第2話:最弱の勘違いと、暴れ馬の襲来
草原を歩き始めて、どれくらい経っただろうか。
若返った体のせいか、どれだけ歩いても足が軽い。
中身が33歳のおっさんなのを忘れるくらい、今の俺の体はエネルギーに満ち溢れていた。
「あ、見えてきたな」
ぽつぽつと藁葺き屋根の家が見え、生い茂る柵に囲まれたのどかな村へと到着する。
村に入ってすぐ、俺の足はピタリと止まった。
視線の先で、見たこともない生き物が畑を耕していたからだ。
それは牛のような姿をしていたが、額から立派な角が3本も生えており、大きさは軽自動車ほどもある。
「おおっ、すげえ……! 格好いいな」
思わず声を漏らす。
ホテルの厨房に籠もりきりだった俺にとって、そんなファンタジー生物が普通に人間と並んで働いている光景は、それだけで感動モノだった。
獰猛そうな角を持っているけれど、どことなく愛嬌があって怖さは微塵も感じない。
「ん? 見ねえ顔だな。旅の御人かい?」
近くでクワを持っていた、人の良さそうな初老の農夫さんが声をかけてくれた。
「あ、すみません。驚いてしまって。あの生き物は一体何なんですか?」
「ハハ、ありゃあ『トリプルホーン』っていう魔物だよ。力が強くて大人しいから、こうやって家畜として大活躍してくれてるのさ」
「魔物を家畜に……! それを操っているあの人は、きっと凄腕の魔法使いか何かなんですか?」
魔物と人間が背中を合わせて働いている。
あの牛を御している男の人が、何だかとても格好よく見えた。
「いやいや、魔法使いなんかじゃねえよ。あいつは『テイマー』だ」
「テイマー! 魔物を従える職業ですか。へえ、異世界のテイマーってめちゃくちゃ凄い職業なんですね!」
俺が目を輝かせて言うと、農夫さんは一瞬キョトンとした顔をした後、お腹を抱えて笑い出した。
「ガハハハ! おいおい兄ちゃん、冗談が上手いな! テイマーが凄いわけねえだろ!」
「え……違うんですか?」
「違いうるも何も大違いさ! テイマーなんざ、この世界じゃ誰もが認める『最弱の不遇職』だよ」
農夫さんはクワに身を預け、呆れたようにため息をついた。
「普通のテイムってのはな、魔法使いや戦士みたいに、圧倒的な魔力や力で魔物を恐怖させて屈服させるもんだ。だが、テイマー本人の戦闘力はゴミ以下。だから、あんな戦う気のない、最初から大人しい草食の魔物を小突いて従わせるくらいしかできねえのさ」
「戦闘力、ゼロ……」
「強い魔物を従えたけりゃ、本人が強くなくちゃいけねえ。だからテイマーなんてのは、まともな冒険者にもなれねえ、ただの家畜の世話係だよ。夢のない話で悪かったな、ハハハ!」
なるほど。
力で屈服させるのが「テイム」の常識だから、本人が最弱のテイマーは冷遇されている、と。
(でも、力で従わせるだけが全てじゃないと思うんだけどな……)
前世で、どんな動物とも壁を作らずに接してきた俺は、胸の中でそっと呟いた。
ともかく、これで魔物という存在への恐怖心は完全になくなった。
あの牛型魔物だって、よく見れば優しくて可愛い目をしている。
「よし、まずはこの村の食堂かどこかで、見たことない食材の買い出しでも――」
俺が次の目的を定めた、その瞬間だった。
『ヒヒィィィィンッ!!!!』
村の境界にある頑丈な木製の柵が、凄まじい音を立てて粉砕された。
衝撃で土煙が舞い上がり、村の奥からけたたましい怒号と悲鳴が響き渡る。
「な、なんだ!? 何が起きた!?」
「ひぃぃっ!? 『ブラッドホース』だ! なんでこんな場所に野生の魔獣が!!」
土煙の向こうから現れたのは、真っ赤な眼球と、血のように赤い立派なたてがみを持つ、肉食を思わせる凶暴な馬型の魔物だった。
興奮状態で周囲の建物を蹴り飛ばし、暴れ狂っている。
「逃げろ! 蹴り殺されるぞ!!」
「誰か、動ける戦士はいないのか!?」
平和だった村が一瞬で地獄のパニックに陥り、村人たちが我先にと逃げ惑う。
突進してくる巨躯。狂乱する蹄。
普通なら腰を抜かして逃げ出す場面。
だが、俺は逃げなかった。真っ直ぐに、暴れ狂うブラッドホースの正面へと、ゆっくり歩み出た。




