第28話:神獣の鬼ごっこ
一切の気配を持たず、俺たちの探知をすり抜けて唐突に『勝負』を持ちかけてきた白き神獣。
その底知れない威圧感と強者の余裕を前にして、俺たちはただ息を呑み、立ち尽くすしかなかった。
「勝負って……。あんたみたいな凄いやつと、どうやって戦えばいいんだよ」
俺が警戒しながら尋ねると、白虎はつまらなそうに尻尾を揺らした。
「案ずるな、殺し合いをするつもりはない。ルールは簡単だ。お前たちが『私に一度でも触れること』ができたら、お前たちの勝ち。この洞窟にある氷結晶を好きなだけ持っていくがいい。魔法でも何でも、好きに攻撃してきても構わんぞ」
「触れるだけでいいのか? それなら……」
『リオン、油断しないでください。あの神獣、ただ者ではありませんわ』
俺の肩でリコが鋭く警告する。
だが、氷結晶を手に入れるためにはやるしかない。俺とタンクが深く頷き合うのを見て、白虎は青白い瞳を細めた。
「では、始めようか」
白虎がそう呟いた、次の瞬間。
「――消えた!?」
氷の床の上にいたはずの巨体が、ふっと陽炎のようにかき消えた。
残像すらない。視界からも、気配からも完全に消失している。
「どこだ……!? 上か!?」
俺たちが必死に周囲を見回していると、すぐ耳元で静かな声がした。
「どこを見ている」
「うおっ!?」
慌てて振り返るが、そこには誰もいない。
時折、青白い閃光のように白虎が姿を現す。俺もタンクも即座に反応して飛びかかり、魔法を放つが、全て空を切るだけだった。
数十秒後、少し離れた岩の上で、白虎は退屈そうに小さな欠伸をした。
「お遊びにもならんな。このままでは日が暮れてしまうぞ」
『舐められたものですわね……! 【広域隠密解除】!』
リコが苛立ったように小さな前足を掲げると、眩い光の波動が洞窟全体に広がった。
その瞬間、白虎の周囲を覆っていた不可視の魔力が霧散し、その美しい輪郭が空間に浮かび上がった。
「ほう……私の隠密を剥がすか。ただのネズミではないとは思っていたが……悪くない」
白虎は一切動じることなく、余裕のあるクールな態度を崩さない。
「だが、姿を捉えたところで、私に触れられるかな?」
言葉通り、姿が見えても状況は変わらなかった。
白虎のスピードは文字通り『神速』。俺たちが一歩踏み出す間に、三歩も四歩も先を読まれて軽々と躱されてしまう。全く歯が立たない。
『リオン、タンク! 少しだけ時間を稼いでください!』
俺の頭の中に、リコからの切羽詰まった念話が響いた。
リコの瞳に、膨大な情報を処理する光の文様が浮かび上がっている。【解析】と【高速演算】のフル稼働だ。
『がははっ! 時間稼ぎなら俺の出番だな! 出てこい!』
タンクが前足を力強く地面に叩きつけると、洞窟の地面からズズズッと巨大な岩の塊――ストーンゴーレムが3体立ち上がった。
タンクの指示で、ゴーレムたちと俺が四方から白虎を挟み撃ちにする。
しかし白虎は、「遅いな」と呟きながら、巨体の間を縫うようにして優雅に避け続ける。ゴーレムの重い拳も、俺の攻撃も、かすりもしない。
だが、その『無駄な時間』こそが、リコが必要としていたものだった。
『……演算完了。これより、勝利への作戦を伝えますわ』
リコの冷徹で自信に満ちた声が、俺とタンクの脳内に直接響く。
その完璧なシナリオを聞いた俺たちは、思わず口角を吊り上げた。
「よし……行くぞ、タンク!!」
俺は白虎に向かって真正面から突っ込んだ。
白虎は鼻で笑い、右側へステップを踏んで避けようとする。
その瞬間。
『目を開けたまま寝なさい! 【太陽の閃光】!!』
リコが放った、洞窟内を白昼のように染め上げる強烈な閃光魔法。
「……っ!」と白虎が反射的に目を細め、視界を奪われた。
その一瞬の隙に、タンクが地魔法を発動させる。
『狭い部屋はお嫌いか? 【隆起する土壁】!』
