第23話:商会の解体場と、猛毒の極上食材
巨大な防壁を抜け、俺たちはついに交易都市グランツへと足を踏み入れた。
「うおお……すげえ活気だ……!」
城塞都市リバニアも大きな街だったが、ここは規模が桁違いだった。
石畳のメインストリートには無数の露店が立ち並び、様々な種族の冒険者や商人たちが行き交っている。
馬車を引くタンクの姿は街中でもかなり目立っていたが、ロレンスさんが顔パスで通行証を見せてくれたおかげで、スムーズに街の中心部へと進むことができた。やがて馬車は、街の一等地に建つ一際大きくて立派な石造りの建物の前で止まった。
「ここが私の拠点、『ロレンス商会』の本部です。さあリオン様、中へどうぞ」
ロレンスさんに案内され、俺たちは商会のVIP専用応接室へと通された。
タンクも建物の入り口で「大型犬」くらいのサイズまでスッと縮み、俺の足元にちょこんと座っている。
ふかふかのソファに座り、メイドさんが淹れてくれた高級な紅茶を一口飲んだところで、ロレンスさんが目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「さて、リオン様。道中で狩ったという獲物ですが、さっそく見せていただいても?」
「いいですよ。ただ、丸ごとバッグに入っててかなり大きいので、外に出てもいいですか?」
「おや、丸ごとですか! それは素晴らしい。では、商会の裏手にある解体場へご案内しましょう」
俺たちは席を立ち、建物の裏手にある広々とした石造りの解体場へと移動した。そこには商会お抱えの専門の解体職人たちも数人待機している。
「よし、出しますね」
俺がギルドで買ったマジックバッグを傾けると、ドサァァン!! と凄まじい地響きを立てて、巨大な魔物の死体が現れた。
「なっ……!! こ、これは……!」
それを見た瞬間、ロレンスさんと解体職人たちの目がカッと見開かれた。
「見事な角に、傷一つない極上の毛皮……! 間違いない、Bランク魔物『ワイルド・ホーンブル』ですな! これほど状態の良いものは、王都の貴族たちでも喉から手が出るほど欲しがりますぞ! リオン様、これはぜひ我が商会で丸ごと買い取らせて――」
「あ、ロレンスさん。売るのは『肉以外』の素材だけでもいいですか? 肉は俺が料理で使いたいので、残してほしいんです」
俺がそう遮ると、ロレンスさんは「ええっ!?」と本気で惜しそうな顔をした。
「な、なんと……! ホーンブルの肉といえば、口の中でとろけるような極上の脂と旨味を誇る、市場でも滅多に出回らない超高級食材ですよ。本当は我が商会で肉も全て買い取りたかったのですが……ううむ、仕方がありませんね。リオン様がご自身で召し上がるのですか?」
「俺も食べますけど、一番はタンクやリコと一緒に食べたくて。いつも頑張って俺を守ってくれる二匹に、こういう美味いお肉をたらふく食べさせてやりたいなと思ったんです」
俺が笑ってそう言うと、ロレンスさんは一瞬きょとんとした後、深く感心したように細い目をさらに細めた。
「……素晴らしい。普通、テイマーにとって魔獣とは、戦うための道具、あるいは乗り物に過ぎません。それなのにリオン様は、これほどの高級肉を惜しみなく従魔に与える……。それほどまでに彼らを大事にされているのですね。その深い愛情があるからこそ、強力な魔獣たちがあなたに心から従うのでしょう」
ロレンスさんの言葉に、俺の足元のタンクが嬉しそうに『がはは、兄ちゃん大好きだぜ!』と尻尾をブンブンと振り、肩のリコも『当然ですわ』と誇らしげに胸を張った。
「いやぁ、良いものを見せていただきました。では、角や皮、魔石などの素材だけで、金貨30枚で買い取らせてください!」
「金貨30枚! ありがとうございます、十分すぎます」
これだけの巨体を傷一つなく仕留められたのは、二匹のおかげだ。大切にするのは当たり前である。
「さて、取引は終わりましたが……おや? リオン様、まだマジックバッグの中に何かあるのですか?」
「ええ。ホーンブルは素材を売る用でしたけど、こっちは今日の俺たちの昼飯用に狩ってきたんです」
俺がバッグの底から取り出して地面に置いたのは、紫色の不気味な斑点模様が浮かぶ、子供の傘ほどもある巨大なキノコだった。
