第48話:霊峰ガルディスと、空の王者グリフォン
翌朝。
俺たちは王都のギルドへ向かい、受付で『霊峰ガルディス』の調査任務を受ける旨を伝えた。
「霊峰ガルディスですね。現在、あの周辺ではAランクの魔物が急増しており、中には『Sランクの魔物を見た』という噂まであります。どうか、お気をつけて」
受付嬢からの物騒な警告を受け取り、俺たちは王都を出発した。
霊峰ガルディスまでは、徒歩で向かえば三〜四日はかかる距離だという。
しかし、王都の門を出てすぐ、その山が他の山とは全く違う異様な存在感を放っているのが分かった。今日は見渡す限りの雲一つない青空だというのに、ガルディスの山頂付近にだけ、どんよりとした分厚い暗雲が渦を巻くようにかかっているのだ。
「なんだか、不気味な山だな……」
『がははっ! 心配すんな兄ちゃん! 俺の足なら今日中には着くぜ!』
頼もしいタンクの背中に乗り、俺たちは土煙を上げてガルディスへと爆走した。
◇ ◇ ◇
霊峰ガルディスに入る手前の鬱蒼とした森に差し掛かった途端、さっそく歓迎の魔物たちがお出ましになった。
巨大なカマキリの魔物が三匹と、不気味な触手をうねらせる植物系の魔物が五体。いずれもBランク相当の凶悪な魔物だ。
「よし、俺も戦うぞ! 貴重な実戦の修行だ!」
俺が『ミスリル混成剣』を抜くと、タンクとハクもやる気満々で前に出る。リコは俺の肩の上から冷静に敵を分析している。
「きゅ、きゅぅぅ……」
だが、足元にいたルーだけは、恐ろしい魔物たちの姿にガタガタと震えてうずくまっていた。
俺はしゃがみ込み、ルーの頭を優しく撫でた。
「ルー! 無理しなくていい、後ろに隠れていろ! リコ、ルーに結界を張ってやってくれ!」
『承知いたしましたわ』
リコが素早くルーを強固な防護結界で包み込むのを確認し、俺たちは一気に魔物の群れへと突っ込んだ。
「はぁっ!」
俺はステータスに任せた膂力でカマキリの鎌を弾き飛ばし、一刀両断する。タンクが巨大な角で植物の魔物を粉砕し、ハクが目にも止まらぬ速さで残りの敵の首を刎ね飛ばした。
ものの数分で、八体の魔物は物言わぬ骸へと変わった。
「ふぅ……。なあリコ、こいつら食べれるのかな?」
俺が期待を込めて尋ねると、リコは即答した。
『残念ながら、この魔物たちは虫と植物ですので、食事には不向きですわね。ですが、カマキリの鎌や魔石は良い素材として売れると思いますわ』
「そっか、残念」
俺は素材を手早く回収すると、結界の中で震えているルーを迎えに行った。
「ルー、大丈夫か? もう終わったぞ」
「きゅぴ……ごめんなさい、リオン。僕、怖くて……全然役に立てなくて……」
大きな目に涙を浮かべて謝るルーを、俺はヒョイと抱き上げた。
「馬鹿言うな。ルーは俺たちの大事な仲間だぞ。怖い時は隠れてていいんだよ。それに、もし毒とか厄介な状態異常を食らったら、ルーの『クリーン』で治してもらわないといけないからな!」
「きゅきゅっ……!」
俺の言葉に、ルーは安心したように顔を擦り付けてきた。
◇ ◇ ◇
さらに森の奥を進み、襲い来る魔物たちを蹴散らし続けると、やがて木々が途切れ、開けた場所に出た。
目の前には、天を突くような巨大な岩山――霊峰ガルディスがそびえ立っていた。
「凄い迫力だな……。麓から見る限り、特に変わった異変はなさそうだけど。やっぱり怪しいのは、あの雲がかかっている山頂かな?」
俺が空を見上げて呟く。
「昨日覚えた『飛行魔法』を使えば、一気に山頂まで行けそうだな」
そう提案した、次の瞬間だった。
『リオン!! 上ですわ!!』
リコの鋭い警告と同時に、上空から巨大な影が猛スピードで降ってきた。
「なんだっ!?」
『あれは【グリフォン】です! Sランクの魔獣……今までの敵とはレベルが違いますわ、絶対に油断しないように!!』
獅子の下半身に、巨大な鷲の上半身と翼を持った伝説の魔獣。
ルーが慌てて岩陰に隠れる中、俺、タンク、ハクは即座に戦闘態勢に入った。
「ギャァァァァァッ!!」
グリフォンは俺たちから離れた上空に滞空したまま、鋭い鷲の前足で空間を引っ掻くように振り下ろした。
シュッ……!
