第4話:初めての異世界飯と、魂の共鳴
「あ、あの……若者よ、本当に助かった。ありがとう」
さっきまで腰を抜かしていた農夫さんをはじめ、村人たちが恐る恐る、だけど満面の笑みを浮かべて俺の周りに集まってきた。
ブラッドホースは、毒針を抜いてもらったおかげですっかり痛みが引いたらしい。
今は俺の背中に大きな頭をこすりつけ、すっかり甘えん坊の愛馬のようになっている。
「いえ、無事で良かったです。……ただ、この子、めちゃくちゃお腹が減ってるみたいで」
グゥゥゥ、と再び情けない音を響かせるブラッドホース。
それと同時に、俺の肩に乗った白いネズミからも、「じーっ」と無言のプレッシャー(お腹空いたビーム)が突き刺さる。
「ハハハ! 暴れ馬を大人しくさせた上に、腹の心配までしてくれるとはな。よし、うちの村の食材で良ければ、いくらでも使ってくれ!」
農夫さんのありがたい申し出に甘え、俺は村の広場にある調理場を借りることにした。
目の前に並べられたのは、地球では見たこともない異世界の食材たちだ。
ラグビーボールほどもある、表面がうっすら光るジャガイモのような根菜『ルミナス・ポテト』。
そして、少し青みがかった猪の肉『コバルト・ボアの肉』。
(なるほど……面白い食材だな)
一流ホテルのシェフとしての血が、ドクドクと騒ぎ出す。
和洋中あらゆるビュッフェ料理を仕切ってきた俺だ。どんな未知の食材であっても、五感を研ぎ澄ませば「正解の調理法」が見えてくる。
くんくん、と匂いを嗅ぎ、ほんの少しナイフで削って舌に乗せる。
「なるほど。この肉は少し脂が強いけど、ハーブのような爽やかな香りが奥にある。ルミナス・ポテトは熱を通すと、里芋みたいに強い粘り気とコクが出るタイプか……よし」
メニューは決まった。
前世のビュッフェでも大人気だった、中華の技法を取り入れた『コバルト・ボアの特製黒酢風炒め』と、和の技法を混ぜた『ルミナス・ポテトの濃厚ポタージュ』だ。
まずは大鍋で、刻んだポテトをじっくり煮込んでいく。
トントントントン……!
リズミカルな包丁の音が広場に響く。
そのあまりに鮮やかで無駄のない手つきに、見守る村人たちから「おお……」と歓声が上がった。
肉を高温の油で一気に揚げ焼きにし、旨味を内側に閉じ込める。
そこに、村にあった酸味のある果実の搾り汁と、ハチミツ、独自の調味料をブレンドした特製タレを投入。
ジュワァァァァァッ!!!!
凄まじい音と共に、甘酸っぱく、そして肉の濃厚な脂が焦げる極上の香りが辺り一面に炸裂した。
「な、なんだこの美味そうな匂いは……!?」
「ただのボア肉だぞ!? なんでこんな、鼻がハッピーになる匂いがするんだ!?」
村人たちがゴクリと生唾を飲み込む。
ブラッドホースも目を輝かせ、肩の上の白いネズミにいたっては、お髭をピクピクと激しく震わせて鍋を凝視している。
「よし、できたぞ。みんなで食べよう」
切り分けた料理を、ブラッドホース、そして白いネズミの前に並べる。
まずはスープを一口啜ったネズミが、ビクンと小さな体を震わせた。
『……っ!? な、なんですかこの滑らかな舌触りは……! ルミナス・ポテトの土臭さが完全に消え、クリーミーなコクだけが凝縮されています!』
間髪入れず、肉をパクリと口に運ぶ。
『ふにゃあぁぁ……!? 甘酸っぱいタレが、噛んだ瞬間に溢れる肉汁と絡み合って……脳が、脳の演算機能が美味さで麻痺しそうです……!』
いつもは気品ある敬語なのに、美味さの衝撃で語尾がフニャフニャになっている。
ブラッドホースも『ヒヒン!』と大喜びで、大皿の肉をもの凄い勢いで平らげていく。