それを見た瞬間、ロレンスさんは顔面を蒼白にして数歩飛び退いた。
「ひぃっ!? ば、馬鹿な! なぜそんな恐ろしい物を! それは『パラライズ・マッシュ』じゃないですか! 胞子を吸っただけでも全身が麻痺し、一口でも食べれば確実に死に至るという猛毒のキノコですぞ!!」
「あはは、確かに普通はそうですよね。でも、毒があるのは『笠の表面の斑点部分』と『根元の胞子袋』だけなんです。そこさえ綺麗に取り除けば、濃厚な旨味が詰まった極上の食材になるんですよ。それに、取り除いた毒の部分も、薬にしたり、罠に使ったり、矢に塗ったりとか色々使い道がありますし」
「く、薬……ですか? 麻痺の猛毒が?」
ロレンスさんが信じられないといった様子で首を傾げる。
「ええ。うまく希釈すれば、麻痺の解毒剤になったり、痛みを消す強力な麻酔薬になったりするんです」
「そ、そんなこと、本当にできるのですか……!? ギルドの専門家でもそんな加工法は知らないはずですが……」
「あ、俺はさっぱりわからないですけど、頭を使うのはリコが得意なんです」
俺の肩の上で、リコがふんぞり返って『きゅっ!』と得意げに鳴いた。
「よし! ではホーンブルの解体は職人たちに任せて、肉は綺麗に分けてもらいましょう。そして、そのキノコの解体……いや、加工とやらを、ぜひ私にも見学させていただけませんか?」
「ええ、もちろんいいですよ」
「俺たちも、そんなキノコの解体は初めて見る。見学させてくれ」
商会の解体職人のリーダーも興味津々で集まってきた。
俺はマイ包丁を握り締め、パラライズ・マッシュの前にしゃがみ込む。
『リオン、まずは笠の表面の紫色の斑点を、皮を剥くように削ぎ落としてください。一ミリでも深く刃を入れすぎると、中の旨味成分が逃げてしまいますわ』
「了解。一ミリか……よし……」
リコの頭脳(森羅の叡智)による正確無比なナビゲーションが、俺の脳内に響く。
とはいえ、俺自身はパラライズ・マッシュを扱うのは完全に初めてだ。リコのガイドがあるとはいえ、包丁の角度や力加減がもの凄くシビアで、冷や汗が流れる。
「おお……なんと精密な包丁さばきだ……」
「あの猛毒の部位だけを、的確に削ぎ落としていくなんて……」
ロレンスさんと解体職人たちが、固唾を呑んで俺の手元に見入っていた。プレッシャーが半端ない。
『次は根元の胞子袋ですわ。傷をつけずに、周囲の繊維を優しく断ち切ってください。破裂したら全員麻痺しますわよ』
「おい、不吉なこと言うなよ……。よし、ここをこうして……」
慎重に刃先を動かし、少しずつ少しずつ、毒の部位を切り離していく。
数分の緊迫した時間の後――ぽろり、と完璧に毒の胞子袋が分離され、テーブルの上には真っ白で綺麗なキノコの身だけが残された。
「ふぅーー……! なんとか終わった……」
俺が額の汗を拭うと、周囲から「おおおっ!」と歓声が上がった。
「素晴らしい……! 本当に毒の部位だけが完璧に切り離されている。リオン様、あなたというお方は、一体どれだけの秘密を隠しているのですか……」
感嘆の息をもらすロレンスさんに、俺はニヤリと笑ってみせた。
「これで、最高の食材が手に入りました。ロレンスさん、さっき『なんでも用意する』って言ってくれましたよね?」
「ええ、もちろんお約束しましたとも」
「それじゃあ、商会で扱っている一番上質な『小麦粉』を分けてもらえませんか? これから、このキノコと、前にとったシェル・タランチュラを使った、とびきり美味い料理を作るので、ロレンスさんにもご馳走しますよ」
「こ、これが……極上の料理に……?」
ロレンスさんはまだ半信半疑のようだったが、俺の料理人としての目が嘘を言っていないと察したのか、ゴクリと唾を呑んで頷いた。
「絶対に後悔はさせませんよ。誰も見たことがない『麺料理』を味わってもらいますから」
こうして、俺たちは商会から極上の小麦粉と、職人たちが綺麗に切り分けてくれたホーンブルの極上肉を譲り受け、さっそく未知の麺作りに挑戦することになった。
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