第18話:異世界初の唐揚げと、懐かしい顔ぶれ
解体屋に魔物を預けた俺たちは、中央通りにある『ドワーフの金床亭』で頑丈な鉄鍋や包丁などの調理器具を買い揃えた。
マジックバッグのおかげで、どれだけ荷物が増えても重さを感じないのは本当にありがたい。その後、さらに食材を求めて活気溢れる市場へと足を運んだ。
さまざまな果物や肉、屋台から漂う香ばしい匂いを嗅ぎながら歩いていると、ふと、ある違和感に気づいた。
(……あれ? この街の屋台、焼き物や煮物はたくさんあるのに、『揚げ物』が一つもないな)
串焼きやスープ、蒸し料理はある。だが、油を大量に変えて揚げるという調理法自体が、この世界ではまだ一般的ではないらしい。
それに気づいた瞬間、俺の胃袋が猛烈に、あのサクサクとした日本の国民食を欲し始めた。
「よし、決めた。今日のメニューは『唐揚げ』だ!」
『まぁ、からあげ! 衣がサクサクで、中から肉汁がジュワッと溢れ出る、あの素晴らしい肉料理ですわね!』
『おう兄ちゃん、よく分からねぇが美味ぇ肉料理なら大歓迎だぜ!』
(……ん? なんでリコが唐揚げの具体的な食感まで知ってるんだ? まあ、世界中のあらゆる事象や知識を網羅する【森羅の叡智】とかいうスキルだし、どこかの国のレシピでも引っかかったのかな)
俺はリコの反応に少しだけ不思議さを覚えつつも、あまり深くは気にせず、揚げるための深型の鍋と、大量の油、そしてニンニクや生姜に似た香辛料や地元の野菜を買い込み、ホクホク顔で解体屋へと戻った。
すると、工房の奥から解体屋の親父さんが、首を傾げながら不思議そうな顔で出てきた。
「おぅ、お帰り。……いやな、今さっきロックバードたちの解体を終えたんだが、どうしても不可解なことがあってよ」
「不可解なこと、ですか?」
「ああ。普通、魔物の肉ってのは死後少しずつ鮮度が落ちていくもんだ。だが、お前さんが持ってきた獲物は、何時間経っても狩りたての『一秒目』と全く同じ異常な鮮度を保ってやがる。お前さん、何か特殊な個体でも狩ってきたのか?」
親父さんの言葉に、俺はハッとして隣を見た。
そこでは、白いネズミのリコが「ふん、当然ですわ」と言いたげにフンスと鼻を鳴らしていた。
「あー……すいません、親父さん。実は、うちの従魔のリコが、部屋の中にしれっと鮮度を保つ結界を張っていまして……」
「何だと!? 部屋全体に鮮度保持の結界だと!?」
親父さんはひっくり返りそうなほど驚き、リコを二度見、三度見した。
「おいおい、そんな高度な魔法をさらっと使いやがるのか……! 頼む、リオン! 今回の解体費用は一ペルもいらねぇ! だから、どうやったらその結界をここに張り続けられるのか、その方法を教えてくれねぇか!?」
職人として、肉の鮮度を完璧に保てる環境は喉から手が出るほど欲しいのだろう。親父さんは必死の形相で俺の手にすがりついてきた。
方法と言われても、リコが魔法を使っているだけだ。俺が困り果てていると、リコが工房の作業台へとピョンと飛び乗った。
『仕方ありませんね。親父さん、この作業台の端を少し借りますよ』
リコが小さな前足に魔力を込め、作業台の木板をなぞると、そこに淡く光る『魔法陣』が刻み込まれた。
『この魔法陣の上に【光の魔石】を置いてみてください。そうすれば、常時、部屋全体に私の【鮮度維持の結界】が展開されます。魔石の魔力が切れても、新しい光の魔石を置き直すだけで何度でも使えますわ』
「お、おいおい……本当に部屋の空気が変わったぞ。ありがてぇ、これなら俺たちだけでも結界が使える……っ!」
棚にあった光の魔石を陣の上に置いた親父さんは、家宝でも扱うようにその魔法陣を撫で回し、大号泣しながら感謝してくれた。
これまでの不要な素材の買い取り費用から、今回の解体費用(を踏み倒してくれた分)を引いた、かなりの大金を革袋で受け取る。そして、マジックバッグには綺麗に切り分けられた大量のロックバードの肉が収まった。
「それで、リオン。これからその肉で何を作るんだ?」
涙を拭いた親父さんが興味津々で聞いてくる。
「『唐揚げ』っていう、肉に味をつけて油で揚げる最高の料理ですよ。良かったら、ここの外のスペースを借りて今から作るので、食べてみてください」
「おお、ぜひ頼む!」
俺は早速、解体屋の裏庭のスペースを借りて調理を開始した。
ロックバードの肉は、鶏肉よりもさらに弾力があり、肉汁が詰まっている。これを一口大に切り分け、3種類の味付けに分けていく。
1つ目は、醤油ベースにニンニクと生姜をたっぷり効かせた王道の『醤油唐揚げ』。
2つ目は、市場で買ったきめ細かい海塩に柑橘系の搾り汁を合わせた、さっぱりとした『塩唐揚げ』。
3つ目は、ピリッと辛い数種類の香辛料をブレンドした、衣がザクザクの『特製フライドチキン』だ。
それぞれの肉に衣をまぶし、鉄鍋に熱したたっぷりの油の中へ、静かに投入していく。
シュワァァァァァァァァッ!!!!!
