第49話:共闘の結界と神獣の威光
「くそっ……! 勝ったと思ったのに……!」
脇腹から流れる血を片手で押さえながら、俺は歯を食いしばって立ち上がった。
一匹でも全力を尽くしてようやく倒したSランク魔獣。それが、さらにもう一回り大きな個体を連れて現れるなんて、絶望以外の何物でもなかった。
『主よ、下がってそこで見ておくがいい。これ以上の不覚、我が白虎の誇りが許さぬ』
ハクが静かに前に出る。その瞳には、主を傷つけられたことへの絶対的な怒りが宿っていた。
『リコよ。フィールド全体に解析の結界を展開し、我らとあの怪鳥の魔力の動きをすべて主に教えてやれ。主に我らの技を見せるのだ』
『……ハク、よろしいのですか?』
リコが驚いたように尋ねる。
本来、神獣や高位の魔獣にとって、自らの磨き上げてきた魔力操作や技の神髄を解析され、他者に教えられるというのは、手の内を盗まれるに等しい禁忌のはずだ。だがハクは、それを自ら「主に教えろ」と言った。
『がははっ! 俺も構わねえぜ! 兄ちゃんが強くなるなら安いもんだ!』
タンクも不敵に笑って肯定する。従魔たちの温かい信頼に、胸の奥が熱くなる。
『……承知いたしましたわ。【森羅の結界・全象解析】!!』
リコが叫ぶと同時に、俺たちの周囲数百メートルに及ぶ空間に、淡く輝く幾何学的な魔法陣の光が幾重にも広がった。
その瞬間、俺の視界が一変する。
(これは……魔力の動きが見える!?)
グリフォンが体内に練り上げている風の魔力の流れ、そして先ほど俺を切り裂いた「見えない斬撃」が、空間をどう歪めて飛んでくるのかが、色付きの線のようにくっきりと視認できるようになったのだ。
『ハッ!!』
ハクが鋭く吼えると、影がのびて二体の【影分身】が形作られた。さらにタンクが地面を踏みしめると、土が盛り上がり二体の巨大な【アースゴーレム】が召喚される。
分身体とゴーレムが、リコの解析結界のサポートを受けながら、巧みにグリフォンの風魔法を回避・防御しつつ、容赦のない近接攻撃を仕掛けていく。その隙に、ハクとタンクの足元には巨大な魔法陣が浮かび上がり、圧倒的な魔力が充填されていった。
先に動いたのはハクだった。
『我が領域に立ち入る愚者よ、凍てつくがいい。――【極氷世界】!!』
カァァァッ! と白い光がフィールド全体に広がり、俺の周りの気温が急激に下がり始める。
「冷っ……! なんだこれ、急に冬になったみたいだぞ!?」
『リオン、安心なさいな。この結界内にいる味方には影響しませんわ。ですが……グリフォンの周囲は、現在【マイナス五十度】の極寒の檻と化しています』
「マイナス五十度……! でも、フォレストドラゴンを凍らせたあの【絶対零度】に比べると、少し威力が弱いような?」
俺の率直な疑問に、リコは結界を維持しながら説明を続ける。
『確かに純粋な破壊力は絶対零度が上ですわ。ですが、絶対零度はピンポイントの攻撃。空を縦横無尽に動き回る相手に命中させるのは困難です。対してこの魔法は、回避不能の広範囲空間支配。足止めにはこれが最も効果的ですわ!』
「なるほど……!」
見れば、上空のグリフォンたちは、急激な極寒によって筋肉が強張り、目に見えて動きが鈍くなっていた。吐き出す息は真っ白で、呼吸は激しく荒れている。
「ギャァァァァッ!!」
危機感を覚えた二匹目の巨大なグリフォンが、全魔力を練り上げ、周囲の木々をなぎ倒すほどの巨大な漆黒の竜巻を引き起こした。
「なんて凄い魔力だ……! 吹き飛ばされるぞ!」
『がははっ!! そんなもん、俺が全部飲み込んでやるわ!! ――【冥王の引力】!!』
タンクが咆哮すると、彼が突き出した前足の先に、バチバチと赤黒い稲妻を纏った【漆黒の球体】が出現した。
その瞬間、周囲のあらゆる物質、光さえも吸い込むかのような凄まじい引力(重力)が引き起こされる。
「うおああっ!?」
『リオン、タンクの足元へ! 重力制御の範囲内にいなさい!』
グリフォンが放った巨大な竜巻は、形を維持することすらできず、タンクの黒い球体へとズブズブと吸い込まれて消滅した。
それどころか、空中をもがいていた一匹目の手負いのグリフォンが、その圧倒的な引力に逆らえず、悲鳴を上げながら球体へと吸い寄せられていく。
ドンッ!! と凄まじい衝撃音が響き、球体の重力圧に押し潰されたグリフォンが絶命した。
もう一匹の巨大な個体は、翼を広げて必死にその引力に耐えていたが――、
『我が隙を見逃すと思ったか?』
ハクの本体が、神速を超えた速度で肉薄した。
その爪には、結界の魔力を限界まで吸い上げた極大の氷の魔力が宿っている。
ズバァァァッッッ!!!