「え?」
全くの無音。しかし、ハクが凄まじい速度で横にステップを踏んで避けた。
直後、俺とタンクの体に「見えない何か」が激突した。
「ぐおっ!?」
『ぬおっ!?』
一撃の重さ自体はそれほどでもないが、見えない刃に斬りつけられたような鋭い痛みが走り、俺とタンクは後方に吹き飛ばされた。
「なんだよこれ……っ!」
『風魔法ですわ! グリフォンは風を操り、見えない斬撃を飛ばしてきますのよ!』
「それ早く言えよ!」
俺は痛む腕を押さえながら立ち上がり、反撃に出る。
「【ロックランス】!!」
俺の手から巨大な岩の槍が射出される。しかし、グリフォンは槍が届くより早く、俺の「魔力の高まり」を察知してさらに上空へと飛び上がり、あっさりと回避した。
「避けられた!?」
『ふんっ!』
すかさずハクが跳躍し、空中のグリフォンへ向けて鋭い爪を振るう。だが、空を制するグリフォンはさらに高く舞い上がり、ハクの攻撃すらも空を切った。
「ギャァァァァァァッ!!」
グリフォンが耳をつんざくような咆哮を上げ、巨大な翼を大きく羽ばたかせた。
シュバババババッ!!
今度は無数の見えない風の斬撃が、雨あられのように俺たちを襲う。
「くそっ、遠距離から撃ち下ろされるだけじゃ戦いにくい……!」
俺は【飛行魔法】を発動し、自ら上空へと飛び上がった。
「おらぁっ!」
空中で『ミスリル混成剣』を振りかぶるが、やはり空中戦はグリフォンの絶対的な領域だった。強風を操り、紙一重で俺の剣をかわすと、そのまま死角から鋭い爪で反撃してくる。
ガァンッ!!
「ぐっ……! つ、強い……! これがSランクの魔獣か……!」
ステータスの暴力だけでは攻撃が当たらない。実戦経験と空中戦の練度の差が、はっきりと浮き彫りになっていた。
だが、負けてはいられない。
(まずは動きを封じる……!)
「【フラッシュ】!!」
俺は至近距離で強烈な目眩ましの光魔法を放った。
しかし、光が炸裂した瞬間、グリフォンは巨大な翼で顔を覆い隠し、完全に光をガードしていた。
「なっ!? 動きが読まれてる!?」
目を細めたグリフォンの鋭い嘴が、空中で動きの止まった俺の首元へ迫る。
(やられる……!)
そう思った瞬間。
ドゴォォォンッ!!
下から跳躍してきたハクの強烈な蹴りがグリフォンの腹に決まり、グリフォンの体勢が大きく崩れた。俺はその隙に、飛行魔法で急降下して脱出する。
「はぁっ、はぁっ……ありがとう、ハク!」
俺が冷や汗を流して礼を言うと、ハクが地面に着地しながら呆れたように言った。
『このような魔獣に苦戦するようでは、主もまだまだだな』
「うっ……。強くなったつもりでいたけど、やっぱり上には上がいるな……」
俺は己の未熟さを痛感しながら、肩のリコに助言を求めた。
「リコ、どうしたらいい!? あいつ、こっちの魔法も動きも全部先読みしてくるぞ!」
『グリフォンは、リオンの【魔力の動き】を読んでいるのですわ。魔力を感知する能力が非常に高いと推測されます。闇雲に大技で攻撃するのではなく、相手の隙を作り出してから攻撃しなさいな!』
「魔力感知か……分かった、ありがとう!」
俺は作戦を切り替えた。
【神速】を発動し、一瞬で地上の森の中へと駆け込む。木々の影に身を隠した直後、ハクから共有しているスキル【隠密】を発動した。
ピタリ、と俺から発せられる魔力と気配が完全に消滅する。
「ギャァ?」
上空で旋回していたグリフォンが、突然見失った俺の魔力を探してキョロキョロと首を動かした。
(今だ……!)
俺は木々を蹴って跳躍し、飛行魔法を最小限の魔力で発動させ、グリフォンの完全な死角――背後の上空へと飛び上がった。
「もらったぁぁぁっ!!」
気配を消したまま背後を取り、渾身の力を込めた『ミスリル混成剣』を振り下ろす。
ズバァァァァァッ!!
「ギッ……ギャァァァァァァッ!!?」
背中を深く斬り裂かれたグリフォンが、鮮血を散らしながら悲鳴を上げ、バランスを崩して地面へと墜落していく。
ズドォォンッ!!
土煙を上げて地面に叩きつけられたグリフォンを見て、俺は勝利を確信した。
「よし! これでとどめだ!」
俺は飛行魔法で一気に加速し、倒れ伏すグリフォンの首を刎ねようと一直線に急降下した。
その瞬間。
シュパンッ!!!
「――がはっ……!?」
俺の脇腹を、横から飛んできた「見えない斬撃」が深く抉った。
「……え?」
鮮血が宙に舞い、激痛と共に俺の体が弾き飛ばされ、地面に無様に転がった。
血を流しながら、斬撃が飛んできた方向――森の暗がりへ視線を向ける。
一体何が起きたのか。
そこにいたのは、信じられない存在だった。
「グルルルルル……」
森の奥から、墜落した一匹目よりもさらに一回り大きく、禍々しい魔力を放つ『もう一体のグリフォン』が、静かに姿を現したのだ。
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