第37話:ギルドの緊急事態と、小さな勇者への賛辞
巨大な氷の彫刻となったフォレストドラゴンをマジックバッグに納め、俺たちは交易都市グランツの冒険者ギルドへと戻ってきた。
カーバンクルはまだ少し緊張しているのか、タンクの広い背中にちょこんと乗って身を縮めている。
俺が受付に向かうと、ちょうど奥から険しい表情をしたギルドマスターが姿を現した。
「ギルドマスター、森の奥地の調査から戻りました。報告があります」
「おお、リオンか! 早かったな。それで、森の奥はどうだった? 何が原因でディープ・フォレストベアが逃げ出してきたんだ?」
ギルドマスターの問いに、俺は周囲に聞こえないよう少し声を落として告げた。
「……森の奥に、フォレストドラゴンが居ました」
「な、何だと……ッ!? フ、フォレストドラゴンが居ただと!?」
ギルドマスターが目を見開き、思わずといった様子で大声で叫んだ。
その言葉が周囲の冒険者たちにも響き渡り、ギルド内は一瞬にして大騒ぎになった。
「おい、嘘だろ!? ドラゴンだと!?」
「なんでこんな街の近くの森にそんな化物がいるんだよ!」
「クソッ、なんて最悪なタイミングだ……!」
ギルドマスターが頭を抱え、苦渋に満ちた表情で机を叩いた。
「ギルドマスター、どうかしたんですか?」
「……実はな、王国の方で何か不穏な動きがあり、グランツのC級以上の高ランク冒険者はすべて王都へ招集されてしまっているんだ。今、この街にはまともに戦える奴がいない!」
フォレストドラゴンを討伐するには、本来ならA級以上の冒険者が必須だ。最悪の戦力不足に、ギルドマスターは即座に周囲の冒険者たちへ向けて怒号を飛ばした。
「全員聞け! どんな方法を使っても構わん! フォレストドラゴンを街に近づけないよう、総力戦で足止めするんだ! 参加してくれるだけでも一人金貨10枚を出す! 成果次第で追加報酬も検討する、頼む、動いてくれ!」
破格の提示。しかし、冒険者たちは一斉に下を向き、誰も手を挙げようとはしなかった。
「冗談じゃねえよ……ドラゴン相手に足止めなんて、ただの捨て石じゃねえか……」
「命がいくつあっても足りねえよ……」
絶望が広がるギルド内。焦るギルドマスターの姿を見て、俺はものすごく言い出しづらかったが、そっと手を挙げた。
「あの、ギルドマスター……」
「お前の力も必要だ、リオン! 頼む、手を貸してくれ!」
「いや、そうじゃなくて……。ギルドマスター、ちょっと外に来てもらえますか?」
「外? 一体何の話だ?」
訝しげな顔をするギルドマスターと、何事かとついてくる冒険者たちを引き連れ、俺はギルドの前の広場へと出た。
周囲に十分なスペースがあることを確認し、俺はマジックバッグを開いた。
「……これ、置いておきますね」
ドォォォォォォンッ!!!!!
