッと叩き、気合を入れた。
バハムートの完全覚醒まで、時間はない。そして、武闘大会はもう目の前だ。
「リコ。残りの1週間で、ハクとタンクの封印の解除はできそうか?」
「わかりませんが、可能な限り封印の解除を試みますわ」
「よし。なら、特訓の総仕上げだ。……ここにある死骸の山とは別に、バハムートの魔力に引かれて、まだまだ魔獣は集まってきてるんだろ?」
「はい。霊峰に向けて、強力な魔獣が次々と接近していますわ」
「なら、俺はそいつらを狩りに行く」
俺は一本の木刀をしっかりと握りしめ、荒野の先へと歩き出そうとした。
――その時だった。
ギュルルルルルルル〜〜〜ッ……。
背後から、地鳴りのような腹の虫の音が響き渡った。
振り返ると、ハク、タンク、ルー、そして人型のリコが、ものすごくジトッとした目で俺を見つめていた。
『……主よ。昨夜、何と言ったか覚えているか?』
『がははっ! 「明日からはちゃんと作る」って言ってたよなぁ、兄ちゃん!』
「きゅぴぃ! リオンのごはん、リオンのごはん!」
「それに、せっかく私たちが極上の食材を獲ってきたのですから。……狩りに行くのは、お腹を満たしてからでも遅くありませんわよ?」
みんなのヨダレを垂らさんばかりの無言のプレッシャーに、俺は思わず吹き出した。
「……あははっ、そうだったな! すまんすまん、腹が減っては戦はできぬ、だ!」
俺は木刀を一度地面に置き、アイテムボックスからエプロンを取り出してキュッと紐を結んだ。
「よーし! それじゃあ特訓の前に、この『黄金豚王』の極上肉を使って、とびっきりの復活メシを作ってやるよ!!」
『『『『おおおおぉぉぉっ(きゅぴぃぃっ)!!!』』』』
荒野の中心で、従魔たちの歓喜の雄叫びが轟く。
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