第27話:極寒の洞窟と、潜む白き神獣
ロレンス商会で特別依頼を受けた後、俺たちはすぐには出発せず、市場の服屋へと足を運んでいた。
「リオン、こんな分厚いコートを買ってどうするんだ? 今はこんなに暖かいのに」
「いや、もしロレンスさんの言う通り『大量の氷結晶』がある場所を見つけたら、そこは間違いなく巨大な冷凍庫並みに寒くなってるはずだからね。念のための準備だよ」
元の世界で、業務用の巨大な冷凍庫に出入りした経験が俺にそう警告していた。
しっかりとした防寒着を買い込んだ俺たちは、準備を整え、交易都市グランツの北門からそびえ立つ北の山へと向かった。
「……ふぅ。やっぱり、山自体は普通だな」
見上げる北の山は、青々とした木々が茂り、鳥のさえずりが聞こえるごく一般的な初夏の自然の山だった。
しかし、山を登り、奥深くへと進んでいくにつれて、明らかに異変が起き始めた。
「グルゥゥゥッ……!!」
「おいおい、こんな浅い階層にいるはずのない上位の魔物まで出てきたぞ……!」
俺たちの前に立ちはだかったのは、通常の森にはいないはずの強力な魔物たちだった。とはいえ、タンクが『がははっ!』と笑いながら一撃で蹴散らしてしまうので危険はないのだが。
『どうやら、目的地の洞窟から漏れ出ている濃密な【魔素】に引き寄せられているようですわね。それに今は初夏です。魔物たちにとっても、ひんやりとした冷気が流れてくる場所は居心地が良いのでしょう』
「なるほどな。強い魔物が入り口周辺に集まって陣取ってたから、人間の冒険者は危険すぎてあえて近づかなかったのか。だから今まで氷結晶の洞窟が見つからなかったんだな」
天然の強力な防壁となっている魔物たちをタンクの無双で突破していくと、木々の隙間から、周囲の緑とは明らかに不釣り合いな『白い霧』が漂っている場所を見つけた。
そこには、岩壁にひっそりと口を開けた小さな洞窟があった。驚くべきことに、洞窟の入り口付近の草木だけが白く凍りつき、中からは冷たい風がひゅーひゅーと吹き出している。
「ビンゴだ。……うっ、中から凄い冷気が来てるな」
俺は買っておいた防寒着を素早く羽織り、マントを深く被った。リコも寒さを避けるように、俺の首元のマフラーの中に潜り込む。
俺たちは意を決して、その洞窟の中へと足を踏み入れた。
入り口付近にはまだ岩肌が見えていたが、奥へ進むにつれて、洞窟の壁は一面が厚い氷に覆われ始めた。ひんやりとした空気は、いつしか肌を刺すような極低温へと変わっていく。
「……本当にここだけ異常だ。防寒着を買っておいて正解だったよ」
しばらく進むと、洞窟の最深部らしき広大な地下空洞に出た。
そこは、天井から地面まで、透き通った青い輝きを放つ無数の『氷結晶』が、まるで星空のように埋め尽くされている幻想的な空間だった。
「うわぁ……!! すげえ、本当にあった……!」
俺はその圧倒的な美しさと、放たれる清涼な空気に感動し、思わず駆け寄った。
これだけあれば、ロレンスさんとの約束も守れるし、俺専用の「溶けない冷蔵庫」も作り放題だ。
「よーし、さっそく採掘しようぜ!」
俺がマジックバッグから道具を取り出そうとした、その時だった。
「――また会ったな」
背後から、凛とした声が静かに響いた。
「「「えっ!?!?!?」」」
俺たちは心臓が止まるかと思うほど驚き、弾かれたように振り返った。
リコもタンクも、全く気配に気づかなかったようで、目を丸くして固まっている。
そこにいたのは。
氷の床の上に、悠然と腰を下ろしている一頭の美しい白虎だった。
青白い瞳が、暗い洞窟の中で宝石のように輝いている。
「白虎……!? なんでここに……」
俺が震える声で尋ねると、白虎は静かに目を細めた。
「ここは私の棲家だからな。お前たちこそ、なぜこんな所にいるのだ?」
「俺たちは、その……氷結晶を探しに来たんだ」
俺が周囲に輝く氷結晶を指差すと、白虎は少し面白そうに喉を鳴らした。
「ふむ。この石が欲しいのか。……よかろう。ならば一つ、私と勝負をしないか?」
「勝負……?」
一切の気配を持たず、俺たちの探知をすり抜けて唐突に『勝負』を持ちかけてきた白き神獣。
その底知れない威圧感と強者の余裕を前にして、俺たちはただ息を呑み、立ち尽くすしかなかった。
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