心地よい、激しい揚げる音が裏庭に響き渡る。
それと同時に、お肉の焼ける香ばしい匂いと、ニンニク醤油、それとスパイシーな香りが混ざり合った『暴力的な美味い匂い』が、一気に周囲へと拡散していった。
『ふにゃあぁぁ……! なんて凶悪な匂いですか! 匂いだけで胃袋が完全に降伏してしまいます!』
『じゅるり……兄ちゃん、まだか? 俺もう待てねぇぞ!』
リコとタンクがよだれを垂らしながら鍋を見つめる。
さらに、一緒に揚げたフライドポテトと、市場の新鮮な野菜を使ったサラダを大皿に盛り付ければ、異世界初の唐揚げプレートの完成だ。
あまりに美味そうな匂いに釣られて、いつの間にか裏庭の周りには、何事かと街の人だかりができていた。
「――おいおい、この鼻がひっくり返りそうな美味そうな匂いはなんだ!?」
人だかりを割って現れたのは、見覚えのある大きな体の大男だった。
「ガイルさん!? ドンに、エイミーにミランダも!」
そこにいたのは、俺を最初に助けてくれた人間の冒険者パーティー『暁の盾』のメンバーだった。
「リオン! 無事だったんだね!」
「って、おいリオン! お前、胸のプレート……それ『E級』じゃねぇか! 最弱テイマーが初陣で一気にE級だと!?」
ガイルたちが、俺の胸に輝く緑色のプレートを見て目を剥いた。さらに、俺の足元で仔牛サイズになってくつろぐタンクを見て、その隠しきれない強者の気配にドンとミランダが息を呑む。
「なんだそのヤバそうな従魔は……! お前、たった数日でどんだけ急成長してやがるんだ!」
「はは、色々とありまして。……あ、ガイルさん。『俺なら絶対に冒険者になれる』って信じてくれて、ありがとうございました。これ、そのお礼です。みんなで食べてください!」
俺が笑顔で、揚げたての唐揚げが大盛りに乗った皿を差し出す。
「お、おう、ありがとな。……って、そんなことよりこの料理は一体なんだ!? 匂いだけで頭がおかしくなりそうだぞ!」
ガイルは我慢しきれないといった様子で、黄金色に輝く醤油唐揚げを一つ掴み、豪快に口へと放り込んだ。
サクゥッ……! ジュワァァァッ!!!
裏庭に、完璧な衣の破裂音が響く。
「う、美味えええええええええええええええっ!?!? なんだこれ、外はサクサクなのに、中は信じられないくらい柔らかくて肉汁が爆発しやがったぞ!」
「本当!? ……んん〜っ! 美味しい! この甘酸っぱくてピリッとするフライドチキンってやつ、お肉の旨味が引き立ちすぎて手が止まらないよ!」
エイミーもミランダも、ドンも、そして解体屋の親父さんまでもが、無我夢中で3種類の唐揚げとフライドポテトを口に放り込んでいく。
『リオン! 私の分の醤油唐揚げがタンクに奪われそうですわ!』
『がははっ! 早い者勝ちだぜ、リコ! 兄ちゃん、この塩唐揚げってのも最高に美味ぇな!』
街の人々が見守る中、俺たちは笑い合いながら、揚げたての唐揚げをこれでもかと堪能した。
みんなの「飯、うめぇ!」という最高の笑顔を見ながら、俺は料理人として、そして冒険者として、この世界で生きていく喜びを心の底から噛み締めていた。
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