激しい地響きと共に広場に現れたのは、頭の先から尻尾の先まで、完全にカチコチに凍りついたフォレストドラゴンの巨体だった。
死してなお放たれる圧倒的な龍の威圧感に、広場にいた全員の動きがピタリと止まる。
「ひ、ひえっ……!?」
「ど、ドラゴン……!? しかも、完全に凍りついて……死んでる……!?」
ギルドマスターを含め、その場にいた全員が腰を抜かして地面にへたり込んだ。
「お、お前……一体、何者なんだ……!?」
ギルドマスターが震える指で俺を指さしながら、掠れた声で呟いた。
俺は苦笑いしながら、「解体、よろしくお願いします」とだけ伝え、ドラゴンをギルドの解体班に引き渡した。
◇ ◇ ◇
その後、俺はギルドマスターの部屋へと呼び出され、討伐の経緯を説明することになった。
ハクの『絶対零度』については流石に濁したが、従魔たちと協力して倒したと伝えると、ギルドマスターは深いため息をついた。
「まさか、国中の高ランク冒険者が頭を抱える案件を、お前一人が解決してしまうとはな……。これが今回の報酬だ。受け取ってくれ」
机の上に、ずっしりと重い袋が置かれる。中身は金貨200枚という大金だった。
「それと、リオン。お前を本日付で『B級冒険者』に昇格させる」
「えっ!? B級ですか? 俺、あんまり目立ちたくないんですけど……断ることはできませんか?」
「無理だ!」
ギルドマスターに一刀両断された。
「本来、ドラゴン討伐はA級以上の偉業だ。ただ、A級以上になるには王都での特別な昇級試験が必要でな……。今の街の権限で上げられる最大がB級なんだ。お前の実力でB級以下など、ギルドの面丸潰れだ。半強制だと思って諦めてくれ」
「ははは……分かりましたよ」
俺が肩を落として承諾すると、ギルドマスターは真剣な表情に戻って言葉を続けた。
「それとな、先ほども言ったが、王国で何か動きがある。お前も準備ができたら、いずれ王都へ向かってくれ。お前ほどの戦力、国にとっても放っておけないはずだ」
「王都、ですか。考えておきます」
話を終えた俺たちは、ギルドの1階にある酒場へと戻ってきた。
ギルドマスターも書類の手続きがてら一緒についてきて、タンクの背中でちょこんと丸まっているカーバンクルに目を留めた。
「ところでリオン、その魔物はどうしたんだ? 調査に行く前は居なかったようだが……って、額にルビー……。まさか、幻獣『カーバンクル』か!?」
「幻獣、ですか?」
俺が聞き返すと、ギルドマスターは驚きに目を見開いたまま頷いた。
「ああ。極めて臆病な性格で、人の姿を見ると一瞬で逃げ出す。目撃例が少なすぎて、ただの幻ではないかとまで言われている伝説の存在だぞ」
その言葉を聞いた酒場の荒くれ冒険者の一人が、ふん、と鼻で笑ってヤジを飛ばしてきた。
「幻獣だか何だか知らねえが、確かに今もガタガタ震えてビビってやがるな! どんだけ臆病なんだよ!」
周囲の冒険者たちから下品な笑い声が漏れる。
俺が「こいつは臆病なんかじゃ――」と言いかけようとした、その時だった。
「この子は、臆病なんかではありません!!!」
リコが凛とした、怒りを孕んだ声で言い放った。
突然、小さな魔獣が流暢な『人語』を酒場全体に響かせたことに、冒険者たちがビクリと身を硬くする。リコはタンクの頭の上で胸を張り、冒険者たちを鋭い目で見下ろした。
「この子は、あの巨大なドラゴンを前にしても、最後まで逃げずに立ち塞がりました! 自分に優しくしてくれた人の思いを裏切りたくなくて、必死に戦った立派な勇者です! ……それに比べて、あなた達はどうです? ドラゴンの対処を依頼された時、戦いもせずに真っ先に逃げ出そうとしていたのは、あなた達の方では?」
リコの痛烈な正論が、酒場に突き刺さる。
さっきまでヤジを飛ばしていた冒険者たちは、ぐうの音も出なくなり、恥ずかしそうに下を向いて黙り込んでしまった。
リコにここまで強く庇ってもらえるとは思っていなかったのだろう。
タンクの背中で、カーバンクルは大きな瞳からポロポロと嬉し涙を流していた。自分の勇気を、ちゃんと見ていてくれた人がいたのだ。
「ありがとうな、リコ。かっこよかったぞ」
俺がリコの頭を撫でると、リコは急に顔を真っ赤にしてフイッとそっぽを向いた。
「べ、別に主のために言ったわけではありません! それより、約束の野菜ジュースはまだですか!? 早く市場へ行って、美味しいジュースを作りなさい!」
「ははは、分かったよ」
ツンデレな相棒の言葉に笑いながら、俺は涙を拭ったカーバンクルを優しく抱き上げた。
さあ、市場へ行って最高の材料を買い足し、みんなで約束の特製野菜ジュースを作るぞ!
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