第34話:絶品熊鍋と、異世界初の手打ち蕎麦
夕方。ギルドの解体屋に預けていたディープ・フォレストベアの肉を受け取った俺は、再びロレンス商会の厨房に立っていた。
「いやぁ、見事な熊肉だ。脂の乗りも最高だし、血抜きも完璧に済ませてくれている」
まな板の上にどんと置かれたブロック肉を見ながら、俺は腕を鳴らした。
熊肉は特有の臭みが出やすいが、正しい処理と調理法さえ知っていれば、豚や牛にも負けない極上の旨味と甘い脂を味わえる最高の食材になる。
「まずは、鍋の『締め』の準備からだな」
俺が取り出したのは、市場で仕入れてもらった『黒麦の粉』――つまり、蕎麦粉だ。
前世では料理人をやっていた俺だが、実は専門が違ったため、蕎麦を粉から手打ちした経験はなかった。うろ覚えの知識で適当に作って、せっかくの食材を失敗するわけにはいかない。
そこで俺は、肩に乗っている相棒に声をかけた。
「へいリコ! 蕎麦の作り方教えて!」
軽いノリでそう尋ねた、次の瞬間――。
「ガブッ!!」
「いったたたたたた!? 耳! 耳ちぎれるって!!」
『なんなんですのその軽いノリは! 私は便利なAIアシスタントではありませんわよ!』
リコは俺の耳に噛み付いたまま、プンプンと怒って髭を揺らした。ハク歓迎会のアイスで機嫌が良かったはずなのに、完全に地雷を踏んだらしい。
「悪かった! 悪かったから離して! 頼れるのはリコしかいないんだよ!」
俺が必死に謝ると、リコはフンッと鼻を鳴らしてようやく耳を離してくれた。ツンとそっぽを向きながらも、どこか誇らしげに胸を張る。
『……フン、仕方がありませんわね。主の頼みですし、今回だけですわよ。私の【森羅の叡智】の演算で、この世界の黒麦の粘り気に合わせた最適な加水率と、小麦粉との黄金比率をナビゲートしますわ。……さあ、ボウルに粉を入れなさい』
「リコ先生、ありがとうございます!」
リコの瞳に光の文様が浮かび上がると同時に、俺の脳内に正確な分量と、水を回し入れるタイミングがデータとして流れ込んできた。
リコの超絶サポートがあれば、初めての蕎麦打ちでもプロ級のものが作れる。
「よし、いくぞ!」
脳内のナビゲーション通りに、蕎麦粉と繋ぎの小麦粉を混ぜ、水を少しずつ加えながら素手で力強く練り込んでいく。
生地が耳たぶほどの柔らかさにまとまったら、今度は打ち粉をして麺棒で薄く、均等に伸ばす。
「リオン様……先ほどから何をされているのですか? その黒麦の粉で作る生地を、焼くわけではないのですか?」
厨房の隅で不思議そうに見つめるロレンスさんに、俺はニヤリと笑った。
「これは『麺』にするんです。見ててくださいね」
薄く四角く伸ばした生地を丁寧に折りたたみ、専用の包丁を構える。
トントントントントントンッ……!!
厨房に軽快でリズミカルな音が響き渡る。
俺の包丁捌きによって、折りたたまれた生地が、あっという間に細く均一な『蕎麦』へと姿を変えていく。
「おおお……っ! なんと美しい! あの粉の塊が、一瞬にして細長い糸のように……!」
まるで魔法でも見るかのように目を輝かせるロレンスさん。
隣では、小さな虎の姿になったハクが、尻尾をパタパタと揺らしながら興味深そうに鼻をヒクつかせている。
「よし、蕎麦の準備は完了。いよいよメインの『熊鍋』だ!」
俺は大鍋に昆布のような出汁が出る海藻と、生姜やネギに似た香草をたっぷりと入れ、特製の醤油風調味料で甘辛いベースのスープを作った。
そこに、薄切りにしたディープ・フォレストベアの肉と、たっぷりのキノコ、根菜を投入する。
グツグツと鍋が煮え立つにつれて、熊の脂がスープに溶け出し、食欲を狂わせるような暴力的な匂いが厨房いっぱいに広がった。
「完成だ! さあ、冷めないうちに食べてくれ!」
大きなテーブルの真ん中に鍋をドンッと置くと、待ち構えていた全員がゴクリと喉を鳴らした。
「では……いただきますぞ!」
ロレンスさんが小鉢に取り分けた熊肉を口に運ぶ。
「……っ!? な、なんですかこの肉はぁぁぁっ!!」
ロレンスさんが目を見開き、椅子から立ち上がって叫んだ。
「熊肉特有の泥臭さが一切ない! それどころか、噛めば噛むほど信じられないほど上品で甘い脂がジュワリと溢れ出してくる! 香草の効いた甘辛いスープが、肉の旨味を極限まで引き上げていますぞ!!」
『がははっ! こりゃたまんねぇ! 脂身が口の中でとろけるぜ!』
『ん〜っ! お野菜やキノコにも熊肉の旨味が染み込んでいて、絶品ですわ!』
タンクと、先ほど耳を噛んできたリコも、今は夢中になって鍋をつついている。
そして、小さな虎のハクも、フーフーと息を吹きかけながら器の肉にかぶりついた。
「……熱い。だが……美味いな。このとろけるような脂の甘みと、体が芯から温まる感覚。氷を司る私だが、この『鍋』という熱い料理は悪くない」
ハクは猫舌なのか少し苦戦しつつも、目を細めて至福の表情を浮かべている。
「ははっ、喜んでくれてよかった。でも、本当のお楽しみはここからだぜ」
鍋の具材があらかた無くなり、熊肉と野菜の旨味が限界まで凝縮された黄金色のスープが残った。
俺はそこに、リコのサポートで完璧に打ち上げ、サッと別茹でしておいた『手打ち蕎麦』をドサッと投入した。
「さあ、熊鍋の旨味を全部吸い込んだ『締めの蕎麦』だ! 音を立てて、思い切り啜って食べてみてくれ!」
俺の言葉に、全員が不思議そうにしながらも、箸で蕎麦を掬い上げ――ズズズッ!と勢いよく口に吸い込んだ。
「「「「…………っ!!!!!?」」」」
その瞬間、全員の動きがピタリと止まった。
「な、ななな……」
ロレンスさんがワナワナと震えながら、天を仰ぐ。
「なんという喉越し! 噛むとフワリと香る黒麦の素朴な風味! そして何より、この麺が……熊肉の旨味が溶け出した極上のスープを、一滴残らず絡め取って口の中へ運んできおる! 噛めば噛むほど美味い! なんですかこの『麺』という食べ物はぁぁぁっ!!」
ズズズッ! ズズッ!!
誰も言葉を発する余裕すらなく、ただひたすらに麺を啜る音が部屋に響き渡る。
ハクに至っては、器に顔を突っ込むような勢いで蕎麦を平らげていた。
「ふぅ……美味かった。これで、また明日から頑張れそうだな」
俺も熱々の蕎麦をすすりながら、大きく息を吐いた。
極上のスイーツと、最高の熊鍋、そして手打ち蕎麦。これ以上ないほどの歓迎会になったはずだ。
明日はギルドマスターから依頼された、ディープ・フォレストベアが逃げ出してきた『森の奥地の調査』が待っている。
腹を満たし、新たな仲間と共に、俺たちは次なる冒険への英気を養うのだった。
今日は3話投稿、明日は6話投稿する予定です。
少しでも楽しんで頂けると幸いです。
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