第36話:森の覇者との激闘と、美味しい約束
「リコ! その子を守ってやってくれ!」
「お任せなさい!」
俺が叫ぶと、リコは空を駆けてカーバンクルの前へと降り立ち、光の結界を展開した。
結界の中でへたり込むカーバンクルは、ガタガタと震えながらリコを見上げている。その瞳には(どうして助けてくれるの……? 僕の赤い石が目当てなの……?)という不安がはっきりと浮かんでいた。
その空気を察したリコは、ふわりと優しく微笑みかけた。
『大丈夫。あなたが思っているような人ではありませんわ。安心して見ていなさい』
リコの言葉に、カーバンクルは少しだけ震えを止めた。
「よし! タンク、あの子たちから離れた位置で【敵意操作】だ!」
『がははっ! 任せとけ! おいデカブツ、こっちだ!!』
タンクが地面を強く踏み鳴らし、強烈な闘気を放つと、フォレストドラゴンのヘイトが完全にタンクへと向いた。
ドラゴンが安全な距離まで離れたのを見計らい、俺は足に力を込める。
「いくぞ……【神速】!!」
爆発的な加速でドラゴンの懐に潜り込み、俺は手に持った鉄の剣を、ドラゴンの硬い鱗の隙間めがけて力いっぱい振り抜いた。
ガギィィィンッ!!!!
「うおっ!?」
凄まじい衝撃と共に、鉄の剣が、根元からあっさりとへし折れてしまった。
「ギルルルルッ!!」
その隙を見逃さず、ドラゴンが丸太のような太い尻尾を俺めがけて薙ぎ払う。
「しまっ――」
ドゴォォォンッ!!
「ぐはぁっ!?」
俺はボールのように弾き飛ばされ、地面を何度もバウンドして転がった。
「いっっってぇぇ……っ! いくら【金剛不壊】のスキルで防御力が上がってても、まともに喰らえばタダじゃ済まないな……!」
圧倒的なステータスがあっても、ダメージを完全に無効化できるわけではない。森の覇者と呼ばれるだけのことはある。
俺が立ち上がるのと同時に、白い閃光がドラゴンの顔面を強打した。ハクだ。
のけぞったドラゴンが怒り狂ってハクに反撃の爪を振り下ろすが、ハクの圧倒的なスピードの前に、その攻撃は虚しく空を切るばかり。
業を煮やしたドラゴンは、今度は正面でどっしりと構えているタンクに狙いを定めた。
「ギルルルルッ!!」
ドラゴンの鋭く巨大な爪が、タンクの分厚い体にクリーンヒットする――その瞬間。
ガァァァァンッ!!!!
『がははっ! 効かねぇな!』
タンクのスキル【暴壁】が発動した。攻撃を受けたはずのタンクは無傷のまま、逆に攻撃したドラゴンの方が、まるで見えない壁に弾き飛ばされるようにして後方へと吹き飛んでいく。ダメージを反射するカウンター技だ。
「すげえ……! でも、従魔たちばかりにカッコつけさせてられないな!」
俺は折れた剣を捨て、魔法を放つべく右手を突き出した。
「貫け……【ロックランス】!!」
ズゴゴゴゴゴォォォッ!!
「うおっ!?」
俺自身が一番驚いた。地面から突き出した石槍は、いつもより遥かに巨大で鋭く、まるで塔のように天に向かって伸びていったのだ。
(そうか、魔力が大幅に上がってるから、魔法の威力も強化されてるんだ!)
巨大な石槍に突き上げられ、空中に浮き上がったドラゴン。
俺はすかさず、もう一つの魔法を試した。
「【氷獄】!!」
空中のドラゴンを巨大な氷の塊が包み込み、そのままズシンッ! と地面に落下する。
倒したか? と思った次の瞬間――パァァンッ! と氷が内側から砕け散った。
「ギルルルァァァッ!!」
ドラゴンは少しダメージを受けているようだが、まだピンピンしている。ドラゴンの鱗は魔法への抵抗力も異常に高く、今の俺の魔法では決定打にならないらしい。
すると、タンクとハクが俺の前にスッと出た。
『兄ちゃん、あとは俺らの出番だな!』
「よく見よ、主。氷魔法とは、こう使うのだ」
タンクが【ロックバレット】を発動し、巨大な無数の岩弾をドラゴンめがけてガトリング砲のように乱れ撃つ。
ドラゴンが翼を閉じてガードの姿勢をとったその隙に、ハクが静かに青白い瞳を輝かせた。
「――【絶対零度】」
ピキィィィィィィィンッ……!!!!
