第55話:折れた木刀と、双極の魔力
王宮での謁見を終え、宿屋に戻った俺たちは車座になって今後の対策を練っていた。
『リオン。私たちには、バハムートに勝つための「絶対条件」がありますわ』
リコが真剣な表情で切り出した。
『まずは、1年後の完全覚醒に向けて私たちが圧倒的に強くなること。そして……バハムートが再び目覚める前に、王都周辺に集まってくるすべての魔獣を討伐することです』
「集まってくる魔獣を、全部……?」
『ええ。目覚めた直後のバハムートは、最も力が弱い状態です。その時に魔獣を喰わせて力を蓄えさせてしまえば、もう誰にも止められません。……喰われる前に私たちが狩り尽くし、弱っているその瞬間に叩く。これが唯一の勝機ですわ』
1年というタイムリミット。そして、災害級の魔獣たちの大群。
途方もない試練だが、不思議と絶望感はなかった。
「……まずは、国宝の『魔剣』を手に入れるための修行だな」
『その通りですわ。今のリオンには、圧倒的に基礎が足りていませんからね。早速、武器屋へ向かいますわよ!』
◇ ◇ ◇
王都の大通りにある武器屋。
武闘大会の開催が布告されたばかりとあって、店内は一攫千金を狙う多くの冒険者たちでごった返し、異様な熱気に包まれていた。
店内に並ぶ鋼やミスリルの剣を物色する俺に、肩に乗ったリコが呆れたようにため息をついた。
『リオン、今のあなたがそんななまくらを買っても、またすぐに粉々にしてしまいますわよ。……あれがいいですわ』
リコが小さな前足で指差したのは、店の隅の樽に刺さっていた『木刀』だった。
「何の冗談だよ。魔獣相手に木刀で戦えって?」
俺が苦笑すると、リコは一切笑わずにピシャリと言い放った。
『真剣な修行と言いましたよね? 魔力のコントロールを完璧にするためには、それが一番なのです。……あそこにある木刀、とりあえず全て買いなさい』
「ええ……」
俺は言われた通り、店の隅にあった木刀をガサッと引き抜いた。
すると――周囲の冒険者たちから、容赦のない嘲笑と冷ややかな視線が突き刺さってきた。
「おいおい、見ろよあいつ。この期に及んで木刀なんか選んでるぞ」
「ガハハ! 非力すぎて本物の剣も持てないのか?」
「それか、真剣を買うお金もない貧乏テイマーじゃねぇのか?」
「くっそー……今に見てろよ……」
俺は顔を真っ赤にしながら、少し恥ずかしそうにガリガリと頭を掻いた。
心の中で「覚えておけよ」と毒づきながら、店にあった10本の木刀をすべて買い占め、店主の怪訝な視線を浴びつつ逃げるように武器屋を後にしたのだった。
◇ ◇ ◇
王都の外れ、人気のない川沿いの荒れ地。
俺は早速、買ってきたばかりの木刀を構え、昨日Sランク魔獣を倒した時と同じように魔力を流し込んでみた。
「よし、いくぞ……ッ!」
気合と共に魔力を込めた、その瞬間。
――パァァンッ!!
「なっ!?」
木刀は、俺が振るうまでもなく、手の中で木端微塵に砕け散ってしまった。
その後も、何度やっても攻撃の魔力に木刀が耐えきれず、粉々に砕けていく。
『リオンは攻撃するためだけに魔力を込めすぎですわ。内部には「守り」の魔力を、外部には「攻撃」の魔力を。この2種類の魔力を同時に制御しなさい』
リコにそう告げられ、俺は来る日も来る日も、ただひたすらに泥臭い特訓を繰り返した。
◇ ◇ ◇
俺が川沿いで不格好に木刀を振り回し、頭を悩ませている3週間の間。
頼もしい従魔たちもまた、バハムート戦を見据えてそれぞれの準備を始めていた。
『がははっ! 兄ちゃんが頑張ってんだ、俺たちも負けてられねぇぜ!』
『うむ。あやつに一太刀報いるためにも、牙を研ぐ必要があるな』
ハクとタンクは、バハムートの強大な魔力に引き寄せられて王都周辺に集まりつつある高位の魔獣たちを討伐し、自身のレベルアップへと赴いていた。
もちろん、倒した魔獣はすべて今後の貴重な「食材」にするため、リコにあらかじめ広大な『鮮度保存の結界』を張ってもらい、仕留めた獲物をそこへ次々と集めて回収していった。
一方、ルーも大忙しだった。
「きゅぴっ、きゅぴっ♪」
ルーは、ハク達について行き、狩場の近くで畑を作り大量の『魔力を帯びた人参』を栽培していた。バハムートとの長期戦において、瞬時に魔力を回復できるルーの人参は、何物にも代えがたい究極の生命線になるからだ。畑の周りにはルーが結界を張り、タンクが造ったゴーレムと白の影分身が周囲を守ってくれた。
