第53話:敗北の朝と、とびきりのご飯
翌朝。
チュン、チュンという小鳥の囀りで、俺はゆっくりと目を覚ました。
「……んっ」
『リオン! 気がつかれましたのね!』
「きゅぴぃぃっ! リオン、リオンー!!」
心配そうに覗き込んでいたリコとルーが、俺の顔を見るなり弾かれたように飛びついてきた。
「ここは……?」
『私たちが泊まっていた、王都の宿屋ですわ』
「そっか……痛っっ!!」
身を起こそうとした瞬間、胸に焼け付くような激痛が走った。そうだ……俺はあの霊峰の頂で、バハムートの尾に切り裂かれたんだ。
あの圧倒的な力の差、死の恐怖がフラッシュバックする。
「ハクとタンクは!? 無事なのか!?」
『我はここにいるぞ、主』
俺の影の中から、静かにハクが顔を出した。背中の傷は完全に塞がっているようだ。
「ハク……もう大丈夫なのか?」
『問題ない。タンクは裏庭にいるぞ。行ってみるがいい』
俺は痛む胸を押さえながら、リコたちと一緒に裏庭へと向かった。
そこには、朝日を浴びて大きなあくびをしているタンクの姿があった。
「タンク……! 大丈夫か!?」
『がははっ! 兄ちゃん、起きたか! さすがにちょっと痛かったが、この通り問題ねぇぜ!』
タンクは力こぶを作るように前足を曲げて見せた。全身にあったはずの酷い火傷の痕も、綺麗に治っている。
『リコとルー、あと……この前の姉ちゃんに世話になったからな』
「この前の姉ちゃん?」
俺が首を傾げると、リコが事の顛末を教えてくれた。
俺が意識を失った後、リコが魔力切れ寸前になり、ルーが王都を駆け回って『星天の導き』のセリアさんを呼んできてくれたこと。
そして、ルーの『クリーン』でバハムートの呪いを払い、セリアさんの高位回復魔法で俺たちが一命を取り留めたこと。
「そうか……みんなに、助けてもらったんだな……」
俺はギリッと拳を握りしめた。
俺が昨日、無謀にもバハムートに突っ込んでいったせいだ。グリフォンを倒せたことで、完全に慢心していた。
あんな馬鹿な真似をしなければ、みんなが死にかけるような危険な状況は生まれなかったのに。
(俺のせいだ……俺が弱いから……!)
激しい罪悪感が胸を締め付ける。
「みんな……ごめ――」
俺が深く頭を下げて謝罪の言葉を口にしようとした、その言葉に被せるように。
『――あー、腹が減った』
ハクがわざとらしく大きなため息をついた。
『我は肉が食いたい。あと、甘いものも頼む』
『私はチーズインハンバーグが食べたいですわ』
リコが澄ました顔で続く。
『俺は新しいやつ頼むぜ兄ちゃん! いつも楽しみにしてるからな!』
「きゅぴ! ぼ、僕、『カラアゲ』っていうの食べてみたい! リコとタンクがすっごく美味しかったって言ってたから!」
俺はポカンと口を開けた。
……なんて奴らだ。俺の重苦しい謝罪なんて聞きたくないとばかりに、好き勝手に食べたいものをオーダーしてきやがる。
(……気にするなって、言ってくれてるんだな)
言葉にしなくても、従魔たちからの「生きていればそれでいい」「美味しい飯が食えればそれでいい」という不器用で温かい優しさが、痛いほど伝わってきた。
その優しさが、たまらなく嬉しかった。
「……っ、ふはっ」
俺は堪えきれずに吹き出し、目尻に滲んだ涙を腕で乱暴に拭った。
「好き勝手オーダーしやがって! 笑……ちょっと待ってな。とびきり美味いヤツを作ってやるよ!!」
異世界に来て初めての敗北。
だけど、誰も下を向いていない。みんな笑っている。もっと強くなって、絶対にこいつらを守れるようになりたい。俺は胸の中で固く誓いながら、満面の笑みで立ち上がった。
◇ ◇ ◇
「よーし! まずは王都への道中で倒した『コカトリス』の素材をギルドで貰ってくるか!」
俺たちは朝一番で冒険者ギルドへ向かい、預けていた魔物の解体と精算を済ませた。
食材以外の素材を売り、見事なコカトリスの肉と卵を大量にゲット。さらに蛇の尻尾部分の皮と、鳥の羽が高級素材として高く売れ、なんと『金貨200枚』という大金が手に入った。
「すげぇ……。なあリコ、このコカトリスの卵って、ダチョウの卵くらいデカいのに6個もあるぞ。鳥と蛇、どっちの卵なんだ?」
『そうですね……質としては鳥寄りの卵ですが、一度に産む数は蛇のように多いという、まさに混血魔物ならではの特徴ですわね』
