第45話:お姉さんの誘惑と、初めての飛行魔法
一大クラン【星天の導き】のリーダー・ジークからの熱烈なスカウトに対し、俺は苦笑いを浮かべて頭を下げた。
「せっかくのお誘いですが、俺は自由気ままに旅をするのが好きなので。丁重にお断りさせていただきます」
「そうか、残念だ。もし気が変わったら、いつでも声をかけてくれ」
ジークが引き下がった直後、ずっと黙っていた賢者のセリアが、俺の手元にある食事をじっと見つめていることに気付いた。
胸元や太ももが大きく開いた、露出の高い服を着たとても美しい女性だ。
「ところで……君たち、一体何を食べているの? すごく良い匂いがするんだけれど。私、まだお昼を食べていなくてお腹がペコペコなの。一口、いただいてもいいかしら?」
「おいセリア、初対面の相手に失礼だぞ」
ジークが止めるのも聞かず、セリアは期待に満ちた目で俺を見つめてくる。
「構いませんよ。ちょうど一人分余ってますから、よかったらセットでどうぞ」
俺が新しいテリヤキバーガーのセットを差し出すと、彼女は上品に、しかし大きな口を開けてハンバーガーにかぶりついた。
その瞬間。彼女の美しい顔が、雷に打たれたように固まった。
「なっ……!? 美味しい……っ!! 何これ、パンがふわふわで、お肉から甘くてしょっぱい肉汁が溢れてて……!」
セリアは目を輝かせながら、無我夢中でハンバーガーを頬張る。
さらに、横に添えられたフライドポテトを口に放り込み、冷えたバナナシェイクをストローで一気に吸い上げた。
「んんっ! このお芋、外はサクサクなのに中はホクホク! 塩気がちょうど良くて、この甘いバナナの飲み物が熱くなったお口をスッキリさせてくれるわ。魔法みたいな組み合わせね!!」
ガバッ!!
感動のあまり理性が飛んだのか、セリアが俺に勢いよく抱きついてきた。そのまま俺の手を両手でギュッと握りしめる。
豊満な胸が腕に押し付けられ、大人の甘い香りが鼻をくすぐる。
「ねえリオン君! やっぱり私たちのクランに入って! そして毎日、このお料理を私に作ってちょうだい!! お願いっ!!」
「えっ、ちょっ、セリアさん、近い近い! 当たって……っ!」
こっちに来てから初めてこんな綺麗なお姉さんに抱きつかれ、俺の顔は一瞬で茹でダコのように真っ赤になった。
俺が必死に視線を泳がせていると、セリアは少し冷静さを取り戻したのか、至近距離のまま、不思議そうな顔で俺の瞳をじっと覗き込んできた。
「それにしても……こんな料理、初めて食べたわ。あなた、一体どこの国の人なの?」
「ええっ!? あ、いや……えっと、ちょっと遠い東の隠れ里的な場所の出身でして……」
前世が地球の日本人だなんて言えるはずもなく、俺が必死に誤魔化そうと顔を上気させていると、セリアはクスッと妖艶に微笑んだ。
「ふふ、かわいい。私ね、あなたみたいなミステリアスな男の子、好きよ」
耳元で囁くような甘い誘惑。
それを見ていたザックとゴルドの顔が、ギリィッ! とさらに険しくなり、明確な殺意に近いイライラを放ち始めた。
「邪魔したね! 君、本当に気が変わったら来てくれよ。行くぞ、お前たち!」
居たたまれなくなったジークが慌ててセリアを引き剥がし、彼女に飛行魔法をかけさせた。
「絶対にまた作ってねー!」と手を振るセリアを連れ、4人はあっという間に王都の方角へと空高く飛んでいってしまった。
「……嵐のような人たちだったな」
俺が赤い顔を擦っていると、肩の上のリコからジトッとした冷たい念話が飛んできた。
『……リオン。少し鼻の下が伸びておりますわよ』
「し、仕方ないだろ!? あんな綺麗なお姉さんに急に抱きつかれて誘惑されたんだ、男なら誰だって気になっちゃうって!」
俺が必死に弁解すると、リコは『はぁ』と呆れたようなため息をついた。
『まあ良いですわ。解析と鑑定の結果をお伝えします。リーダーのジークと、あの賢者のセリアは間違いなく【S級】。残りのザックとゴルドは【A級】でしたわ。特にあのジークが腰に帯びていた剣……あれは魔導聖剣『エクセリオ』。剣自体が意思を持っており、主の動きに合わせて自律して魔法を放つというとんでもない代物です。彼一人が、前衛の剣士と後衛の魔法使いのペアで戦っているようなものですわ』
「剣が勝手に魔法を撃つ!? そりゃあ将来ギルドを作ろうなんて大口を叩くわけだ。……あ、そうだリコ。あのセリアさん、『賢者』って言われてたけど、普通の魔法使いと何が違うんだ?」
『【賢者】とは、攻撃魔法と回復魔法の両方の頂点に立った者だけが名乗れる職業ですわ。とてつもない魔力と技能を持っていましたわよ。……それと、ついでの報告ですが。彼らが去り際に使った『飛行魔法』の術式、完全に解析しておきましたわ。さっそく試してみますの?』
「マジで!? 空飛べるの!? やるやる、今すぐ試したい!」
俺はワクワクしながら、さっそく森の開けた場所で飛行魔法を発動してみることにした。
リコの【高速演算】による魔力制御の完璧なサポートを受けながら、ゆっくりと意識を集中させる。
「お、おおっ……!」
足が地面からスゥッと離れ、体が宙に浮き上がった。
最初は少しふらついたものの、前世で自転車やスケートボード、あるいは浮遊感のあるゲームをしていた時の感覚を思い出すと、不思議とすんなりコツが掴めた。
「いける……動けるぞ!」
前方に意識を向けると、身体が滑るように空中を移動し始めた。リコのナビゲートに従って魔力を微調整していくと、俺は意外なほど空中移動が上手いということが分かった。木々の隙間をすいすいとすり抜け、まるで鳥になったかのような爽快感に包まれる。
『あら、意外とお上手ですわね。もっと手こずるかと思っていましたのに、大したセンスですわ』
「へへん、俺だってやればできるんだよ!」
空中をひとしきり飛び回って地面にストンと着地し、俺は満足感に浸った。
『ですがリオン。先ほどの残りの二人の男……彼らは、貴方に対して明確な【敵意】と【嫉妬】を抱いていましたわ。気をつけなさいな』
「え? 俺、あの人たちに何かしたかな……?」
全く心当たりのない俺は首を傾げたが、新しい魔法を覚えた興奮で、そんな小さな不安はすぐに吹き飛んでしまった。
「よし! 色々あったけど、そろそろ門の前の人たちの目も治った頃だろう。いざ、王都へ入るぞ!」
俺たちは荷物をまとめ、そびえ立つ王都の巨大な門へ向かって堂々と歩き出した。




