第51話:霊峰の頂、絶対的な存在との遭遇
グリフォン亜種を討伐した頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
俺たちは山頂へ向かうのを明日に延ばし、森の開けた場所で野営をすることにした。
「なぁリコ、ここで寝て大丈夫か? またグリフォンが襲ってきたりしない?」
『ご安心なさいな。先ほどリオンが倒した亜種が、あのグリフォンたちの群れのボスです。野生の魔物は、ボスを倒した相手に挑んでくるような愚かな真似はしませんわ。念のため結界も張っておきますから、ゆっくり休んでくださいな』
「そっか、よかった」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
安全が確保されたとなれば、次は夕食だ。
「みんな、何が食べたい?」
『肉だ肉!』
『我も肉を所望する』
「きゅぴ! お肉ー!」
疲れているし、あまり手の込んだものは作りたくない……。
そうだ、マジックバッグの中に、グランツの街で作った『合挽き肉』と『パスタ(乾麺)』、それにトマトソースの残りが大量にあったはずだ。
「よし、今日は『ボロネーゼ』にしよう!」
俺は巨大な鍋でお湯を沸かし、大量のパスタを茹で始める。
隣のフライパンでは、ニンニクの香りを移したオリーブオイルで合挽き肉を炒める。肉の表面にこんがりと焼き色がつき、香ばしい匂いが漂ってきたところで、玉ねぎとトマトソース、赤ワインを入れる。
さらに味の決め手として、日本の『ウスターソース』や『コンソメ』に似た異世界特有の調味料を隠し味に加え、じっくりと煮詰めていく。
「疲れてるのに、俺もよくやるよな……」
苦笑いしながらも、完成した濃厚なボロネーゼソースを茹でたてのパスタにたっぷりとかけ、粉チーズを豪快に振って完成だ。
「よし、食ってくれ!」
『『『いただきます(だぜ・きゅぴ)!』』』
ズズズッ、ムシャムシャ!
ウスターソースとコンソメのコクが溶け込んだ濃厚なトマトソースが、モチモチのパスタにねっとりと絡みつく。挽き肉のゴロゴロとした食感が食べ応え抜群で、疲れた体に塩気と炭水化物が染み渡る。
外で従魔たちと車座になって食べる異世界のボロネーゼは、信じられないほど美味しかった。
みんなが夢中で食べている姿を見ると、疲れなんて吹き飛んでしまうから不思議だ。
◇ ◇ ◇
翌朝。
俺たちは改めて、霊峰ガルディスの探索を再開した。
麓の森には、特にこれといった異変は感じられない。
「やっぱり、怪しいのはあの雲がかかっている山頂だよな。全員に飛行魔法をかけるから、一気に飛び上がるぞ!」
俺の魔法でふわりと浮かび上がり、俺たちは一気に山の頂上へと飛翔した。
「なんだここ……」
雲を突き抜けて山頂に降り立った俺たちは、その異様な光景に息を呑んだ。
外から見ると王冠のようにギザギザに尖った岩山に見えたが、内側はすり鉢状にくり抜かれており、まるで東京ドームほどの広さがある巨大な『闘技場』のような平らな空間が広がっていたのだ。
周囲には分厚い雲が立ち込めており、視界が極端に悪い。
「ルー、何か魔物の気配は感じるか?」
「きゅ、きゅぅぅ……雲に濃い魔力が混ざってて、上手く探れないよぉ……」
「雲に魔力が? そんなこともあるんだな」
俺が不思議に思って首を傾げた、その時だった。
『……ッ!? リオン、いけません! この魔力の雲、ここは――!』
リコが叫び声を上げた瞬間。
空から『ドスッ』という重い音と共に、何か巨大なものが落ちてきた。
見ればそれは、全身をズタズタに引き裂かれた、Sランク魔獣・グリフォンの死骸だった。
『――つまらん』
頭上から、空気を震わせるような低く重い声が降ってきた。
『我が永き眠りから目を覚ましたというのに、集まってくるのはこんな雑魚ばかりか。……底の小バエども、貴様らは少しマシだといいがな』
ぞくり、と。
本能が警鐘を鳴らし、俺はゆっくりと上空を見上げた。
周囲の雲が晴れていく。すり鉢状の壁面には、数十体ものグリフォンの死骸がゴミのように転がっていた。
そして、空の頂点に『それ』はいた。
空を覆い尽くすほどの巨大な漆黒の翼。鋼鉄よりも硬く鈍く光る鱗。そして、神そのもののような絶対的な威圧感を放つ、超大型のドラゴン。
「な、なんだよ……あれは……っ!」
『やつの寝床は、ここになっていたのか……』
ハクが冷や汗を流して呻く。
『こいつが目を覚ますタイミングにカチ合うなんて、運が悪いにも程があるぜ……』
タンクの巨体が小刻みに震えていた。
ルーに至っては、あまりの恐怖で声すら出せず、その場にペタンとへたり込んでいる。
『竜王【バハムート】……。この世界で、その名を知らぬ者はおりません』
リコが、かつてないほど切羽詰まった声で告げた。
『バハムートの目覚めは、この世界の終わりを告げます……。リオン、今すぐここから脱出します!! ハクとタンクは全力でリオンたちを守りなさい!!』
リコが『フラッシュ』の光魔法を放ち、即座に俺たちの姿を隠す『ホログラム結界』を展開する。
俺は慌てて飛行魔法を発動し、すり鉢状の壁を越えて逃げようとした。
ガンッ!!
