第39話:極上の銀シャリと、異世界初のお家カレー
ルーの歓迎会を彩る、今夜のメインディッシュ。
俺はロレンス商会の厨房で、腕まくりをして魔法のコンロの前に立った。
「よし。カレーを作る前に、まずは絶対に欠かせない『最高の相棒』を準備しないとな」
俺はマジックバッグから、グランツの市場の片隅で偶然見つけて買い占めておいた『南方の白い穀物』――つまりは『お米』を取り出した。
冷たい水で手早く丁寧に研ぎ、厚手の鍋に米と適量の水を入れる。そのまま少し時間をおいて、お米にしっかりと水を吸わせてから魔法のコンロに乗せた。
「きゅぴ? リオン、お水とお豆を煮るの?」
ルーが不思議そうに鍋を見つめている。
「これはお米っていってな、美味しく炊き上がると魔法みたいにふっくらするんだぞ」
火加減は、俺の前世からの料理の勘だ。
まずは強火で一気に沸騰させ、グツグツと音がしてきたら弱火に落としてじっくりと火を通す。厨房に、お米特有のふわりとした甘い香りが漂い始めた。最後に一瞬だけ強火にして余分な水分を飛ばし、火を止めてじっと蒸らす。
「よし、炊けたぞ……!」
俺が期待を込めて鍋の蓋を開けると――。
パァァァッ……!
「きゅいっ!?」
立ち上る分厚い湯気と共に現れたのは、一粒一粒が真珠のように白く輝き、ピンと立った極上の『銀シャリ』だった。表面にはカニ穴と呼ばれるくぼみができている。完璧な炊き上がりだ。
「美味そう……! これだけでも十分ご馳走だけど、今日はこれに『最強のルゥ』を合わせるからな。さあ、次はカレー粉作りだ」
俺はリコに解析してもらった数種類のパウダースパイス(ウコン、コリアンダー、クミンなど)を絶妙な配合でブレンドし、フライパンで軽く乾煎りして香りを引き出す。
「クンクン……きゅぴ? なんだか、お鼻がムズムズする匂い……」
ルーが鼻をヒクヒクさせている。
スパイスの準備ができたら、次は日本のカレーの要である『とろみ』の元、自家製カレールゥ作りだ。
別のフライパンに多めのバターを溶かし、小麦粉を入れて弱火でじっくりと炒める。粉っぽさが消え、キツネ色になったところで先ほどのスパイスを投入した。
ジュワァァァッ!!
その瞬間、異世界には存在しなかった『本格的なカレー』の芳醇で暴力的なまでの香りが、厨房いっぱいに爆発した。
『な、なんですのこの匂いは……! リオン、私の唾液腺がおかしくなってしまいそうですわ!』
『がははっ! 兄ちゃん、腹の虫が暴れ出して止まらねぇぜ!!』
リコとタンクが身を乗り出してフライパンを凝視している。影の中にいるハクでさえ、ゴクリと喉を鳴らす気配が伝わってきた。
「まだまだ、これからだぞ」
隣の大きな鍋では、あらかじめ表面にこんがりと焼き色をつけた『ワイルドホーンブル(野牛)の肉』の塊と、大きめに切った玉ねぎ、それにルーがくれた人参を水でじっくりと煮込んである。
ホーンブルの肉から染み出した濃厚な旨味のスープに、先ほど作った自家製カレールゥを少しずつ溶かし込んでいく。
「おっ、いい感じにとろみがついてきたな」
グツグツと煮込まれる褐色のルゥ。最後に隠し味として、少しのハチミツと、市場で見つけた日本の『ウスターソース』や『コンソメ』に似た調味料を加えて味に深みを出す。
これこそが、俺が前世で慣れ親しんだ、とろみとコクのある『故郷のカレー』だ。
先ほど炊き上げたばかりの、ツヤツヤと輝くほかほかの白米。その上に、ゴロゴロとした肉がたっぷり入ったカレーを豪快にかける。
「待たせたな! リオン特製・異世界カレーだ! さっきの『魔法の野菜ジュース』と一緒に食べてくれ!」
全員の前に湯気を立てるカレー皿が並べられた。
まずは不思議そうに首を傾げているルーに、スプーン一杯のカレーを差し出す。
ルーがパクリと口に入れると……。
「…………きゅぴぃぃっ!?」
『お口の中が、ちょっとピリピリしてびっくりしてる! なにこれ、なにこれ!? でも、すっごくトロトロで、お肉の味が濃くて美味しいっ! お米の甘いお味とピッタリだよぉ!』
スパイスの刺激に驚きつつも、溢れ出す旨味と甘みに抗えず、ルーは尻尾をブンブンと振ってカレーを頬張り始めた。
そして、カレーのコクで口の中がいっぱいになったところで、冷たくて甘い『魔法の野菜ジュース』をゴクリと飲む。
『ふにゃぁぁ……あまいジュースを飲むと、お口の中がさっぱりして、もっともっとカレーが美味しく感じるよぉ!』
「ははは、だろ? カレーのコクと、フルーツジュースの爽やかさ。この組み合わせは、まさに黄金比率、無限ループなんだ」
『がははっ!! 兄ちゃん、こりゃあ反則だぜ! 飯を食ってんのに、余計に腹が減ってくるような感覚だ! どんぶりでおかわりだ!』
『計算された刺激とコク、そしてジュースによる休息の完璧な調和……。リオン、あなたは本当に恐ろしい料理人ですわね。私もおかわりをお願いしますわ』
俺の故郷の味である家庭的なカレーと、異世界の食材が奇跡の融合を果たした瞬間だった。
ロレンスさんも「この香辛料と小麦粉の使い方は料理の革命ですぞ!」と涙を流しながらカレーをかき込んでいる。
「きゅい〜ん……」
やがて、お腹がはち切れんばかりにパンパンになったルーは、安心しきった様子で俺の膝の上に丸くなり、幸せそうにスヤスヤと眠りに落ちてしまった。
美味しいジュースと、心温まる故郷の料理。そして、自分の言葉を理解してくれる主。
外の世界に怯えていた小さな魔獣にとって、ここは世界で一番安心できる場所になったようだ。
俺はルーの柔らかい背中を優しく撫でながら、満足そうに寝そべる従魔たちを見渡した。
「よし……腹ごしらえも済んだし、明日からはいよいよ王都に向けて出発だな」
未知なる食材と、新たな出会いを求めて。
俺たちの異世界放浪記は、まだまだ始まったばかりだ。
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