第29話:ルビーの落とし物と、臆病な兎への贈り物
ハクという規格外の仲間が加わった後、俺たちは当初の目的である「氷結晶」の採掘作業に取り掛かっていた。
「よし、これくらいあれば十分だな。ロレンスさんも喜ぶぞ」
マジックバッグの中にひんやりと冷たい良質な氷結晶をたっぷりと詰め込み、俺がホッと息を吐いた時のことだった。
ふと、視界の隅で何かがキラリと光った気がした。
「ん? なんだこれ」
洞窟の隅、霜が降りた岩陰に近づくと、そこには真っ赤で美しい宝石――ルビーが一つ落ちていた。
俺が拾い上げて不思議そうに眺めていると、背後からスッとハクが近づいてきた。
「……それは、以前ここに住んでいた者が落としていったものだ」
「ここに住んでた者? ハク以外にも魔物がいたのか?」
「ああ。私がこの洞窟に流れ着いた時、ウサギのような姿をした小さな魔物がいてな。私の姿を見るなり酷く怯え、額を赤く光らせたかと思うと、一瞬で姿を消してしまったのだ。その場には、そいつの額にあったのと同じこの赤い石だけが残されていてな」
気高くクールな表情のハクだが、その声のトーンは少しだけ沈んでいるように聞こえた。
「私は別に、ここから追い出すつもりはなかったのだが……。少し、悪いことをしたと思っている」
「そっか。ハクは優しいんだな」
威圧感が凄すぎるせいで誤解されがちだが、ハクは無駄な殺生を好まない誇り高い神獣なのだ。
俺の肩の上で、話を聞いていたリコがピンと髭を揺らした。
『ウサギの姿で、額に赤い宝石……おそらく【ルビー・カーバンクル】ですわね』
「カーバンクル……って、あのゲームとかによく出てくるやつか?」
『ええ。極めて臆病な性格ですが、空間属性の魔法を操る希少な魔物ですわ。ハクが目で追えなかったのも当然です。あれは超高速移動などではなく、空間そのものを跳躍する【テレポート】を使っているのですから』
「なるほど、テレポートで逃げたのか。それなら無事だろうけど……」
俺たちがそんな話をしていると、少し離れた場所で採掘を手伝ってくれていたタンクが、不思議そうな声を上げた。
『おーい、兄ちゃん! こっちにも何か変なもんがあるぞ!』
タンクの声に呼ばれて奥へ進むと、俺は思わず目を丸くした。
「うそだろ……なんでこんな極寒の洞窟の中に、畑があるんだ?」
そこには、不自然に土が盛られた小さな区画があり、青々とした葉っぱが育っていた。どうやら『人参』のようだ。
そして、その小さな畑の中央にも、俺が拾ったのと同じ真っ赤なルビーが一つ、ポツンと置かれていた。
『なるほど、そういうことですか』
リコが畑の周囲をジッと見つめ、【解析】の能力を発動させる。
『あのルビーが核となって、この畑の周囲にだけ【環境調節の結界】を張り続けているようですわ。だから、こんな氷の洞窟の中でも野菜が育つのでしょう。カーバンクルの主食だったに違いありませんわ』
「そうだったのか……。でも、どうする? 持ち主が逃げちゃったなら、この人参もったいないよな」
俺が悩んでいると、リコが小さく首を横に振った。
『おそらく、カーバンクルはこの場所にはもう戻ってこないと思いますわ。もともと極端に臆病な性格ですし、先ほど私たちがここで派手な戦闘をしてしまったせいで、恐ろしくてこの洞窟には近づけないはずです』
「うーん……それは可哀想なことをしたな」
せっかく大切に育てていたご飯なのに、俺たちが暴れたせいで取りにこれなくなってしまったなんて。
俺は少し考えると、タンクとハクを振り返った。
「よし。タンク、ハク、手伝ってくれ。この人参、全部引っこ抜いて洞窟の外まで運ぶぞ」
「……外に運んで、どうするつもりだ?」
「持ち主のところに返すんだよ。まあ、直接は渡せないだろうから、置き配だけどな」
俺の言葉に、ハクは少しだけ驚いたように目を丸くしたが、すぐに「ふっ、物好きな主だ」と小さく笑って頷いた。
俺たちは手分けして人参をすべて収穫し、畑にあった結界のルビーと一緒に、洞窟の外の森まで運び出した。
少し開けた木の根元に人参を山積みにし、その中央にルビーを置く。
すると、ルビーから淡い光が放たれ、人参の山全体を優しく包み込んだ。
「よし、これで結界の中だ。鮮度も落ちないはずだな」
俺は立ち上がり、静まり返った森の奥に向かって、両手を口に当てて大きく叫んだ。
「おーーーい!! もし近くに居たら聞いてくれーーっ!!」
俺の声が、木々の間に木霊する。
「人参は、ここに置いておくからな! いつでも安心して取りに来てくれーー!!」
しばらく待ってみたが、森からは何の返事もない。木々の葉が風でサワサワと揺れる音だけが聞こえていた。
だが、リコが『ふふっ』と嬉しそうに笑ったのを見て、俺はなんとなく「伝わった」ような気がした。
「よし、それじゃあ街に帰るか!」
「ああ。ロレンスという商人が待っているのだろう?」
俺が歩き出すと、ハクが静かに俺の隣に並んだ。タンクも嬉しそうに『がははっ!』と笑いながら俺の背中を押す。
少しだけ心が温かくなるのを感じながら、俺たちは交易都市グランツへの帰路についた。
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