「ぐっ!? 結界が張られてる!?」
『小賢しい真似を…』
バハムートの傲慢な声が響く。
ハクとタンクが最大化し、本来の巨大な神獣の姿となって結界に渾身の一撃を叩き込むが、透明な壁はびくともしない。
『この程度の結界も破れんのか。つまらん。死ね』
バハムートの指先から、一筋の閃光が放たれた。
ドゴォォォォォンッ!!
俺たちがついさっきまでいた地面が、一瞬にしてクレーターと化す。間一髪で回避したものの、その桁外れの威力に俺は絶句した。
(でも……ハクもタンクも、今は本来の姿だ。凄まじい魔力を放ってる。俺だって、昨日グリフォンを倒したんだ……これなら、いける!!)
恐怖よりも、慢心と生存本能が勝った。
俺は【神速】と【隠密】を発動し、バハムートの死角へと回り込む。手に握るのは、昨日Sランクを仕留めた『ミスリル混成剣』。そこにタンクの重力魔法を限界まで込める。
「うおおおおぉぉぉッ!!」
俺は渾身の力で、バハムートの硬い鱗の隙間へ剣を突き立てた。
――パァンッ!!
「え?」
バハムートの鱗に触れた瞬間、ミスリルの剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。
バハムートは俺の攻撃など気にも留めず、退屈そうに大きなあくびをしながら巨大な尾を振るった。
回避など不可能だった。
「がはぁッ……!!」
鋭い尾の棘が俺の胸を深く切り裂き、鮮血が舞う。
『主ッ!!』
ハクが猛スピードで飛び込み、俺の服を咥えて空中へ退避する。しかし、バハムートは視線すら向けずに尾の軌道を変え、ハクの背中を無慈悲に薙ぎ払った。
『ガァァァッ!!』
「ハクッ!!」
俺とハクはバランスを崩し、地面に激しく叩きつけられた。全身の骨が軋み、深く抉られた胸からは大量の血が流れ出ている。
『先ほどの羽虫よりマシだと思ったが……やはり、つまらん』
バハムートが大きく口を開けた。
大きく開かれた顎の奥底に、先ほどの閃光とは比べ物にならない、星を滅ぼすかのような膨大な魔力が圧縮されていく。
「ルー……! 逃げろッ……!」
血を吐きながら、俺は動かない体で必死にルーを庇おうと腕を伸ばした。
その時。
『させねぇぇぇッ!!!』
タンクが俺たちの前に立ち塞がり、巨大な両腕を交差させた。
ドゴォォォォォォォォォッッッ!!!
バハムートの放った絶望の咆哮が、タンクの巨体を飲み込む。
しかし、タンクは一歩も退かない。彼の固有スキル【暴壁】――受けたダメージを魔力として蓄積する能力が極限まで発動し、全身から血を吹き出しながらも、ブレスの威力を相殺していく。
『おおおおおぉぉぉぉぉッ!!!』
タンクはその蓄積された膨大なエネルギーを、出口を塞いでいた『バハムートの結界』に向けて一気に放出した。
パリンッ! と、絶対不可侵の結界が砕け散る。
「脱出するぞ!!」
俺たちは血塗れになりながら、結界の穴を抜けて山頂から飛び降りた。
背後を振り返る余裕などなかったが、眠気を誘われたバハムートが追撃してくる気配はなかった。
◇ ◇ ◇
麓の森まで転がるように逃げ延びた俺たちは、全員が満身創痍だった。
俺の胸には致命傷に近い裂傷、ハクの背中も血塗れ、そしてタンクは全身に重度の火傷を負って倒れ伏している。
『リオン! ハク、タンク! しっかりなさい!!』
リコが必死に【ヒール】をかけ続けるが、回復がまったく追いつかない。
俺の意識が朦朧としていく中。
『主を……私の主を、死なせはしませんわ……ッ!』
リコの体が、神々しい純白の光に包まれた。
眩い光が収まった後。俺のぼやけた視界に映ったのは、小さな白いネズミの姿ではなかった。
白ネズミの面影を残す銀色の髪をなびかせ、神秘的なローブを纏った、息を呑むほど美しい『人間の女性(擬人化)』が、涙を浮かべて俺を抱きしめていたのだ。
「こ、これは……」
「お話しするのは後です! 今は一刻も早く、王都へ!!」
人型に覚醒したリコは、強大な【飛行魔法】と【広域回復魔法】を同時に展開し、俺たちを乗せて王都へと飛翔した。
異世界に来て初めて味わった、圧倒的な敗北。
そして、世界の終わり(バハムート)の足音は、確実に王都へと迫っていた。
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