ズゴゴゴゴッ!! と凄まじい音を立てて、白虎の背後と側面の地面から巨大な土の壁がせり出し、洞窟の空間を極端に狭めた。
そしてここからが、リコの真骨頂だ。
閃光が収まると同時に、リコは光魔法を使って、せり出した土の壁の手前に『元の広々とした洞窟の幻影』を投影した。
「小細工を。視界を奪う程度で私を捕らえられるものか」
視力を回復させた白虎が、自慢の神速で俺から距離を取ろうと、大きく後ろへ跳躍した。ホログラムで作られた「何もない空間」へと向かって。
――しかし、神獣の直感は本物だった。
空中を舞う白虎は、見えない土の壁の気配を直前で察知し、空中で見事に身を翻して激突を回避したのだ。
だが、その驚異的な反射神経による『一瞬の停止』こそが、勝負の分かれ目だった。
体勢を立て直し、再び跳躍しようとした白虎の足元が、唐突に黒く沈み込んだ。
「なに……っ!?」
『がははっ、逃がさねぇぜ! 【重力場】!!』
タンクが前足を力強く踏み鳴らし、作戦にはなかった重力魔法を発動させたのだ。
数倍の重力が、白虎の巨体を一瞬だけ床に縫い留める。
「もらったぁぁっ!!」
俺はその隙を見逃さず、動きを封じられた白虎の白い毛皮に、ペタッと手のひらを押し当てた。
「……タッチ。俺たちの勝ちだ」
俺がそう宣言すると、白虎は拘束が解かれた体をゆっくりと起こし、静かに目を細めた。
「……まさか、幻影で退路を誘導し、さらに重力で動きを封じるとは。見事な連携だ」
『ふふん。どうです? ……と言いたいところですが、タンク。最後の重力魔法は私の作戦にはありませんでしたわよ?』
『がははっ! 壁を避けるかもしれねぇって咄嗟の判断だ! 俺のファインプレーだな!』
リコの完璧な作戦と、それを補ったタンクの機転。この二匹のおかげで、確実な勝利を掴むことができた。
白虎は少しだけ口角を上げ、俺たちを見下ろした。
「約束通り、私の負けだ。氷結晶は好きに持っていくがいい」
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
俺がホクホク顔で採掘の準備を始めようとすると、白虎が静かな声で問いかけてきた。
「お前たち。その氷結晶を持って、これからどこへ向かうのだ?」
「ん? ロレンスさんにこれを届けたら、世界中を旅して、誰も見たことがない美味い飯を作って回るつもりだけど」
白虎は少し考える素振りを見せた後、スッと立ち上がった。
「……この冷え切った退屈な洞窟にいるよりは、お前たちについて行った方が面白そうだ。私を連れて行け」
「えっ、いいのか!?」
俺から誘うまでもなく、思わぬ申し出を受けて驚いてしまった。
「お前たちのような規格外の連中を放っておくのは惜しい。それに……その美味い飯というのにも、少し興味があるからな」
気高くクールな表情を崩さないまま、白虎はそう言って尻尾を揺らした。
「そっか。じゃあ、改めてよろしくな! 俺はリオンだ。こっちがリコで、こっちがタンク。それで……お前の名前は」
俺は少し考えてから、白虎の目を見つめて言った。
「『ハク』だ。今日からお前の名前はハクだ」
「ハク……。ふん、単純だが、悪くない名だ。よろしく頼むぞ、我が主」
こうして俺たちは極寒の洞窟で大量の氷結晶を採掘し、白き神獣『ハク』という新たな仲間と共に、さらなる旅へと歩みを進めることになったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
「面白い!」「神獣たちが可愛い」「続きが読みたい!」と少しでも思っていただけましたら、
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、毎日の執筆の何よりのモチベーションになります!
ブックマーク登録もぜひよろしくお願いします!