「ははっ、口に合って良かったよ」
やっぱり、自分が作った料理を「美味い」と食べてもらえる瞬間が、料理人として一番幸せだ。
◆ ◆ ◆
その日の夜。
村の一室を貸してもらい、俺は静かな月明かりの下で、白いネズミと机を挟んで向かい合っていた。
「改めて、昼間はバタバタしてて言えなかったけど……。俺をあの裏路地から、この世界に連れてきてくれてありがとうな」
俺が微笑むと、ネズミは少し照れくさそうに顔を背けた。
『ふん、言ったはずです。私は私の胃袋のために、あなたへ先行投資をしたまで。……ですが、昼間の料理で、その投資が間違っていなかったと確信しました』
「相変わらず素直じゃないな(笑)。……あ、そういえば、お前のことなんて呼べばいい? 名前、なんて言うんだ?」
俺の問いかけに、ネズミは少しだけ誇らしげに胸を張った。
『私に個別の名前などありません。私は種族そのものが至高。【森羅の霊鼠】と呼ばれる存在ですから』
「いや、オラクル・マイスって種族名だろ? 長くて呼びにくいし……よし、じゃあ俺が名前を付けてあげるよ」
『えっ? 私に、ですか……!?』
ネズミは驚いたように小さな目を見開いた。
「ああ。元の世界でさ、俺が作ったリコッタチーズ入りのハンバーグを一番美味そうに食ってたろ? それに、お前は凄く頭が良くて『利口』だしな。だから――お前の名前は『リコ』ってどうかな?」
『り、リコ……』
ネズミ――リコは、自分の新しい名前を口の中で何度も転がすように呟いた。
『私ほどの高貴な存在に、そんな短くて可愛らしい名前を……。ま、まあ、響きは悪くありません。あなたの料理を専属で提供してもらう契約の証としては、極めて妥当な取引と言えるでしょう』
嬉しそうにフンスと鼻を鳴らすリコ。
すると、リコが今度は真っ直ぐに俺を見つめ返してきた。
『では、私からもあなたに名前を贈りましょう。あなたの元の名前は、この世界では少し響きが特殊ですからね。……私の【森羅の叡智】が導き出した、あなたの真の名は――「リオン」です』
「リオン……」
『ええ。いつかあらゆる魔物を惹きつけ、その頂点に立つに相応しい、気高き王の名です』
「リオン、か。いい名前だ、気に入ったよ。ありがとう、リコ」
俺が指先でリコの小さな頭を撫でると、リコは嬉しそうに目を細めた。
お互いに名前を贈り合い、心が完全に通じ合った、その瞬間。
ピコンッ! と、脳内に澄んだシステム音が鳴り響いた。
【特定条件:『相互名付け』および『食の共有による強い絆』をクリアしました】
【クラス『魔を知る者』の進行度が 9% に上昇しました】
【規格外スキル【能力共有】が解放されました】
【対象:子(光属性・リコ)の『演算能力』の一部を最適化し、還元します】
「な、なんだこれ……!?」
驚く俺の脳内に、突然、驚くほどクリアな情報が流れ込んできた。
部屋の外を流れる風の向き、村の周囲にいる野生動物の気配、そして目の前のリコとの繋がりが、まるで自分の手足のようにハッキリと感覚として理解できる。
『……リオン。今、信じられない文字が見えたのですが……』
リコが驚愕にヒゲを震わせ、空中のステータスプレートを見つめていた。
『あなたのクラス……ただのテイマーではありませんね。【魔を知る者】……しかも『進行度』という概念まで。それにこの【能力共有】、私の膨大な知識データベースにも存在しない、規格外のシステムです……!』
最弱の不遇職のはずのテイマー。
しかし、俺とリコが結んだ絆は、この世界の「常識」を最初から遥かに超越していた。