音すらも凍りつくような冷気が森を駆け抜けた瞬間、フォレストドラゴンの巨大な体が、頭の先から尻尾の先まで、一瞬にして完全に凍りついた。
ピクリとも動かない、巨大な氷の彫刻の完成だ。
「す、すげえ……」
圧倒的な力に俺が驚愕していると、安全な場所から見ていたカーバンクルが、トコトコとこちらへ駆け寄ってきた。
「ドラゴン、倒したぞ。ケガはないか?」
俺がしゃがみ込んで頭を撫でてやると、カーバンクルは「きゅっ!」と元気よく鳴いた。
「あんなに怖いドラゴンから、自分の人参を最後まで守ろうとするなんて……お前、すごいな!」
俺が褒めると、カーバンクルは照れたように尻尾を振った。
そこへ、戦闘を終えたハクがスッと音もなく歩み寄ってきた。
「小さな者よ。以前はお前の寝床であった洞窟を取ってしまってすまなかったな」
ハクが悪気なくそう言った瞬間。
「きゅ、きゅぴぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!??」
カーバンクルは悲鳴を上げ、脱兎のごとく――いや、ウサギそのものの猛烈なスピードで、森の奥へと走り去ってしまった。
「なっ……待て!」
咄嗟にハクが【神速】を使って追いかけたが、なんとカーバンクルは神速のハクよりもさらに速く、あっという間に見えなくなってしまった。
「ば、馬鹿な……。私の神速が、追いつけないだと……?」
ハクがプライドを折られたような顔で呆然としていると、ガサガサと茂みが揺れ、カーバンクルが申し訳なさそうに戻ってきた。
「きゅぅぅ……」
(びっくりして逃げちゃって、ごめんなさい……)とでも言っているように頭を下げると、カーバンクルは両手で抱えていたあの『人参』を、スッと俺に差し出してきた。
助けてくれたお礼らしい。
「ありがとう。せっかくだから、一口もらうよ」
俺が人参をかじってみると――驚いた。
めちゃくちゃ甘くて美味しい! しかも、食べた瞬間から体の底からドクドクと力が湧いてくるのを感じる。
『当然ですわ。それはただの野菜ではなく、その子が自分の魔力を注ぎ込んで育てた【魔力を帯びた人参】。疲労や魔力を回復する、極上の素材ですわよ』
リコが誇らしげに解説してくれた。
「すごいなこれ! この人参を使って、美味しい野菜ジュースとか作ってみたいなぁ」
俺がそう呟くと、カーバンクルは「きゅっ……」と目を輝かせた。しかし、すぐにシュンと耳を垂らし、モジモジし始めた。
(僕も飲んでみたい……だけど、僕なんか着いていったら、邪魔になるよね……?)
そんな心の声が聞こえた気がして、俺はカーバンクルに向かって、ゆっくりと手を差し伸べた。
「一緒に行こう。……美味しいものは、みんなで一緒に楽しむもんだろ?」
俺の言葉に、カーバンクルはハッとして顔を上げた。
「私より速く走るとは、大したものだ」
ハクがふっと笑って認める。
『がははっ! 小さいのに根性あるな! 俺様、お前のこと気に入ったぜ!』
タンクが大きな鼻を鳴らす。
『あなたの結界、本当に凄かったですわよ。あんなに強度の高い結界、私も初めて見ましたわ』
リコが優しく微笑みかける。
みんなの温かい言葉に、カーバンクルは大きな瞳に涙を浮かべ、嬉しそうに「きゅいっ!」と鳴いた。
美味しい野菜ジュースを飲むため、この臆病で小さな魔獣も、一緒に街へついてくることになったようだ。
「さて……」
一段落したところで、俺は巨大な氷の彫刻と化したフォレストドラゴンを見上げた。
「この完全に凍ったドラゴン……どうしよう。カッチカチすぎて、血抜きとか解体、めちゃくちゃやりにくそうなんだけど……」
俺が途方に暮れて呟くと、ハクはフッと涼しく笑い、そのまま俺の影の中へスッと隠れてしまった。
「こ、こら! ハク! 自分で凍らせといて逃げるな! なんとかしろーっ!」
俺が影に向かって笑いながら怒っていると、カーバンクルもリコもタンクも、みんな揃って楽しそうに笑い声を上げた。
仲のいい俺たちのやり取りを見て、完全に安心したのだろう。
俺たちは巨大な氷のドラゴンを丸ごとマジックバッグに収納し、極上のジュースを楽しみにしている小さな同行者を連れて、グランツの街へと帰還するのだった。
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