一閃。
氷の軌跡が空を割り、耐えていたグリフォンの首が、綺麗に宙を舞って消し飛んだ。
タンクが魔法を解除すると、重力球に吸い込まれていた一匹目が地面に落ちた。全身の骨がバキバキに砕かれ、原形を留めていない。
凄まじいSランク二体の同時討伐。その瞬間、俺の身体に今までにないほどの濃密な「経験値」が濁流のように流れ込んできた。
「……っ、熱い……!? なんだこれ、力が体の底から湧き上がってくる……!」
今までC級やB級の魔物を倒した時とは、文字通り次元が違った。リオンのレベルが爆発的に上昇し、それに伴ってステータスがグングンと底上げされていく感覚に、俺は震えた。
さらに、リコの結界から、今回の戦闘データが俺の脳内へと直接流し込まれる。
ピコーン!
【スキル:魔力探知を獲得しました】
【スキル:風魔法を獲得しました】
ハクとタンクの戦闘経験、魔力操作の感覚が、リンクを通じて俺の技術として爆発的に還元されたのだ。
「凄い……魔力の扱い方が、手に取るように分かるぞ……!」
『リオン、動かないで。今、傷を癒やしますわ』
リコが俺の肩の上から緑色の回復魔法をかけてくれ、脇腹の傷が急速に塞がっていく。
しかし、その治療の最中、リコがハッと息を呑んだ。
『――ッ!? リオン、警戒を!! さっきの二体とは、明らかに魔力の質が違いますわ……!』
森の奥から、静かに這い出てくる影があった。
それは、全身の羽毛が不気味な漆黒に染まり、赤い瞳を爛々と輝かせた、一回り巨大な【グリフォン亜種】だった。
「……我が同胞を、よくも殺してくれたな、人間め……」
「え……?」
頭の中に、低く響く男の声が聞こえた。
ハクから共有されているスキル【魔を知る者】の効果だ。目の前の黒い怪鳥が、明確な知性を持ち、俺たちを呪詛の籠もった言葉で睨みつけているのだと理解できた。
ハクとタンクが再び前に出ようとする。だが、俺はそれを手で制した。
「ハク、タンク。……次は、俺にやらせてくれ」
俺は『ミスリル混成剣』を強く握り直し、ゆっくりと立ち上がった。
今までの俺は、ただステータス任せに剣を振るうだけの素人だった。だが、ハクたちの戦いを見せてもらい、その魔力操作の神髄を脳に刻み込まれた今の俺は――違う。
一人の「戦士」として、俺は覚醒した。
「ギァァァァァァッッッ!!!」
グリフォン亜種が激昂し、その巨体から黒い稲妻を纏った巨大な大竜巻を発生させる。
激しい嵐が吹き荒れる中、俺は不敵に微笑み、一歩を踏み出した。




