第38話:市場の不思議な果物と、魔法のミキサー
俺たちは冒険者ギルドを後にして、グランツの広大な市場へとやってきた。
ハクは街中で騒ぎにならないよう俺の影の中に潜み、【神隠し】のスキルで完全に気配を消している。タンクの背中にちょこんと乗ったカーバンクルは、すっかり俺たちに気を許した様子で、珍しい市場の景色を興味津々にキョロキョロと見渡していた。
「よし、約束の極上野菜ジュースを作るために、新鮮な材料を買い出しするぞ」
俺たちは八百屋の屋台を巡り、水気をたっぷり含んだ葉物野菜や、トマトに似た赤い果実を次々とカゴに入れていく。そして、果物屋の屋台で足を止めた。ジュースに自然な甘みと酸味を足すためのフルーツが欲しい。
「おじさん、この青くて丸い果物はなんていうの?」
俺が屋台に並んだ、水風船のようなプルプルとした果物を指差すと、店主の親父さんがニヤリと笑った。
「そいつは南の森で採れる『スライム・ピーチ』だ! 試しに一つ持ってみな」
「スライム?」
俺が手を伸ばし、その果物を掴もうとした瞬間――。
ツルゥンッ!
「うおっ!?」
果物の表面から突如としてローションのような滑る果汁が分泌され、俺の手のひらから魚のようにスルリと逃げ出してしまったのだ。屋台の上をプルプルと跳ねて逃げようとする果物を、俺は両手でガシッと押さえ込んだ。
「な、なんだこれ! 生きてるみたいに逃げるぞ!」
『ふふっ、リオン。それはスライム・ピーチが外敵から身を守るための防衛本能です。捕まえるのは少しコツがいりますが、味はとてもジューシーで甘いですよ』
リコが【森羅の叡智】で解説してくれる。俺は逃げ回るスライム・ピーチとの格闘を楽しみながら、ジュース用にいくつか購入した。
「よし、これで材料は……あ、そうだ」
商会に戻ろうかと歩き出した時――ふと、俺の足が止まった。
数日前、アイスに使うための香辛料を買った屋台だ。そこには、黄色や赤色の粉末、それに乾燥した木の実や種のようなものがズラリと並んでいた。
「リコ、ちょっと俺の代わりにあのスパイスの成分を調べてくれないか?」
『スパイスですの? ……分かりましたわ。少しお待ちになって』
リコの瞳に光の文様が浮かび上がり、屋台に並ぶスパイスを次々と解析していく。
『……リオン。あの黄色い粉末はウコンの根、茶色い種はクミン草の種子に極めて近い成分ですわ。他にもコリアンダーやカルダモンに酷似した香辛料が揃っていますわね』
「やっぱり!!」
俺は思わずガッツポーズをした。
俺の料理の知識と、リコの解析サポートがあれば――あの『最強の料理』が異世界で作れるかもしれない。
俺は興奮気味に、厳選したスパイスを必要な分だけ買い揃えた。
◇ ◇ ◇
ロレンス商会の厨房に戻った俺は、さっそくジュース作りの準備に取り掛かった。だが、大量の野菜や果物を手作業ですり潰すのは流石に効率が悪い。
「ロレンスさん、果物や野菜を一瞬で細かく砕いて混ぜ合わせるような調理魔道具ってありませんかね?」
俺が尋ねると、ロレンスさんは待ってましたと言わんばかりに、怪しく目を輝かせた。
「おやおやリオンさん、良いところに目をつけましたな。実は……王都の高級料理店でも数台しか導入されていない最新の魔導具、『渦巻きの魔導壺』がちょうど一台だけ在庫にありますぞ」
ロレンスさんが持ってきたのは、壺の底に風属性の魔石と特殊な刃が仕込まれており、魔力を流すと竜巻のように刃が高速回転して食材を粉砕する仕組みの道具だった。まさに魔法のミキサーだ。
「本来なら金貨8枚ですが……リオンさんにはいつも珍しい素材を卸していただいてますからな。金貨5枚で手を打ちましょう!」
「き、金貨5枚……!?」
めちゃくちゃ高い。だが、カーバンクルが「きゅぅ……?」と期待に満ちた瞳で魔導壺を見つめている。ここでケチるわけにはいかない。
「……買います。ロレンスさん、商売上手だなぁ」
金貨を支払い、俺はさっそく魔法のミキサーをセットした。
市場で買った葉物野菜とトマトモドキを適当な大きさに切って放り込む。
次は『スライム・ピーチ』だ。まな板の上でツルンッと逃げ出そうとするピーチを【神速】でガシッと捕まえ、包丁で表面にスッと切れ目を入れ、ペロリと皮を剥き取る。
ローションのような部分は皮と一緒に剥がれ落ち、中から瑞々しくて甘い香りのする果肉が顔を出した。それを切り分けて壺へと放り込む。
さらにカーバンクルがくれた『魔力を帯びた人参』も投入する。
「あとは氷だな。……ハク、ちょっと純度の高い綺麗な氷を出してくれないか?」
スゥッと影から白い前足だけが現れ、パチンッと爪を鳴らす。それだけで空気中の水分が凍りつき、キラキラと輝く美しい氷のキューブがコロン、コロンと魔導壺の中に落ちていった。
『ふん。造作もないことだ』
ハクの念話に苦笑しつつ、俺は少しのハチミツを加え、魔導壺に魔力を流した。
ゴォォォォォォッ!!