「寄りってなんだよ……笑。でも、これだけ大きくて数があるなら、色々作れそうだな!」
ホクホク顔で宿に戻った時。
ロビーには、俺たちの具合を心配して訪ねてきてくれたセリアさんとジークさんの姿があった。
「リオン君! 目が覚めたみたいね。体の具合はどう?」
「よぉ、生きてるか?」
「セリアさん、ジークさん! その節は俺たちを助けていただいて、本当にありがとうございました!」
俺が深く頭を下げると、ジークさんは「気にするな」と笑って手を振った。
「ちょうど今から、裏庭でみんなにご飯を作ろうと思っていたところなんです。命の恩人のお二人にも、俺の料理をぜひ食べていってほしいんですが……」
「料理? ふふっ、リオン君の手料理ならぜひご馳走になりたいわね」
◇ ◇ ◇
「よし! 今回のメニューは超豪華だ!」
俺は宿の裏庭に調理台を展開し、【神速】と料理の知識をフル稼働させる。
まずは『唐揚げ』だ。醤油とニンニクでしっかり下味をつけた肉に、以前市場で買っておいた片栗粉に似た粉をまぶし、たっぷりの油でカリッと二度揚げにする。
隣のコンロでは『チキン南蛮』の準備。こっちは肉に小麦粉と溶き卵(コカトリスの卵)をたっぷりと絡ませてからふっくらと揚げ、甘酸っぱい特製の『甘酢ダレ』にジュワッとくぐらせる。
そして、茹で上がった巨大なコカトリスの卵を細かく刻み、玉ねぎと自家製マヨネーズをこれでもかと混ぜ合わせる。卵の味が濃いため、黄金色に輝く超濃厚な『特製タルタルソース』が完成した。
これを甘酢ダレの肉に雪山のようにぶっかければ、俺の故郷の悪魔的料理、チキン南蛮の完成だ!
さらに別のフライパンで、フォレストドラゴンの肉を使ったハンバーグの表面を焼き上げる。中に仕込んだ極上のチーズが熱で溶け出し、肉汁と混ざり合って暴力的な香りを放つ。残ったタネはパン粉をつけてサクサクのメンチカツに!
「デザートもいくぞ! 氷魔法、よろしく!」
『ふん、任せておけ』
ハクの冷気で、コカトリスの卵の黄身を贅沢に使ったプリン液を一気に冷やし固める。大きな卵だからこそできる、濃厚でトロトロの極上プリンだ。仕上げにほろ苦いカラメルソースをた〜っぷりと垂らす。
◇ ◇ ◇
宿の裏庭に、王都の貴族も腰を抜かすような極上の料理が並べられた。
「みんな、待たせたな。……いただきます!!」
「きゅぴぃっ! カリカリでお汁がいっぱい出る〜っ!」
初めて『唐揚げ』を食べたルーが、熱さにハフハフしながらも目を丸くして感動している。
「なっ、なんだこの料理は!? この『チキン南蛮』という肉にかかっているソース……卵の濃厚なコクと酸味が絶妙で、いくらでも食べられちまうぞ!」
ジークさんがチキン南蛮と白米を猛烈な勢いでかき込んでいる。
『んんんっ! このハンバーグの中から溢れ出す、とろっとろの濃厚なチーズ……! たまりませんわ! ご飯が、お米が無限に吸い込まれていきます!』
無類のチーズ好きであるリコは、チーズインハンバーグに目を輝かせながら白米と格闘していた。
『がははっ!! こっちのメンチカツってやつも最高だぜ! サクサクの衣の中に、肉汁がたっぷり詰まってやがる!』
タンクも巨大な口でメンチカツを次々と平らげていく。
そして食後のデザート。
「……信じられない。こんなに卵の味が濃くて、とろけるような甘いお菓子なんて、王都の宮廷料理でも食べたことがないわ……!」
セリアさんが目を輝かせながら、濃厚なプリンを一口ずつ大切に味わっている。
『……むっ。このトロトロのプリンと、カラメルのほろ苦さが絶妙だ。これは……悪くない』
甘いものを所望していたハクも、尻尾をゆらゆらとご機嫌に揺らしながら皿を綺麗に舐め回していた。
「あははっ! いっぱいあるから、どんどんおかわりしてくれよ!」
俺もチキン南蛮を白米にワンバウンドさせて口いっぱいに頬張る。
美味い。みんなと食べるご飯は、やっぱり世界で一番美味しい。
敗北の恐怖は、もうない。
腹の底から湧き上がる温かい食事の力と、強固な絆を胸に秘め。
俺たちは、王都での次なる波乱に向けて、力強く立ち上がったのだった。
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