第21話:草原の陽だまりと、白黒の残影
城塞都市リバニアを離れ、俺たちは次の街を目指して街道を進んでいた。
その日の朝、俺たちは見渡す限りに緑が広がる、綺麗な草原で目を覚ました。
穏やかな太陽の光が降り注ぎ、肌を撫でる風はどこまでも暖かい。まさに最高の気候だった。
俺は二匹の相棒たちよりも少しだけ早起きをして、さっそく朝食の準備に取り掛かった。
鉄鍋に火をかけ、市場で仕入れた新鮮な野菜を刻んで放り込む。そこに、昨日解体してもらったばかりのロックバードの端肉を加え、じっくりと煮込んで温かいスープを作った。
さらに、新しく買ったドワーフ製の鉄板を使い、分厚く切ったロックバードの肉とチーズをパンで挟んでカリッと焼き上げた、特製のホットサンドも用意する。
そして仕上げに、昨日市場の片隅で見つけて気になって買った、妙な果物を大皿に並べた。
見た目は完全に黄色いバナナなのだが――。
「よし、皮を剥いて……って、うおっ!?」
俺が手を伸ばして皮を剥こうとした瞬間、そのバナナが『くねっ』と生き物のように身をよじり、俺の手を器用に避けたのだ。
「な、なんだこれ……クネリバナナって言ったか、本当に動いてやがる……」
『ふあぁ、リオン、それは食べられまいとして全力で人間の手を避ける性質があるんですよ』
目を覚ましたリコが、あくびを噛み殺しながら【森羅の叡智】で解説してくれる。
俺は若干引きながらも、なんとか動くバナナの動きを先読みしてガシッと掴み、強引に皮を剥き取って口へと放り込んだ。
「……あ、うまっ」
見た目の不気味さに反して、味は信じられないほど濃厚で甘い、極上のバナナだった。サクサクのホットサンドと、肉の旨味が溶け出した温かいスープとの相性も抜群だ。
『ふにゃあぁ、やっぱりリオンのご飯は最高ですわ……』
『がはは、朝から美味ぇメシが食えて幸せだぜ!』
二匹も大満足の様子で、あっという間に朝食を平らげてしまった。
お腹がいっぱいになると、タンクが力強く前足を鳴らした。
『よし兄ちゃん、俺とリコはちょっとそこらの森に行って、軽い運動がてら昼の食材を狩ってくるぜ』
『ええ、少し行ってきますね。リオンはここでゆっくり休んでいてください』
「おう、気をつけてな」
二匹を見送り、一人になった俺は、ふかふかの草の上に大の字になって寝転んだ。
暖かい風と心地よい陽気が、強烈な眠気を誘ってくる。
「少し……ゆっくりするか……」
俺は心地よい静寂に包まれながら、軽く目を閉じてうたた寝へと落ちていった。
◆ ◆ ◆
どれくらいの時間が経っただろうか。
ふと、頬を撫でる毛皮の感触で目が覚めた。
(……ん? タンクかリコが帰ってきたのかな……?)
まだ半分寝ぼけた頭のまま、ゆっくりと目を開ける。
すると、視界のすぐ目の前に、黒と白の綺麗な縞模様をした、太くて大きな尻尾が横たわっていた。その尻尾の先が、パタパタと楽しげに揺れている。
さらに、自分の体の周りを見渡すと、触れたこともないような、圧倒的に極上で絹のように滑らかな白い毛皮に、すっぽりと包み込まれていることに気づいた。
俺は今、その巨大な毛皮の塊に、背中を預けてもたれかかっている状況だった。
「え……?」
心臓がドクン、と大きく跳ね上がる。
ゆっくりと背後を振り返った俺の目に飛び込んってきたのは、普通の虎の3倍はあろうかという、超大型の『白い虎』が伏せている姿だった。
白銀の毛並みに、威厳に満ちた黒い縞模様。
その美しくも巨大な猛獣は、俺を見つめ、どこか悪戯が成功したかのように目を細めていた。
「待て待て待てー、ちょっと待て! どうしてこうなった!?」
恐怖よりも先に、あまりの急展開と常識外れなサイズ感に大パニックに陥ってしまう。
状況が飲み込めず混乱している俺に向かって、その巨大な白い虎は、地響きのような、だがひどく優しく澄んだ声で、直接話しかけてきた。
『――そう怖がるな。そなたに危害を加えるつもりはない』
契約した従魔としか使えない【念話】ではない。
その白い虎は、確かにその口から、人間の言葉を発していたのだ。
「え……?」
『ただ……そなたの近くは、妙に居心地がよくてな。ついつい、寄り道をしてしまった。驚かせてすまない』
虎はそう言って、俺の頬を大きな鼻先でふいっと軽く小突いた。その仕草は、驚くほど人懐っこいものだった。
『おっと……そろそろ、うるさい奴らが帰ってくるな。……また会おう、異端のテイマーよ』
「あ、待っ――」
俺が手を伸ばしかけた、まさにその一瞬だった。
風がひゅっと吹いたかと思った次の瞬間には、目の前にいたはずの超大型の白い虎は、その巨体からは到底想像もできない速度で完全に消え去っていた。
「……な、なんだったんだ、今のは……」
呆然と立ち尽くしていると、森の方から草を分けて、リコとタンクが戻ってきた。
『リオン、ただいま戻りましたわ! 良い獲物が獲れました……って、どうしたのですか? 顔色が真っ白ですわよ?』
『おう兄ちゃん、なんかあったのか?』
心配そうに駆け寄ってくる二匹。
だが、リコたちの様子を見る限り、本当に何も気づいていないようだった。あの【森羅の叡智】を持つリコですら、接近や逃走の気配に全く気づいていない。辺りを見回しても足跡一つ、魔力の残滓一つ残っていなかった。
あれだけの巨体がいて、痕跡が何もないなんてあり得るだろうか。
俺は自分の背中に残る、あの極上の毛皮の暖かさと、不思議な居心地の良さを思い返す。
「……いや、なんでもない。ちょっと、不思議な夢を見てたみたいだ」
俺は苦笑しながら、二匹には何も言わないことにした。
これだけ何も残っていないのなら、本当にただの夢だったのかもしれない。
だけど、もし本当にあの綺麗な『白虎』が実在するのだとしたら。そして、またどこかで出会うことができるのだとしたら――。
俺はどこまでも広がる青い空を見上げながら、これからの旅への抑えきれない期待を胸に、小さく微笑んだ。
本話をもちまして、第一章が完結となります!
ここまでリオンと従魔たちの冒険にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
最後に現れた、謎の美しくも巨大な『白い虎』。
人語を話し、一瞬で姿を消したあの極上のモフモフと、リオンは再び出会うことができるのでしょうか……?
明日(7時と18時頃)から更新予定の【第二章】では、この白い虎との再会や新たな出会い、そしてもちろん、異世界ならではの美味しい「飯テロ」要素もさらにパワーアップしてお届けする予定です!
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これからも第二章へ続く本作を、どうぞよろしくお願いいたします!