凄まじい風切り音と共に、野菜と果物、極上の氷が一瞬にして鮮やかなオレンジ色のフローズンジュースへと変わっていく。
「よし、完成だ! 『特製・魔法の野菜ジュース』だぞ!」
小さなグラスに注いで差し出すと、カーバンクルは恐る恐る一口飲んだ。
その瞬間、長い耳がピンッ! と真っ直ぐに立ち上がった。
「きゅいぃぃぃっ!!」
『あまぁい! 冷たくて、すっごく美味しい! 自分で育てた人参が、こんなにキラキラした味になるなんて……!』
俺の【魔を知る者】のスキルを通して、心からの喜びが人間の言葉として翻訳されて聞こえてきた。飲んだそばから、体の底から温かい魔力が満ち溢れてくるのがわかる。
「だろ? 砂糖じゃなくてハチミツを使ってるから、自然な甘さで飲みやすいんだ」
俺が普通に返事をすると、カーバンクルは目を丸くしてピタリと固まった。
「きゅ、きゅぴ?(ぼ、僕の言葉、わかるの?)」
「ああ、俺のスキルでな。他の人にはわからないけど、俺にはちゃんと聞こえてるぞ」
「きゅぴ!?(ぼ、僕の言葉、わかるの?)」
俺が頭を撫でてやると、言葉が通じる嬉しさに目を細め、服の裾をギュッと掴んで上目遣いで見上げてきた。
外の世界に怯えていた小さな魔獣が、俺の服の裾をギュッと掴み、上目遣いで見上げてくる。
『あの……僕、これからも一緒についていってもいい……?』
「もちろんだ。一緒に来るか?」
「きゅっ!」
カーバンクルは力強く頷いた。
「よし。じゃあ、俺たちの仲間になった記念に名前をプレゼントするよ。お前は【絶対防御】ですごい結界を張れるし、格好いい名前がいいよな。……『ロック』なんてどうだ?」
「きゅ、きゅぅ……?」
俺が自信満々に提案すると、カーバンクルはあからさまに戸惑った声を漏らして耳を寝かせた。
それと同時に、タンクとリコ、さらに影の中のハクからまで、冷ややかな、呆れ果てたような視線と気配が俺に突き刺さる。
「え? なんだよみんなして。ロック、格好いいだろ?」
「……リオン、本当に相変わらずそういうところは鈍いですわね。この子は女の子ですよ」
「えっ!? お、女の子ぉっ!?」
リコの衝撃の指摘に、俺は思わず声を裏返した。タンクやハクは最初から分かっていたようで、「今更気づいたのか」と言わんばかりにため息をついている。
「だ、だって一人称が『僕』だったから、てっきり男の子かと……!」
俺がパニックになりながら弁明すると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめた。まさかのボクっ娘だったとは。
「あ、焦った……。ごめんごめん、女の子ならロックはナシだな。うーん、女の子らしい可愛い名前……」
俺は改めて、彼女の額に輝く綺麗で澄んだルビーを見つめた。その輝きを見つめているうちに、一つの名前がふっと浮かんだ。
「よし……『ルー』。ルーって名前はどうだ?」
「きゅいっ! きゅぴぃぃっ!」
彼女は『ルー』という響きがとても気に入ったようで、嬉しさのあまりピョンピョンと厨房を跳ね回った。
「よし、今日からお前の名前はルーだ。よろしくな!」
新しい仲間の誕生に、厨房は温かい笑い声に包まれた。
俺は買い込んできたスパイスの包みを見つめながら、ニヤリと笑う。
「さあ、ルーの歓迎会も兼ねて、今夜の夕食は気合を入れるぞ! 異世界初の『特製スパイスカレー』の完成だ!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白い!」「神獣たちが可愛い」「続きが読みたい!」と少しでも思っていただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の何よりのモチベーションになります!
ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします!