そして、そんなみんなの中心となってサポートに徹していたリコは、バハムートから逃げ延びたあの夜のことを一人思い出していた。
(まさか……またあの人間の姿に変化するとは思いませんでしたわね。リオンはあの後すぐに気を失って、私が人型になったことを覚えていない様子ですが……)
リコは自身の小さな白い前足を見つめる。
(リオンたちとの『リンク』が深まったことで、私にかけられている一つ目の「封印」が解けかけている。……もしかすれば、ハクやタンクも、条件さえ揃えば……)
リコは静かに目を閉じ、自身の肉体を【解析・鑑定】し始める。
持ち前の固有スキル【高速演算】をフル稼働させ、脳内で膨大な魔力の数式を組み立てながら、自力で残りの封印の解除を試みるのだった。
◇ ◇ ◇
――気づけば、修行開始から3週間が経過していた。
「はぁ……はぁ……」
川沿いの土手に座り込み、俺は黄昏れていた。
足元には、粉々に砕け散った木刀の残骸が山のように積まれている。すでに100本以上は壊しただろう。大会まではあと1週間しかない。
(何度やってもダメだ。二つの魔力を同時に展開するなんて……俺の脳みそじゃ処理しきれない)
気分転換に、俺は足元に落ちていた手頃な石を拾った。
右手で『守り』の魔力を込めながら、石をぽーんと頭上に投げてはキャッチする。最近は、木刀以外の色んなものに魔力を通すチャレンジもしていたのだ。
ぽーん、ぱしっ。
ぽーん、ぱしっ。
その時、投げた石がわずかに左へと逸れた。
「おっと」
俺は咄嗟に、空いていた『左手』を伸ばして石をキャッチした。
その瞬間。左手には、無意識のうちに『攻撃』の魔力が練り上げられていた。
(あっ、やべ……! 砕ける!)
俺は慌てて目を閉じたが……石は、砕けなかった。
右手で込めた『守り』の魔力が石の内部に残り、左手で触れた瞬間に『攻撃』の魔力がその外側を覆ったのだ。
「あれ……?」
俺はその石を、試しに川の真ん中へ向けて思い切り投げつけてみた。
ズドォォォォォンッ!!!
川底に石が激突した瞬間、爆発したかのような激しい水柱が天高く舞い上がった。
「な……っ!? いまの……できたのか?」
俺の脳裏に、強烈な閃きが走った。
「そうか! 『同時』にやらなくていいんだ! 右と左で役割を分けて、タイミングを変えればいいんだ!!」
俺は弾かれたように立ち上がり、真新しい木刀を手に取った。
まず、右手で木刀の柄をしっかりと握り、『守り』の魔力を流し込んで木刀自体を強固にコーティングする。
次に、空いた左手に『攻撃』の魔力を限界まで集中させる。
「いくぞ……!」
俺は、攻撃の魔力を纏った左手で、木刀の柄の根元から切先に向かって、刃を撫でるようにスッと滑らせた。
ブゥンッ!!
木刀の周囲に、凄まじい威力の魔力の刃が形成される。内部は右手の守りで保護されているため、木刀が砕ける気配はない。
「よしっ!!」
俺はそのまま、近くにあった身の丈ほどもある巨大な岩を目掛けて、木刀を全力で振り抜いた。
ズバァァァァァッッッ!!!
「…………」
木刀は、砕けていない。
巨大な岩は、まるで豆腐のように綺麗な断面を見せて、ズレるように真っ二つに砕け散った。
「で、できたぁぁぁぁぁーーーーっ!!!」
俺は木刀を天に突き上げ、歓喜の雄叫びを上げた。
3週間の泥臭い努力が、ついに実を結んだ瞬間だった。
「ははっ……やった、やったぞ……」
極度の集中と疲労が限界を超え、俺は糸が切れたようにその場に倒れ込んだ。土の匂いを感じながら、まぶたが重く落ちていく。
『やれやれ。無茶ばかりしおって』
『がははっ! でも、すげぇ一撃だったぜ兄ちゃん!』
薄れゆく意識の中で、俺の影から現れたハクが、大きな口で俺の服の後ろ襟を優しく咥え上げるのを感じた。
そのままタンクのふかふかの背中へと乗せられる。
「へへっ……ハク、タンク……俺、できたよ……」
『ああ。よくやった、主よ。今はゆっくり眠るがいい』
俺は嬉しそうに寝ながら笑い、深い眠りへと落ちていった。
主の確かな成長を心から喜ぶ、頼もしい従魔たちの温かい気配に包まれながら。
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